第18話 またあの頃のように
「――――赤点回避おめでとう」
「ありがとうっ!」
テスト返却日の日、簡単なお疲れ会を俺の家で晴山と行っていた。
本当によく頑張ったと思う。まだまだ堂々と胸を張れる点数ではないと思うが、何れ高得点も取れるようになっていくだろう。
「なんか悪いな、晴山のお疲れ会なのに準備させて」
「ううん。わたしがやりたくてやった事だから」
今日ばかりはスーパーで適当な物でもいいと思ったのだが、晴山は私が作ると言って聞かなかった。
俺としても晴山の料理の方が嬉しいが、当人に準備させるのは違うよなぁ。
「……俺も料理覚えようかな」
「だ、だめだよ!? わたしいらなくなっちゃうじゃん!」
「いやいや、そんな事はないだろ」
「だめ、絶対だめ!」
そんな力を入れる事だろうか。先日俺が思ったアイデンティティーという事だろうか?
全力で俺をダメにしようとしているな。
「でもやっと一段落だねぇ」
「まぁまだ追試があるけどな」
「あはは、そうだね」
「追試の準備は大丈夫そうか?」
数日後には、中間テストで取ってしまった赤点の追試験が行われる。
今の晴山なら問題ないと思うが、そこでもし失敗してしまえば夏休みが大変な事になる。
「えっと……だ、だめかも」
「そんな事ないだろ? 今の晴山なら、少し勉強すれば大丈夫だ」
「…………」
「はぁ……追試まで泊まって行くか?」
「うんっ!」
俺も甘いなぁ。追試までの数日間、そこまで根を詰めて勉強する必要性はあまりない。
今の晴山なら問題集を少し解くだけで十分なはずだ。
まぁ、あんな顔をされたら敵わないが。
その後も晴山は俺の家に泊まり、追試に向けた勉強を行いながら半同棲生活を楽しんだ。
そしていよいよ、明日が終業式で追試の日。
この日も晴山は俺の家に泊まる予定でいたのだが、学園が終わった後に声を掛けると、晴山は1度家に戻ると言い出した。
足りない荷物を持って来たいという事を言っていたが、その表情はどこか強ばっていたようにも見えた。
俺は先に家に戻り晴山の到着を待っていたが、晴山は中々やってこなかった。
連絡しても晴山から返事はない。どこか嫌な予感がした俺は、玲香に連絡を入れた。
『もしもし? どうかした?』
「悪いな急に。ちょっと聞きたい事があるんだ」
『うん? あたしのスリーサイズ?』
「それも興味あるが……晴山の家って知ってるか?」
『華絵の? 何かあったの?』
「まぁちょっとな。それで、知ってるか?」
『住所は分からないけど、家の場所なら……』
「教えてくれ」
『分かった。でも後で説明してよね』
「ああ、終わったら連絡するよ」
玲香から送られてきた地図のスクリーンショットを確認した俺は、最低限の荷物を持って家を飛び出した。
そのあと追撃で数字が送られてきた。まさか玲香、本当にスリーサイズを送ってきたのか?
