バッド選択・恋愛 ~幻想~
華絵が朝起こしに来てくれなくなり、数日が過ぎていた。
ほぼ毎日と言っていいほど起こしに来てくれていた華絵は、朝も勉強するからとの理由で俺の家に来なくなっていた。
朝どころか、この数日は一切俺の家には来ていない。まぁ、期末テストが終わればまた元に戻るとは思うが。
今日も放課後は勉強会らしい。楽しそうにするクラスメイトや、迎えに来た玲香と一緒に教室を出ていった。
「今日も進は参加しねぇの?」
「俺は……いいかな」
教科書片手に寄って来た海は、今日も勉強会に参加するようだ。
クラスの大部分が参加しているようで、もはやクラス行事。理由なく不参加なのは俺くらいかもしれない。
「……海、部活はいいのか?」
「進は行くのか?」
俺が行かないと言うと、なら俺も行かないと言って海は教室から出ていった。
あっという間に教室に残っているのは俺だけになる。今回の勉強会は会議室を借りて行っているという話を聞いた。
不参加を表明している手前、今から参加するなんて事はカッコ悪くて出来ない。
俺はまっすぐ家に帰り、一人で勉強を行った。
その日も、華絵が家に来る事はなかった。
――――
――
―
そうこうしているうちに、ついに期末テストが始まった。
とてもこれからテストだという雰囲気ではない。みんなリラックスしているようで、すでに夏休みの計画を話している者もいるほど。
チラッと華絵の様子を見てみると、隣に座る女子生徒と楽しそうに何かを話していた。
あの華絵が、これからテストだというのに笑顔を弾けさせている、その違和感が半端なかった。
約一週間、みっちり勉強したのだろう。テスト初日から最終日まで、華絵が暗い顔をする事は一度もなかった。
――――
――
―
テストが終わり、今日は返却の日。
今日から終業式までの数日間は全て自主学習で、クラスの雰囲気はすでに夏休みモードだ。
朝のホームルーム時に返却されたテストを眺める。今回もまぁ、可もなく不可もなくと言った感じだった。
そして恒例となった人集り。地道の机の回りには、大勢の人が集まっては賛辞を送っていた。
華絵はどうだったのだろう? 前回はテストが終わったら俺の所に来ていたが、まだ来てない。
結果が悪く机に突っ伏しているのだろうか……そう思い華絵の机に目を向けてみると、そこに華絵の姿はなかった。
(……トイレか?)
歩いて動けるという事は、結果はそこまで悪くはなかったのかもしれない。
まぁあれだけ勉強に力を入れていたのだから――――
「――――地道くんっ! 赤点なかったぁぁぁ!!」
ガヤガヤとうるさい教室に、一際大きな声が木霊した。
その声は聞き慣れた幼馴染の声。ハッとさせられた俺は、慌てて地道の人集りの方に目を向ける。
そこには、地道に頭を撫でられて嬉しそうにしている華絵の姿があった。
「良かったね華絵ちゃん!」
「頑張ってたもんねぇ~」
「さすが地道様だぜっ!」
「いいなぁ、私も頭撫でられたい……」
「お前は赤点? 常習者だもんな」
「赤点どころかよ、全教科過去最高だ」
「このクラスの平均点、ヤバくない?」
「ありがたやありがたや……」
「俺も夏休み中、毎日起きたら地道様を拝むわ」
熱狂というか、どこか不気味なほど地道の事を崇拝しているクラスメイ達に恐怖を覚える。
そいつはそんな奴じゃないのに。俺の立場になって地道を見てみればよく分かるはずだ。
――――連れ出す――――
なんてそんな事を悠長に思っている場合じゃない。
華絵の様子を見た時、このままじゃマズいと思った。後先なんて考えられず、とにかく華絵を地道から離したかった。
ただでさえ最近、華絵とは離れていたんだ。
「は、華絵! ちょっと話がある」
「うん? あ、進くん……」
「ちょっと来て」
「え……でも――――」
「――――いいから!」
少しばかり強引に華絵の手を引き、人集りの中から華絵を引っ張り出した。
クラスメイトは驚いたように見ているだけ、地道の奴も特に何も言ってくる事はなかった。
「な、なんだあれ?」
「さぁ……」
「あ~……なるほどね」
「なるほどって?」
「最近もさ、あったじゃん?」
「あったって?」
「ほら、隣のクラスの……」
「……ああ! 安曇さん!」
「華絵ちゃん、いつも彼の傍にいたから」
「あ~、それはその……なんて言うか」
「まぁでも仕方ねぇよ、地道様だもん」
「まぁ、とりあえず」
「「「「どんまい、天道」」」」
