第16話 その娘、完璧のちポンコツ






「では晴山さんは、そちらをお願いします」

「分かりました。あ、付け合わせも作っちゃいますね」


 現在、晴山と紅月さんが一緒に夕飯の準備を行っていた。


 二人は今日初めて会ったというのに、完璧な連携を披露しては皆を驚かせた。


 とてもではないが、他の三人に入り込む余地などない。



「……強すぎでしょ、晴山華絵」

「家事完璧女子。その場所は私じゃ……」

「私達が手伝っても、邪魔なだけね……」


 俺達四人は、晴山が入れてくれた飲み物をノンビリと飲んでいた。


 他の三人は流石にまずい……流石に悪いと思ったようで手伝いを申し出たのだが。


 見せつけられた技術、無駄のない動き、地道家の把握など、どう考えても邪魔にしかならないと思わされたようだ。



「朱音さんならまだしも、なんであの子あんなにこの家の事を知ってるのよ?」

「昔からここにいたみたいな動きですよね」

「もしかして、行人君の幼馴染?」


 一日、二日程度しか晴山はこの家に来ていない。


 動きは確かにベテランのそれ。しかし幼馴染どころか、晴山と知り合って数ヶ月しか経っていない。


 あんな記憶力がいいのに、なぜ暗記物の科目も苦手なのか不思議である。



「みんなお代わりいる? 他に紅茶や珈琲、緑茶もあるけど」


「「「いやだから、なんで知ってるの?」」」


 手が空いたのか、俺達の様子を見にエプロン姿の晴山がリビングにやってきた。


 もう晴山は、俺ですら知らない事も知っていそうだ。



「地道くん、洗濯物は大丈夫?」

「……大丈夫です。お気遣いありがとうございます」


「そっか。あと枕カバー洗っておいたから、今日は新しいの出してね」

「へい」


 頭が上がらねぇな。紅月さんはそこまでしてくれない、基本的に自分でやれとのスタンスを崩さない。


 対して晴山は全部やってあげたい、尽くして男をダメにするタイプか?


 ダメにされては敵わない。ある程度は自分でやらないと、彼女がいなくなると何も出来ない男になってしまう。



「じゃあ何かあったら呼んでね~」


「枕カバーって……夫婦の会話じゃん」

「当たり前のように寝室に入ってるんですね」

「ダメ。あの子はダメ。ハーレムに入れたら」


 後から来たのは晴山なのに、完全にお客様を迎える身内側の人間になっている。


 そんな晴山は、用事がないと分かると再び紅月さんの補助にキッチンに戻った。

 


「晴山さん。行人さんのお世話は私が行いますので、気にしないで大丈夫ですよ?」

「でも紅月さんは、お仕事で忙しいじゃないですか? だからわたしが代わりますけど」


「お気遣いありがとうございます。ですが行人さんのお世話も仕事の内ですので」

「あ~そうなんですか? 仕事でお世話……つまり嫌々ですか? なら代わります」


「うふふ、もちろん嫌々ではありませんよ?」

「あはは、そうなんですかぁ~?」


「うふふふ」

「あははは」


 なんか、こえぇな。


 キッチンから聞こえてくるのは明るい声なのだが、どうしてかたまに不穏な気配を感じる。


 お互いに味を確かめたりしている様子は、仲の良い姉妹のそれなのだが……時折、目が笑ってない。


 俺はキッチンに視線を送るのを止めて、三人と会話をする事に専念した。



 ――――

 ――

 ―



「――――うっま」

「「「お、美味しすぎる……」」」


「ほんと? 良かったぁ」

「ありがとうございます」


 出来上がった料理は素晴らしく、良い意味で家庭の味を凌駕している。


 お店で出てきてもおかしくない、なんなら今すぐにでも店を出せる腕前ではないか?



「お主、また腕を上げたようだな……」

「変わってないよ~。でもここでの料理は楽しいな」


 変わったかどうかが分かるほど晴山の料理を食べてきた訳ではないが、本当に前より美味しく感じる。


 料理上手な紅月さんがいた事による相乗効果だろうか? とにかく、素晴らしい。



「ちなみに、わたしが作ったのどれか分かる?」

「これとこれ、あとこれも晴山……あとこれも、もしかしたら」


「す、すご。なんで分かるの?」

「ふふふ。君の料理は一度食べたら忘れないぜ」


 なんて言ってはみたものの、分かったのは紅月さんが作った料理だ。


 つまりそれ以外は晴山が作った料理という事。そんな頬を朱く染めて嬉しがってるところ悪いけど。



「ふっ」

「な、なんですか? 紅月さん」


 そんな種明かしを心の中で行っていると、料理を作ってくれた二人が会話をし始めた。


 紅月さんにはバレたのかもしれない。変な事を言わないでくれると助かるが。



「いえ、別に。一緒に作った料理まで、行人さんは分かったようですね」

「そうですね」


「何かいつもと違う、雑味でも入ったのでしょうか?」

「は……? どういう意味――――」

「――――いやー全部美味しい! 晴山の料理も紅月さんの料理も合作料理も同じくらいヤベー美味しい! 毎日食べたいよなぁお前ら!?」


「「「う、うん……」」」


 また不穏な気配が出始めたので、慌てて空気をゴチャ混ぜにして誤魔化した。


 今気づいたのだが、いつもの紅月さんじゃない。自分の地位が脅かされるとでも考えているのだろうか?


 そんなこと気にする必要ないのに。俺にとったら、紅月さんが幼馴染なんだから。



 ――――

 ――

 ―



「――――違うな、間違っているぞ」

「うぅ……」


 夕食後、例によって晴山のための勉強会を開催。


 さっきとは別人のように情けない表情をしている晴山、今は沢山の先生に囲まれていた。



「そうよ、華絵にはこの弱点があったわね」

「良かったです、ほんと良かったです」

「やはり天は二物を与えないのね」

「ふっ」


 どこか嬉しそうにする玲香に、ホッとした表情をする時雨。何かを悟った様子の睦姫先輩に、鼻で笑う紅月さん。


 なんて酷い先生達だ。特に紅月さん、あなたの人気がガクっと下がった音が聞こえましたよ。



「外野は気にするな、次だ」

「う、うん……」


「…………ちゃう、そうじゃない」

「もぉ……いやだぁ……」


 これは、そもそも基礎がダメなのかもしれない。しかしとてもじゃないが、基礎から勉強し直してる時間はないぞ。


 暗記物はいいとしても、残り数日はガッツリ勉強しなくてはならないな。



「大丈夫だ、見捨てない、まだ助かる」

「まだ助かる……? まだたすかる、まだがすか――――」

「――――お前やる気あんのか?」


 随分と余裕があるようだ……と思ったのだが、どうやら限界のようだ。


 他の女の子が風呂に入ったりノンビリしている中、晴山はずっと俺と勉強していたからな。


 今日はここまでにしておこう。十分に頑張ったと思うし。



「ここまでにしようか。ノンビリ風呂にでも入ってこいよ」

「あ、ありがとうございました……」


 ゆっくり立ち上がった晴山は、少しだけフラつきながらリビングから出ていった。


 少ししてから俺はみんなにトイレに行くと告げ、晴山の後を追いかける。



「――――晴山」

「地道くん? なに? 覗き?」


「こんな堂々と覗くかよ……明日からの事だ」

「明日から……?」


 期末テストまで一週間。すでに放課後はクラスの連中に頼まれて勉強会を行う予定だが、それだけでは心許ない。


 晴山が良ければだが、俺は彼女の事を思って提案した。



「明日からの勉強会、晴山も参加しないか?」

「あ~……うん、しようかな……」


「それから来週、何日か泊まりに来ないか?」

「うん…………うぇっ!?」


 流石に毎日は無理だろうが、そらのくらいしないと期末テストでの赤点回避は厳しいと考えていた。


 そう簡単には男の家に泊まる事に頷けないとは思うが、俺の誠意は伝わっていると信じたい。



「勉強会だけじゃ厳しいかもだしな。泊まりが難しいなら別の場所でもいいし」


「他のみんなは……来るの?」

「いや、来ないと思うけど」


「じゃあ……二人きり?」


「あれなら紅月さんに話すよ。予定を合わせれば、何日かは――――」

「――――は、話さなくていい! 来る! 泊まる!」


 食い気味に声を出しながら、晴山はそう言った。


 家とか親の事は大丈夫かと聞いたが、問題ないと言うのでそれは晴山に任せようと思う。



「楽しみだね、お泊まり会」

「勉強会だろ……まぁ、晴山の料理は楽しみだ」


「うんっ! 美味しいの作るね」


 そりゃ楽しみだ。


 このやる気なら、赤点回避くらい余裕だろう。

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