バッド選択・失恋 ~未練~






 次の日、予定通り華絵は俺の家にやって来た。


 普段より荷物が少し多めだという事以外は、特に変わった事はなにもない。


 明日は学園があるので、制服でも入っているのだろう。


 そんな俺達は現在、期末テストに向けて勉強中だ。特に華絵は必死で、脇目も振らずに教科書を睨み付けていた。



「やっぱり英語が……」

「……そういや、追試も英語だったか?」


「……うん。期末テストの結果次第じゃ、追試が二つになっちゃう……」


 期末テスト後の、終業式の後に行われるという追試験。


 華絵はすでに中間テストで赤点を取っているので、追試が確定している。


 その追試も上手く行かなければ、いよいよ夏休みは補習の嵐という訳だ。



「まぁまだ時間はあるし、少し休憩しないか?」

「そうだね……じゃあ飲み物いれてくるね。進くんは珈琲で、玲香ちゃんは……あ」


 つい言ってしまった、そんな表情を浮かべながら、華絵は口を噤んだ。


 華絵がつい言ってしまうほど、玲香がこの場にいるのは当たり前だった。


 それが今はいない。ここにいるどころか、本当に友達ですらなくなってしまったのかもしれない。



「ご、ごめん」

「…………」


 恐る恐るといった感じで、華絵は俺の様子を伺っている。


 どうやら俺はまだまだ引き摺っているようだ。一瞬で心に闇が落ちたのを感じた。



「あの……玲香ちゃんと何かあったの……?」

「……なんでだよ」


「だって学園で、その……雰囲気というか……」

「…………」


 俺が告白してフラれた事は知らないのだろう。


 それ以前にも玲香と話す事は減っていたし、昼食なども一緒しなくなってはいたが。


 告白後に俺達の雰囲気は変わった、完全に赤の他人になってしまったのだ。


 喧嘩しているような雰囲気もない、お互い気に掛けている様子もない。


 寝取られたと騒がれていた時の雰囲気とはまた違う。華絵はその事を言っているのだろう。


 ――――話す――――


「別に……ただ告白して、フラれただけだ」

「こ、告白……? 告白……したの? 玲香ちゃんに?」


 驚いた様子の華絵。告白したなんて寝耳に水だったようだ。


 そんなにおかしな事だろうか? いつも一緒にいた女に想いを伝える事が。



「そうだよ、悪いか?」

「悪いというか……あんな玲香ちゃんに告白したの……?」


「っ……うるさい、悪かったな」


 それは玲香にも言われた事。そのせいで、勘違い事件が再び頭を過る。


 玲香との間にある蟠りや、あの時の雰囲気や状況は俺だって理解していた。


 でも玲香と話して、玲香が俺の行動を待っていたのだと思ってしまったんだよ。


 あぁそうだよ、勘違いしたんだよ!!