とりあえず返信しておこう。ありがとう、俺好みのサイズだと。
――――
――
―
晴山の最寄駅に着き、再度玲香から送られてきた地図画像を確認する。
そちらの方向に足を動かしつつ、いつも晴山が佇んでいた場所も確認してみたがそこにはいなかった。
やっぱり家で何かあったのか……そう思って歩いていた時、駅から少し離れた人気のないベンチに人の姿が見えた。
なぜが目が引き寄せられ、その方向に足を向け直すと、そこには酷い表情をした晴山の姿があった。
事故とかではない事に安心しつつ、晴山の様子を見てみると、服装は制服のまま、他に荷物は一切持っていないように見える。
着の身着のまま家を飛び出してきた、そんな雰囲気だった。
「……どうしたんだ、こんな所で」
「…………」
「隣、座ってもいい?」
「…………」
小さく頷いてくれたので、俺は晴山の隣に腰を下ろした。
晴山は黙ったまま、俺も寄り添うだけで何も言わなかった。
お互い無言のまま、どれほど経っただろうか? 少しだけ晴山が動いたと思ったら、静かに語りだした。
――――親と喧嘩した。
晴山が中学の頃、会社の経営悪化から両親は頻繁に喧嘩をするようになり、いつしか晴山も巻き込まれるようになった。
親の機嫌を取る生活が始まった。喧嘩中は関わらないように部屋の角でジッとしてた。
そんな生活を見かねたのか、天道の親が助けてくれた。天道の家に頻繁に通うようになった。
その事について親は何も言って来なかった。恐らく、天道の家に行っている事を知らなかったのだと思う。
天道のお母さんは良くしてくれた。でも、そんな生活も長くは続かなかった。
親との関係が悪いのは予想していた事なので驚きはしなかったが、次に晴山の口から出た言葉には驚かされた。
「わたしね、親に売られたの」
「う、売られた……?」
「うちの親、進くんの家に借金する事になってね」
「借金……」
聞けば両親が経営する会社が立ち行かなくなり、天道家にお金を借りる事になったという。
その際、詳細な理由は聞かされなかったが、遠回しな言い方で天道の家に世話になるように言われたらしい。
「お金を借りるために、わたしを引き合いに出したんだよ」
「いや、それは……」
どうなのだろう? 天道側がお金を貸す条件として晴山を求めるとも思えないし、借りる側の晴山家が晴山を提示するのも意味が分からない。
家政婦的な感じで天道家に働きに行かされた、とかならまだ分かる。
しかしお世話になれと言われたというのであれば、働きに出されたとも違う。
一番理解できるのは、良くしてくれていたという天道の母親が、改めて晴山を助けるためにそういう条件を出した……といった感じだが。
どちらにしろ、ハッキリ言われていないのなら晴山が思い違いをしている可能性がある。
「わたしの事が邪魔だったんだ」
「…………」
「お金がないのに、わたしの事を養わなきゃなかったんだから」
「それは、親の義務だろ」
まぁどんな理由があれ、晴山が蔑ろにされてきたのは事実。
親の事情に子供を巻き込む……それは間違いだと思うが、それを防ぐ手立ては子供側にはない。
晴山はまだ、逃げられる場所があるだけ良かったのだろう。
「自分の居場所を守るために頑張ったよ」
「……うん」
「そもそも売られたんだから、何かしなきゃここにいられなくなると思った」
「……そうか」
「そのうちね、進くんのお母さんも仕事が忙しくなると、色々とわたしに任せてくれるようになったの」
「……なるほどな」
必要とされている事が嬉しかった。自分が必要なのであれば居場所はある、そう思えた。
でも心のどこかに、自分は売られたんだという棘が刺さっていた。
そのうち天道の母親があまり帰って来なくなると、誰も何も言ってくれない事が増えた。
必要なんじゃない。売られたんだから当たり前だ、そう言われているようで辛くなり、棘は更に深く刺さった。
「家に帰っても、親はわたしの顔色を伺うだけで何も言わないし、進くんからもありがとうなんて言われた事ない」
「天道はどうでもいいんだけど……家に帰るって、天道の家に住み込んでるんじゃないのか?」
「進くんの家に泊まった事は一度もないよ」
毎日家に帰っている? なんのために? 家に居づらくて、新しい居場所を見つけたのに。
そこに行く事は親も知っていて、顔色を伺われるだけで特に何も言って来ないという。
なら泊まりはNGが出されているのか、それも違う。
ここ数日、晴山は俺の家に泊まっていた。その事に、特に親から介入はなかったと思える。
ならば理由は、一つしかないじゃないか。
「今日ね、学園が終わった後に進くんに話し掛けられたの」
「あ~、最近来てないなみたいな?」
「そういう言い方じゃなかったけど、その事で話をしたかったんだと思う」
「それで?」
天道と晴山が話していた姿は見た記憶がない。
思えばあの時、晴山の表情が強ばっていたように見えたのはそれが原因だろうか?
