第19話 晴山華絵の告白
「――――ここか」
「うん」
とあるアパートの扉の前に、俺と晴山はやって来ていた。とあるアパートというか、ここが晴山の自宅である。
正直な所、お金がなくて借金をしていると聞いていたので色々と想像していたのだが、普通のアパートだった。
「準備はいいか?」
「うん」
「そうか。ところで、手を繋いだまま親に会うのか?」
「うん」
え、マジ? 意外な答えが返ってきた。
緊張を解そうと揶揄ったのだが、真面目な顔で返答されてしまった。離すどころか、更に強く握ってきている。
家を飛び出して行った娘が、男と手を繋いで戻って来たらどう思うか、想像に難しくない。
「……心象が悪いから離そう」
「え~、意外とチキンなんだね」
「チキン……いやでもな、お父様に会うんだぞ?」
「娘さんを下さいって言うんでしょ? さ、行こ」
やだこの子カッコいい。てっきり俺が引っ張って来たつもりだったのに、いつの間にか俺が引っ張られている。
一切の躊躇なく、迷いのない堂々とした表情で晴山はドアを掛け開け放った。
「――――ただいま」
小さく晴山がそう言うと、すぐに反応があった。
部屋の奥から聞こえてくるドスドス音。誰かがこちらに向かって走って来ているようだ。
「は、華絵か!?」
奥の部屋から飛び出してきた男性は、まぁ晴山のお父さんなのだろう。
第一印象は……そうだな、似てねぇ。
玲香のお父さんは優しさの塊みたいな感じだったが、華絵のお父さんは……厳ついなぁ。
「良かった……飛び出して行くから心配したぞ」
「話をしにきた」
「そ、そうか。ところで隣の彼は……」
この場に現れた異物、つまり俺にお父さんから視線が飛んできた。
しかしその目には拒絶の色も困惑の色もなかった。受け入れられたのは以外だ。
「……進くんか? しばらく見ないうちに変わったね」
「なに言ってるの? 全然違うじゃん、一緒にしないでよ」
「ち、違うのか? それじゃ、その子は……」
俺が天道じゃないと分かった途端、お父さんの雰囲気が変わった。
幼馴染の天道がここにいれば、もっと簡単に事が運んだのかもしれないな。
「初めてまして、急に来てすみません。華絵さんのクラスメイトで、地道行人と言います」
「クラスメイト……? 華絵を送って来てくれたのかな? ありがとう」
俺が自己紹介をすると、お父さんは俺に向かって軽く頭を下げた。
下げられた顔が上げられると、その目は既に晴山の方に移っていた。
「華絵、話をしよう。お母さんも奥で待ってる」
「うん」
「地道くん。申し訳ないが、今日の所は――――」
「――――彼も一緒じゃなきゃ嫌」
お父さんの言葉を遮った晴山は、俺の手をギュッと握りながらそう言った。
絶対に離さないと言わんばかりの力だが、繋がれていた手にお父さんの目が向いたのを俺は見逃さなかった。
「……二人は、どういう関係なんだ? ただの、クラスメイトなのか……?」
「ただのクラスメイトと手を繋いで、家に連れてくると思うの?」
「いや……つ、つまり……彼氏か?」
「彼氏じゃないよ、好きな人」
「な、なんだそうか…………好きな人?」
「ねぇもういいでしょ? 中で話そうよ」
「あ……いやでも、これは家族の……」
「そもそも地道くんがいなかったら、わたしここにいないよ」
サラッと好きと言われたんだが、これはどう受け止めればいいのだろう?