「ご、ごめん! そういうつもりじゃなくてっ」

「じゃあどういうつもりだよ!? フラれて当然だって、そう言いたいんだろ!?」


「そ、そんな事は……でもあの時の玲香ちゃん、地道くんしか目に――――」

「――――その名前を俺の前で出すなよ!」


 ついカッとなって声を荒げてしまった。


 華絵は何も悪くないのに、華絵に当たるのは間違いだ。そう思う自分がいるのに、感情を止められなかった。


 これ以上ここにいたら、また余計な事を言ってしまいそうだ。少し頭を冷やそう。



「……ごめん、大きな声だして」

「う、ううん……わたしも、ごめんね」


「俺、ちょっと部屋に戻るから。ほんと悪かった」

「…………」


 軽々と話すんじゃなかった。自分でも整理が付けられていないのに、俺は何をしているんだ。


 華絵に当たるのは間違いだ、華絵にあんな表情をさせるのも間違いだ。


 部屋に戻り自己嫌悪に陥っていた時、部屋の扉がノックされた。当たり前だが、ノックしてきた人物なんて一人しかいない。



『……ねぇ進くん。お昼は……?』

「とりあえず……後でいい。ごめん」


『……分かった』

「さっきは、悪かった……忘れてくれ」


 改めて謝罪を口にする。今回の事で華絵が悪い所は一つもなく、気に病む必要だって全くない。


『わたしも、無神経だった、ごめんね』

「いや……」


『……ねぇ。進くんはさ、まだ玲香ちゃんの事が……好きなの?』

「…………」


 想いが消えたのかと聞かれれば、消えた訳ではないと答える。


 だけど俺がどれだけ想った所で、もう届かないのなら意味がないじゃないか。


 友達ですらいられなくなったんだ。チャンスなんか、ゼロに等しいんじゃないか?



『あれだけ怒るんだもん。まだ、好きなんだよね』

「……分からねぇよ」


『じゃあ、諦めるの?』


 諦める、それが正しいのかもしれない。今回は今までと違って、告白してフラれたんだ。


 勝手に勘違いして動けなくなった時雨達とは違い、勘違いこそしたが今回は動いたんだ。


 それでダメだったんだから。



「…………」


 しかし、どうしても玲香の笑顔がチラつき、諦めると言葉にする事が出来ないでいた。


 初めて誰かを好きになったんだ。ダメだったからって、すぐに切り替える方法など分からない。


 それに、こうなったのは俺だけのせいじゃない。


 アイツがいなければ、また違ったはずだろ。



『……そっか。分かった』

「……え?」


『進くん。お昼作っておくから、食べられる時に食べてね』

「…………」


 華絵が扉から離れて、遠ざかっていく気配が分かった。


 俺がハッキリ口にしないから、まだ未練があるのだと思ってしまったのかもしれない。



 ――――

 ――

 ―



 それから少し時間が流れ、一階から聞こえていた物音が聞こえなくなっている事に気づいた。


 時計を見ると部屋に入ってから数時間が経過していた。


 色々と考えたが、やはり答えなんて出ない。出ないのであれば、考えるだけ無駄かもしれない。


 そう思うと急にお腹が空いてきた。あと少しで夕飯の時間になるが、何か食べておきたかった。


 俺は一階に降りた。薄暗くなったリビングを見渡し、華絵の姿を探した。



「……華絵? いないのか?」


 時間的には電気を付けるほどではないかもしれないが、今日は生憎の空模様なので普通に暗い。


 テーブルには、昼食であろう物が置かれているだけ、もちろん書き置きなんてない。


 玄関を見に行くと華絵の靴がなかった。買い物にでも行ったのだろうか?



 進< 華絵? 買い物?


 メッセージを送ったが、なかなか返事は来なかった。


 華絵が作ってくれた昼食を食べながら、華絵を待ったが帰ってくる事はなく、電話をしても繋がらない。


 もう夕食時だという時間の時、ついに華絵から連絡が入った。



 華絵< 遅れてごめん。夕食は自分で用意してくれる?

 進< 泊まらないのか?


 華絵< うん。

 進< そうか……分かった。


 やっぱりあの話が原因か。俺を一人にしておいた方がいいとか、そういう気を回しているのだろうか。


 しかし、その後に続けて送られてきたメッセージには、こう書かれていた。



 華絵< あと、期末テストが終わるまでは、あまり進くんの家に行けないと思う。


 華絵< ごめんね。わたしも勉強しなきゃないから。


 華絵< あとわたし、地道くんの勉強会に参加するね。


 俺に意見を聞かず、華絵が自分の事を優先するのは初めてかもしれないと思った。


 期末テストのためには仕方がないと思う。アイツの勉強会が評判いいのは知っているが、正直引き留めたい。


 しかし、行くな、なんて言えなかった。また同じ過ちを犯してしまう。


 進< 勉強なら、俺が教えるけど……。


 だから俺は、そう言った言い回しで華絵に返信をした。


 だけど、返事は来なかった。

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