そんなふざけた事を話すクラスメイトの声など耳に入ってない俺は、不安そうな顔をする華絵と教室を出た。
教室から離れ、階段の踊り場まで来た時に華絵の手を離した。
「な、なに急に? 痛かったよ……」
「わ、悪い! ちょっと頭に血が登って……」
手首を擦りながら、やはり不安そうな表情をする華絵。怖がらせてしまったのかもしれない。
俺も不安だったのだ。華絵がアイツの近くにいた事が。
しかし地道の勉強会に参加させる切っ掛けを作ったのは俺だけに、なんと言えばいいのか。
「それで……どうしたの?」
「えっと……テ、テストはどうだったんだ?」
「赤点はなかったよ、地道く……彼のお陰で」
「そ、そうか」
この前俺が怒鳴ったせいか、華絵は言い直して彼と言ったが、余計に親密さが感じられた。
ただ地道の勉強会に参加しただけのはずなんだ。他に参加していた奴らと大差ないはずなのに。
なぜか、華絵はすでに地道と親密な関係にあるのではないかといった、漠然とした不安があった。
「ねぇ、それだけで引っ張って来たの……?」
「いや、その……アイツの傍にいてほしく……なくて」
「……なにそれ? どういうこと?」
「その……華絵はこれからも、俺の傍に……」
なんと言えば正解なのか、なんて言えば伝わるのか分からないので声が小さくなっていく。
ただ地道の傍にいてほしくなかった、それだけしか頭になかったのだ。
ずっと一緒にいた幼馴染の華絵が、俺の傍からいなくなる訳はないのだが、何も言わずにはいられなかった。
「テストも終わったし、また今までのように……俺の所に来るんだろ?」
「また、今までのように……」
そういう話だったはずなのに、華絵は即答せずに何かを考えるような仕草を見せた。
何を考えて何を思っているのか、その表情は優れない。ただ元に戻るだけなのに。
それはまるで、もう来ないとでも言っているかのようだった。
「……ねぇ進くん。どうしてわたし――――行かなきゃならないの?」
「……え?」
華絵が何を言っているのか分からなかった。
どうして行かなければならないのかって、それなら何で今まで来ていたんだ。
俺の親に頼まれたから? 華絵がダメな俺を見かねて世話を焼いてくれている? 華絵が来たいと思っているから?
思えば、なんで華絵はあんな頻繁に俺の家に来て、俺の傍にいてくれるのか、考えた事がなかった。
「ど、どうしてって……だって今まで、ずっと……」
「今までがそうだったから、これからもそうじゃなきゃいけないの?」
改めて考えるが、普通に考えれば来たいと思ってくれているから来るのだろう。
少しは俺の事を良く思ってくれているのではないか? だってそうだろう? 嫌いな奴に、そんな事までしないだろう。
幼馴染だからという事も、あるのかもしれないが。
「……華絵、俺は――――」
「――――なんて、冗談だよ。まだわたしは、進くんの傍にいなきゃないもんね」
「え……?」
「でもさ、しばらくわたしは行かない方がいいと思うんだ」
「な、なんでだよ?」
矢継ぎ早にそう言うと、華絵は教室に戻ろうとしているのか足を動かし始めた。
数歩進んだところで振り返り、いつもの笑顔で冗談っぽく声を出す。
「玲香ちゃんにも、進くんにも悪いし」
「玲香……?」
「だって好きなんでしょ?」
「それは……」
俺がまだ玲香に未練があるから、そういうことか。
でも華絵と俺は幼馴染で、その関係は特別なものじゃないか。
「でも俺とお前は、幼馴染だろ……」
「……幼馴染って、昔少しだけ一緒に過ごした事があるってだけでしょ」
「そんな事いうなよ……」
「あはは、冗談だよ。でも進くん、幼馴染に変な幻想でも抱いてるんじゃない?」
幼馴染とはなんなのか。華絵の言った通り、ただ近くにいただけの人の事を言うのか。
ずっと一緒だったからこそ、他の人にはない絆のようなものがあると俺は思っている。
でもその絆を、大事にしようとした事はあっただろうか?
いつの間にか、当たり前になっていたのかもしれない。
「とりあえず、追試が終わってから考えようよ」
「……あぁ」
笑顔だが、いつもの優しさが感じられなかった華絵は、先に教室に戻って行った。
知らなかった華絵の一面を見た気分。知らなかっただけなのか、それとも誰かの影響なのか。
知らない一面を知るという事が、こんなに不安な事だとは知らなかった。
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