「……もう、あそこには行きたくなかった」
「……そうか」
「地道くんが、新しい居場所になってくれるって言ってくれたから……」
「…………」
正直、ここまでの理由を想像して晴山を拾ったかというとそうじゃない。
晴山のためを思っていた事は事実だけど、その先の事を考えていなかったかもしれない。
「だから今日、親と話してきた」
「なにを話したの?」
「もう進くんの家には行かない、あなた達にも関わらない、借金の事なんて知らないって」
「……それで?」
「もっと話をしようって、引き留められそうだったから、慌てて飛び出してきちゃった」
無理に作った笑顔だった。この笑顔を作らせた原因は、俺にもある。
俺が安易に居場所を与えてしまったから、拗れてしまったんだ。
晴山の話を聞いて、一緒に考えるべきだったんだ。
間違ったか……でも、まだ間に合う。
「スッキリしたよ、ほんと」
「スッキリしたのか? 言いたい事を言ったのか?」
「言ったよ、スッキリしたよ……」
「……ならどうして、あんな悲しそうな表情をしてここに座り込んでたんだ?」
「…………」
スッキリした者がする顔じゃなかった。
後悔、途方、悲壮、自棄。そんな感情が渦巻いていたように見えた。
少なくともスッキリなんてしていない。何か思う所があったのは間違いない。
「わ、わたしは! 新しい居場所を見つけたからっ!」
「…………」
「居場所で……いてくれないの……?」
一層悲壮感が強くなった。ここで晴山を見捨てれば、この子は壊れてしまうかもしれない。
中々に重い事情、想い。居場所でいるという事の重圧がのし掛かる。
ここで引く者は普通にいるだろう。誰しも面倒事は避けたいと思うもの、それは普通の心理だ。
であれば俺は普通じゃないのだな。
俺は違う。俺は――――
「――――俺は晴山を見捨てないよ。お前の居場所でありたいと思う」
「よ、よかっ――――」
「――――でも、逃げちゃだめだ。このままじゃ、だめだ」
何も聞かず、何も言わず何も考えず居場所であり続けるのは簡単だ。
このまま行けばいいだけ。俺は彼女の傍にいる事が出来て、彼女は居場所に居続ける事が出来る。
そうこうしている内に成人し、自分の力で立つ事が出来るようになる。
でもその時は、確実に失ってしまうものがある。
それでもいいと言うなら、それもありなのかもしれない。
でも俺は、晴山の本当の願いを知ってしまったから。
「元いた場所に戻りたい」
「え……?」
「本当は、元に戻りたいんだろ?」
「そ、そんな事……」
「だから晴山は毎日帰ってたんだ。いつか、元に戻れる事を願って」
「…………」
晴山は自分が売られたんだと思っている。売られて、他家の世話になれと……普通、そんな事を言われて帰ろうと思うか?
そんな状況でも毎日家に帰り続けて、僅でも親と会話をする。
晴山に出来る精一杯の行動。そこにある願いはたった一つ。
またあの頃のように。本当の自分の居場所に戻りたい。
「俺さ、売られたっていうのは勘違いだと思うんだよ」
「でも、だって……」
「真相は分からない、何を思っているのかも分からない。でも飛び出した時、話そうって言われたんだろ?」
「それは……」
「自分の娘を売るクズだったら、本当に晴山の事がどうでもいいのなら、話そうなんて言わないよ」
「…………」
もしそうだった場合は、全力で晴山を親から引き離す。
だけど、そうじゃないと思う。長い時間で拗れたのは向こうも同じなんだ。
放っているのではなく、話しづらくなり話す切っ掛けを失ってしまったのではないだろうか。
顔色を伺うというのは、話す切っ掛けを探していたんじゃないだろうか?
「晴山もそれが気になったから、話せば良かったと後悔していたから、ここにいたんだろ?」
「でも……わたし……」
「だから話をしに行こう。言いたい事を言いに行こう。俺も一緒に行くから」
「一緒に、来てくれるの……?」
「第三者がいた方がいい場合もあるからな。それに俺がいた方が心強いだろ?」
「……うん。でも、凄い自信だね」
「まぁ、ダメだった時はまた拾ってやるから、安心しろよ」
「あはは、うんっ」
やっとだ、凄く時間が掛かった。自然な笑顔、ここに来てから初めて見たな。
俺は先に立ち上がり、晴山の前に手を差し出した。
ゆっくりと晴山はその手を握り、立ち上がる。その時の表情にもう影はなかった。
「じゃ行くか。娘さんを下さいって言いに」
「えっ!? そういう話なの!?」
「最悪俺も金を積もうかと思ってる」
「うわ~さいて~……なんてね――――うそつき」
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