一歩前進⁉︎
一花はそんな美里先生にどんどん好意を持っていった。本当は自転車にも乗りたい。先生と一緒に自転車に乗れたら、どんなに楽しいだろう。私はいつまで意地を張っているのだろう?
何かいい方法はないかな?
「先生、一度私と一緒に自転車に乗って下さい」
そう素直に言えたらどんなにいいだろう。
だけど、私は競技としてやりたくないし、先生をがっかりさせたくない。私はいい子にはなれない。
面と向かって話すのは無理だから、LINEに入れよう。
そんな簡単そうな事が何故か簡単に出来ない。
LINEに入れる言葉を下書きメモに打つ。
「先生、一度私と一緒に自転車に乗って下さい」
ダメダメ。こんな風にいい子に書いたら。
ちょっと考えて書き直す。
「先生、いつも一人でつまんないだろうから、ちょっとだけなら一緒に自転車乗ってあげるよ」
ダメダメ。いくら何でも一緒に乗ってあげるなんて言えない。もうちょっと素直に、でも突っ張った感じは出したい。
「私、競技はやりたくないって気持ちは変わらないよ。でも、出来たらちょっとだけ先生と一緒に自転車乗ってみたいなって思ってて。本当に楽しく乗るだけでいいなら、先生が都合いい時にお願い出来る?」
これで出してみようかなって、昨日からこの文と何回も睨めっこしている。
ある日の夕方、こんな風にうじうじしている自分に嫌気がさしてきて、思い切ってその文をLINEのメッセージ欄にコピーした。
読み直して、最後の所を「出来る?」じゃなくて「出来ますか?」にして、ちょっと憎らしい顔をした犬がアカンベーをしている絵文字を照れ隠しに添えて送信した。
美里は職員会議中だった。会議中いつもはマナーモードにしているのに、その日はたまたま切り替えるのを忘れていた。
「ライン〜♪」
静かな職員室にその音が響き、美里は慌てて「すみません」と言って気まずそうに下を向いた。
マナーモードに切り替える時に画面を見ると、一花からのメッセージだという事が分かり、驚きの顔と共に小さく「おっ!」と声を出してしまい、これまた恥ずかしくなって小さくなった。
会議が終わるまでメッセージを見る事は出来なかったが、美里は心ここに在らずだった。
何を言ってきたのか気が気でない。嬉しい事か、悲しい事か、今日の一花の顔を思い出しながら色々と想像していた。
きっと嬉しい事に違いない。いやいや、期待してがっかりするのは嫌だ。何が書いてあってもしっかりと受け止めようと決心し、気持ちも会議に戻った。
会議が終わり、ようやくスマホを手にしてLINEを開く。トークの一番上に「一花」の文字。アイコンはピエロの女の子。一花の似顔絵のようでチャラくて可愛い。
早速一花からのメッセージを見た美里の顔はほころんだ。一花のはにかんだ顔が目に浮かぶ。
「もちろんOK! 待ってたよ。一花の気持ちが変わらないうちに、明日の放課後、早速乗る?」
すぐに返信した。
すると送信するよりも早い位に、一花からスタンプが送信されてきた。
先程の絵文字と同じちょっと憎らしい顔をした犬が歯を剥き出しにして笑い、その吹き出しに「OK!」の文字が踊っている。
その早業に度肝を抜かれた美里は、危うくスマホを落としそうになった。
今度は大丈夫だろう。今度こそは一花と一緒に走れるはずだ。
★
美里は一花を一目見た時から、惹かれるものを感じていた。チャラい子は苦手なはずなのに、ずっとずっと気になっていた。
あの子とどこか似ているのだ。
昨年の秋、美里がヨーロッパで走っていた時に在籍していた「チーム・アクア・オンディーヌ」というフランスのチームにフルールという名の十八歳の少女が加入してきた。
その時のフルールは、地味で大人しい少年のような出立ちで、チャラい感じの一花とは正反対のように見えた。
でも何か惹きつけられるような、
何かを秘めているような、そんな目も似ている。
それと、フルールという名前はフランス語で花という意味だ。一花という名前を聞いた時、その出会いが偶然とは思えなかった。
フルールはレースの実績が無いどころか、ほとんどレース出場の経験も無い。そんな子がこの強豪チームに入ってくるなんてとても珍しい。
少しぽっちゃりとしていて、走れそうな雰囲気でもないし、チームの関係者と繋がりがあるのか、何かコネでもあるのか、とチーム員達は不思議に思っていた。
シーズンを終えたばかりだったその日は、チームで二時間程軽く走る日だった。
まだバイクやチームウェアを支給されていないフルールが自分の持っているウエアを着てバイクに跨った時に美里は気づいた。
あ、あの時の子だ、と。
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