まずはレーパンから
最初のうちは運動靴に短パンで走っていた一花は少しずつ本格的な格好で乗るようになっていった。
ロードレーサーは当面の間、美里のを乗っているように言われているし、ヘルメットは美里が以前被っていた物を譲ってもらった。
まずはレーパン(レーサーパンツ)を購入した。短パンで走っているとお股とお尻が痛くなって仕方なかった。それに擦れる。
レーパンは下着を付けないで直に履く。最初はちょっと違和感があったけれど、下着で擦れる事はないし、お股からお尻にかけてパットが入っているので快適にサドルに座っていられる。
あのピチピチで身体の線が丸見えになるレーパンは抵抗があって、購入後もしばらくはその上に短パンを履いていた。
でも暑いし、立ち漕ぎしようとした時に引っかかったり、うざったくなってきて、一度思い切って短パンを履かずにレーパンだけで走ってみた。
快適だった。とっても楽ちん。
気にしていたのは自分だけで、別に誰も注目していない。
その時から一花はレーパン一枚で走るようになった。
次に買ったのはシューズ。ペダルは先生が以前使っていた物を付け替えてくれた。
先生はLOOK《ルック》っていうペダルをずっと愛用してきたそうで、ペダルはきっととても高級な物で、そこを替えるだけでロードレーサーがとってもカッコよくなった。
先生が言ってたように、専用のシューズを履いてペダルにカチッと固定して走ると、踏むだけじゃなくてグルグル回せてスピードも上がる。自分も何だか選手になったような気分になった。
特にダンシングはやりやすかった。
全然違う。
レーパンの次にシューズを買ったのは正解だったと思った。
止まる時だけは注意しなくちゃいけない。踵側を外に捻ると簡単に外れるのだけど、慣れるまでに、大抵ニ〜三回は立ちごけすると言われた。
本当はレーパンを買いにバイクショップに行った時に、すごく欲しい物があった。
すごく気に入ったウエアが置いてあってずっと眺めていたら、カッコいい店員さんに「試着してみますか?」って聞かれた。
試着できるだけでも嬉しくて、着てみたらピッタリだった。
一花が一番好きな色は濃いピンクなのだけど、ピンクは膨張色だしこれ以上太って見せたくない。
そのウエアは濃紺貴重でアクセントに濃いピンクのラインが所々に入っていて、スマートでお洒落だ。
着ると結構締まって見える。
一花が鏡の前で嬉しそうに前を向いたり横を向いたり、後ろ向きで振り返ったりしているのを見て店員さんが笑っている。
店員さんと美里が何かコソコソと話していた。
ウエアを脱いだ時に値札が付いている事に気がついた。
「11000」
一花はガックリと肩を落とした。
美里が話しかけてきた。
「一花、自転車用品は高いよね。でも高いだけあって、すごく性能はいいし、揃えていけば、すごく快適に走れるようになるよ。
一花が使えるお金がどれだけあるか分からないけど、例えば他に欲しい物とかを我慢してお金を貯めて、少しずつ揃えていけるなら、順序良く揃えていけたらいいね。
ウエアの前に、シューズを買った方がいいと思うの。ペダルは私のを貸してあげるから。
で、気に入ってどうしても欲しいなら、あのウエアは特別に六千円にしてくれるって。もし買うとしてもシューズの次にした方がいいと思うんだよね。二ヶ月位ならとっておいてくれるって店員さんが言ってるよ」
だから、シューズを買った後、一花はお小遣いを一生懸命貯めた。
自転車に乗るようになってから、友達とお茶をする事も殆ど無くなったし、お洒落な普段着や化粧品もあまり買わなくなった。しょっちゅう買っていたお菓子も買わず、家の手伝いをしてお小遣いを貯めた。
そうしてシューズを買った一ヶ月後に遂にあのウエアを手に入れたのだった。
一丁前の格好をして颯爽と走る一花。
「一花、カッコいいよ。選手みたいに見える。ちょっとだけ身体も締まってきたね。まるであの時のフルールを見ているみたい」
「え?」
美里の口からフルールの名前が出たので一花はドキッとした。フルールの事は言わないようにしていたのに、先生の方から言ってきてくれたので何だかわくわくした。
「フルールが私達のチームに入る前にね。私達のチームが山岳トレーニングをしている時に一人であの娘が走っていたの。
最初は頑張ってる少年がいるなって思ってたんだけど、追い抜きざまに少女だって事に気づいた。躍動感のある走りで、すごく頑張ってるんだけど、悲壮感は無くて楽しそうに見えた。
なぜか印象強い出来事で、でも素人のような彼女がチームに入ってきた時はびっくりした。
あの時のフルールはショートカットで地味な娘だったし、パッと見の印象は一花とは全然違うんだけど、でも醸し出す雰囲気がすごく似てて。
今の一花の走りはあの頃のフルールの走りと重なって見える位によく似てるんだよ」
一花は調子に乗って腰を上げ、フルールにそっくりなダンシングをしてスピードを上げてみせた。
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