第15話 理由なんて知らないよ、男が悪い






 駅で雨に濡れた子犬ちゃんを見つけた俺は、彼女を保護するために声を掛けた。


 声掛けをミスってしまったのか、晴山の表情は優れない。二度と同じミスは繰り返すまいと心に誓った。



「……地道くん。どうしてここにいるの?」

「前にも言っただろ? また見つけたら拾ってやるって」


「あはは……よくわたしを見つけてくれるね」

「なんかピンとくるのかもな。ポンコツセンサーに」


 力なく笑う晴山。いつもならポンコツ言うなと可愛らしく騒ぐ晴山だが、そんな元気もないようだ。


 何があったのかは知らないが、前回と同じなら行く場所がないのだろう。


 それなら俺の取る行動は一つだ。



「じゃあ行こうぜ? 晴山」

「え……? ど、どこに?」


「でもその前に着替えた方がいいよな」

「あ、あの……」


 少しだけ戸惑っている様子の晴山の腕を、少しだけ強引に引いて歩き出した。


 タオルとワイシャツを持たせて、そのまま近くの多目的トイレに晴山を押し込む。


 待つこと数分。もう少し時間が掛かると思ったが、濡れた髪を拭き着替えた晴山が出てきた。



「お~似合ってるじゃん。彼シャツみたいだけど」

「あ、ありがとう」


 少しだけ大きいみたいだが、後は帰るだけだし問題ないだろう。


 しかし、なんて胸が強調される格好なんだ。ボタン、弾け飛んだりしないよな?



「これ新品だったけど……いいの?」

「弾けそう……」


「……? ねぇ、聞いてる?」

「あ、あぁ……大丈夫、縫えばいいだけだから」

「な、なんの話をしてるの?」


 これは目に毒だな。このようにご立派な物を持っている女性は、男性の目が集まり辟易する事もあるだろう。


 ならせめても俺は紳士的で行こう。まぁ俺、どちらかと言えば控えめな方が好みではあるんだけど。


 再び仕切り直し。俺は晴山から荷物を受け取り、二人分の切符を購入して改札を通り電車に乗った。



「……ちょっと強引だったな、悪かった」

「ううん。分かってるから、地道くんの事は」

 

 椅子に座り、少し落ち着いた所で強引さを謝罪した。


 どこに連れて行かれるのかは分かっていたと思うが、大きな拒絶もなかったので強引に行かせてもらった。



「……ほんとはね、ちょっと期待してた」

「期待って?」


「同じ場所にいれば、また地道くんが見つけてくれるんじゃないかって……そしたら本当に来てくれるんだもん」

「……見つけられて良かったよ」


 たまたま目に止まっただけなんて言えねぇ。


 晴山がそう思ってくれているなら、そのまま話を合わせよう。



「……今回も、何も聞かないんだね」

「ん~、話したいなら話すだろ? 話したくなったら、話せばいいよ」


「ごめん、迷惑だよね……」


 理由を話せない事に対してなのか、この状況の事を言っているのか分からないが、晴山は心底申し訳なさそうな顔をした。


 そんな顔をする必要はないんだけどな。


 俺は聖人じゃない。晴山を見つけて拾ったのなんて、それは晴山だからなんだ。


 誰かが困っていれば手を差し伸べる正義のヒーローなんかじゃない。


 下心に決まってる。晴山と仲良くなりたいという、邪な理由があるだけなんだから。



「気にするなよ、俺が晴山といたいから拾っただけだから」

「そ、そうなんだ」


「まぁ行く所がないのなら、俺の所に来ればいいよ」

「え……?」


「居場所がないなら、俺が居場所になってやるって」

「…………」



 我ながらクサいというか、カッコいい事を言ってしまったな。


 何があったのかは分からないが、家に帰れないとか帰りづらいとか、恐らく親と何かあるんだろう。


 前回泊まった時も、親から連絡が来てる様子はなかったし。


 もしかしてネグレクト……? だとしたら、手遅れになる前に行動しなきゃならないが。



「なぁ晴や…………晴山ちゃん、それは僕困るよ」

「ご、ごめんねぇ……嬉しくてぇ……」


 気づけば隣で大粒の涙を溢しながら泣いている晴山の姿があった。


 嬉しくて泣いてしまったらしいが、ここが電車内である事を忘れないでほしい。


 どんな理由があろうが、女性が泣いていてその近くに男がいたら、悪いのは男になるのだ。


 まずい。向かい側に座るOLが俺を睨んでいる。違うんだ、違うんです、違うんだよ。



「いや……あの、その、ほら、あれだよ、晴山の料理が忘れられなくて、また食べたくてね」

「それも嬉しいよぉぉぉ……」


 言葉を掛ければ掛けるほど、涙を流してしまう晴山。


 あと少しで降りる駅だが、それまで俺は可愛い女の子を泣かしているクソ野郎と思われるのか。


 俺に出来る事はハンカチを差しだし、OLから目を逸らし、黙る事だけだった。



 ――――

 ――

 ―



 居心地悪かった電車内から解放され、やっと自宅まで戻ってきた。


 晴山は一度来ているので、特に驚いた様子はない。

 


「ちょっと今日は騒がしいかもしれない……」

「もしかしてお母さんとかいる? 挨拶しなきゃ……」


「いや、う~ん……母さんまでいたら、ほんと大変な事になると思う」


 冗談抜きであの人がいたら大変だ。怒られるとかではなく、間違いなくキャーキャー騒ぎ出す。


 首を傾げる華絵を横目に、俺は玄関のドアを開けた。


 その瞬間、待ち構えていた様子の三人が一斉に声を出した。



「「「お帰りなさいっ!」」」

「た、たでーま」


 誰かに出迎えられるってのは良いものだな……なんて思う余裕は今だけはない。


 いつもポワポワホワホワしている晴山の気配が、変わったのを背中に感じる。



「……地道くん?」

「な、なにかね」


 平坦な声だった。さっきの泣き声とは天と地ほど違う声は、俺の体を固まらせる。


 晴山の方は振り向けない。振り向いたら、何か良くない事が起こってしまいそうで。



「うわ~女の子ばっか~、こんな所にわたしを連れ込むんだ~」

「…………」


「友達もいれば知ってる人もいるし知らない人もいる~」

「…………」


「先輩後輩同級生、年上美人まで? わたしの枠なくない?」


「……ポンコツ枠?」

「は?」

「いえすみません」


 連れ込むって人聞きの悪い。手を出すつもりなんて皆無、精々風呂上がりのラッキーを期待しているくらいだ。


 しかし説明するのを忘れていた俺が悪い。まぁでも、幸いな事に全員女性だから、セーフだよな?



「……二人きりだと思ってたのに……ばか」

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