というか、俺って必要だろうか? 話しにくそうにする晴山をフォローするつもりで来たのだが、さっきから堂々とし過ぎなのだが。
そんな堂々とした晴山に気圧されたお父さんは、俺を同席させる事を承諾し、部屋に案内してくれた。
「……なぁ」
「い、今は何も聞かないで」
「…………」
「……つい勢いで言っちゃった……」
いや、聞こえたけど。まぁ誰にでも勢いで言ってしまう事はあるよな。
頭を切り替えた俺達は、変わらず手を繋いだまま部屋の中へと入っていった。
――――
――
―
話し合うための部屋に入り、改めて俺は自己紹介を行った。
お父さんは
二人は、ちゃんと話をしたいといった表情をしていた。問題は、部屋に入ってから晴山の様子が変わってしまった事だ。
「…………」
さっきまでの堂々としていた姿はなく、縮こまっててしまった晴山。
対するお父さん達も、何から話せばいいのか分からないといった様子だった。
このように面と向かって話し合う事などなかったようなので、仕方ないのかもしれないが。
ならここは俺の出番だろう。そのために、晴山のために来たのだから。
「すみません。俺も、華絵さんから色々と話を聞きました」
「そ、そうなのか」
「部外者の俺に出しゃばられるのは面白くないでしょうが、いいでしょうか?」
「……あぁ」
俺の言葉に頷いてくれた晴夫さんと、絵梨さんの様子を確認して話を始めた。
晴山は俯いたままだが、声は問題なく聞こえているだろう。
「初めに確認したい事があるのですが……」
「なんだろう?」
「借金の話を聞いたのですが……」
「……あぁ」
「その際、お金を借りる代わりに華絵さんを差し出した……それは本当ですか?」
最初からドギツイ話だが、どうしてもこれは最初に聞いておかなければならない。
もし事実だと言うのであれば話し合いなどしない、即座に晴山の連れて家を出る。
二人の雰囲気から、今回の話し合いで嘘を吐くとは思えないし、それを聞いた二人の表情からやはり勘違いなのだと確信した。
「さ、差し出したって……そう思っていたのか……」
「じゃあ、違うんですか?」
「違うよ。差し出してなんかいない」
そう晴夫さんが言った瞬間、隣に座っていた晴山がピクッと動いたのが分かった。
詳細な事実を晴山に聞いてもらうため、俺は質問を続けた。
晴山は売られた訳ではなかった。しかし、晴山が誤解してしまうのも無理なかった。
お金を借りる時の話し合い、その時お父さん達がどう思っていたのかも理解出来た。
それでも、誤解を与える言い方をしたのは、ちゃんと説明しなかったせいで晴山が苦しんだのは事実。
それにそもそもの原因に借金は関係ない。親の喧嘩なんて、子供にはどうしようも出来ないし関係ない。
子供を巻き込むのはもっと間違っている。
事情は分かるし、自分の子供だからこそ話しにくいという親の感情も理解は出来る。
でもその後、こうなるまで話し合いを、コミュニケーションを取らなかったのは問題だろう。
ここまで拗れる事もなかった。晴山のためを思うなら、想像ではなくちゃんと話をするべきだったんだ。
自分達の未熟さが晴山を傷付け、身勝手さがすれ違いを招いた。二人は何度もそれを晴山に謝罪していた。
「全部、私達の未熟さのせいだ。本当に、華絵には申し訳ない事をしたと思っている」
「ごめんなさいね、華絵……」
両親の想いは伝わったと思うが、そう簡単に割り切れるものではない。
積み重なった蟠りを解消するには時間が必要だ。でもお互いに解消しようと行動すれば、いつか必ず元に戻れる。
「……わたし、ここ最近は嫌々通ってた」
「そうだったのか……すまない、それすらも気づかなかった。華絵は望んで行っていると思ってた」
「いてもいい場所が、いなければならない場所になったから」
「ごめんね……」
借金をする前と後で晴山の考えが変わった。誰か一人でも、晴山と話をしてあげていれば回避できた。
気づかなかった、分かっているつもりだった。気づけなかった、分かるはずがなかった。
そうするのが当たり前、そうするのを望んでいる。周りが晴山に押し付けた、身勝手な幻想が晴山を苦しめた。
「でもね、地道くんが、わたしに新しい居場所を作ってくれた」
「…………」
「凄く楽しかった、ずっとここに居たいって思うくらいには」
「そうか……」
「もう、ずっとここに居れるならいいや……そう思っちゃった」
そういう未来もあったのかもしれない。晴山がそれを望むなら、それも良かったのかもしれない。
でも晴山の本当の願いは違った。俺はそれを知ってしまった。
叶わない願いなら忘れてしまいたい。でも、叶う願いなら叶えたい。
そして今、願いを叶えるためのチャンスが巡ってきた。
一度諦めかけた願いを叶えための最後のチャンス。
小さな少女は、目に涙を溜めながら必死に願った。
「でも……わたしが本当に居たかった居場所はここなのっ! お父さんとお母さんがいる、ここなのっ!」
「「――――っ」」
「また三人で仲良く笑いたかった! 遊びに行きたかった! 色々な話をしたかった、聞いて欲しかった!」
「…………」
「ごめんねぇ……」
流れ落ちる涙を無視して晴山は言葉を吐き出す。
たまに言ってる事がメチャクチャだったり、涙のせいか何を言っているのか分からない事もあった。
でも想いは十分に伝わっているはず。こんな心の底からの叫びが、願いが届かないはずがない。
「わたし頑張ったんだよ! 昔みたいに二人に褒めてほしくて……だって……だって……」
色々と思う所はある。言いたい事も、聞いてほしい事も沢山ある。
だけど――――
「だって……――――大好きなんだもんっ!」
――――だけど結局、それだけなんだ。
「すまん、悪かった……! 俺は、なんて事をっ」
「ごめん、ごめんねっ華絵! わたしも、あなたの事が大好きよ!」
「……お父さん、お母さんっ!!」
テーブルを乗り越えて、晴山は二人に抱き付いた。
そんな晴山を二人は、二度と離すまいとギュッと抱き締める。
子供のように涙を流す晴山に、大人げなく涙を溢す二人。
――――あぁ、もう大丈夫だろう。そんな事しか頭に浮かばない。
いい仕事したなぁ……なんて俺は何もしてないが、そう思いながら茶を啜り三人を見守った。
――――
――
―
「――――すごい顔だな」
「あはは、もう一生分泣いたよ」
「しかしなぜか良く似合う」
「なにそれ~? 泣いてるわたしが好きなの?」
真っ赤に目を張らした三人。特に晴山の顔は凄い事になっていたが、表情は晴れていた。
冗談を言い合う俺達を微笑ましく眺める二人。そんな二人に俺は声を掛けた。
「それで、今後の事なんですが」
「今後の事……?」
「華絵さんは、自由にしていいって事ですよね? 天道さんの家に行く必要とかないんですから」
「それはもちろんだ。私達は、華絵は望んで天道さんの家に行っていると思っていたんだ」
「天道さんには私から話をしておきます。向こうも、華絵の事を思ってくれたからこその提案でしょうから」
聞けば借金返済の目処はたっているようで、会社はしっかり持ち直したそうだ。
お父さん達は、天道の両親と再び話し合いを行うと言っていた。
夫婦喧嘩などで家庭環境に問題があったのは事実。現在の状況や、華絵の意思などをしっかり伝えると。
「でもお母さん、華絵の好きな人は進くんなんだと思ってたわ」
「俺もだ」
「う~ん……好きになった事はないかなぁ」
そうだったのか。普通、幼馴染って無条件で好意を抱かれるものじゃないのか?
天道が晴山の事をどう思っているのかは知らないが……ドンマイだ、天道。
「その勘違いが大きかったのね……ごめんなさい」
「もういいよ~……でもそっか、自由にしていいのなら」
そこまで言うと、晴山は俺の方に目を向けた。
真っ赤に張らした目と、真っ赤に染めた頬のまま、両親の前で衝撃発言をする。
「わたし、地道く……行人くんの所に住もうかなぁ」
「「「は……はぁ!?」」」
「だって行人くん、わたしがいないとダメでしょ?」
「いや、そこまでダメにされた記憶は……」
「というか、せっかく仲直りしたのに……」
「まぁ、仕方がない気もするけど」
いや仕方なくないですよ、普通に考えたらダメでしょう。
お父さんもそんな仕方ねぇかみたいな顔してないで、娘を引き留めて下さい。
「なぁ晴山」
「それ嫌、華絵って呼んで」
「……華絵、せっかく元の居場所に戻れるんだから」
「それとこれとは話が別なんだよぉ~」
言わんとしている事はなんとなく分かるが、それでいいのだろうか?
いつでも帰れる場所があるというのがあればいいと、居場所ってそういうものなのかな?
「だって行人くんの周りって女の子が多いし」
「そうなの? まぁ、モテるわよねぇ」
「よし華絵、彼の家に通って彼を落とすんだ。でもたまには帰ってきて……」
「うん! お父さんの許可も出たし、いいよね?」
いいか悪いかと聞かれれば、別にいいけど。
お母さんはともかく、お父さんは嫌だろうなぁ。色々とあった手前、華絵が望むなら逆らえないだろうが。
「でも、明日行くね? 今日はここにいたい」
「……あぁ、好きにしていいと思うよ」
その言葉を聞いた時の二人の嬉しそうな顔ったらなかった。
今日は夜通し語り明かすのだろうか? 明日は終業式で追試もあるのだから、ほどほどにな。
これからは、いつでも好きな時、好きなだけ好きな事を話せるのだから。
「じゃあ、俺はそろそろ失礼します」
「あぁ、本当にありがとう」
「またいつでも遊びに来て下さいね?」
三人に見送られながら玄関に移動し、ドアに手を掛けた。
ドアを開け、最後にもう一度挨拶をしようと振り向いた時、華絵が俺の胸に飛び込んできた。
「ねぇ、行人くん」
「ん?」
「あのね……――――大好きっ」
あぁ、最高の笑顔をありがとう。
やっぱ華絵は、こうじゃなきゃな。
――――
――
―
華絵< ごめん、やっぱり会いたい(。´Д⊂)
行人< 親はいいのか~?
華絵< 行ってこいって言ってくれた(^-^)v
行人< そう。じゃあ駅まで迎えに行くから、いつもの所で。
華絵< 待ってる(人´ з`*)♪
行人< あ、でも玲香もいる。
華絵< は?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます