バッド選択・失恋 ~喪失~
トイレの前から移動した俺達は、何を話す訳でもなく黙りこくっていた。
話そうとはしていたのだが、斜め下を見ながらリボンを弄る玲香の様子を見て言葉が出なくなってしまっていた。
しかし時間はあまりない。あの様子だと、本当に時間が来たら玲香は去っていくだろう。
「……ねぇ、何がしたいの?」
「あの……まず、謝りたくてさ」
「さっきから黙っているだけじゃない。もう時間ないわよ?」
「…………」
そう言うなら少しは態度を変えて欲しいのだが。
不機嫌さを隠そうともせず、居心地悪そうに、一切俺に目を向ける事なもない。
俺と話す気など感じられない。まぁそれも、俺の撒いた種が原因であるのだけど。
「はぁ……もういい? 謝りたいって言ってたけど、別にもういいから」
「い、いやちゃんと謝らせてくれ! あの時は本当に悪かった! 俺、冷静でいられなくて……」
溜め息を付き、去ろうとする玲香を見て慌てて声を出した。
慌てて出した言葉ではあるが、適当な言葉ではない。偽りのない心からの謝罪だった。
「玲香の気持ちを考えていなかった。自分の事しか考えてなくて、玲香を物みたいに扱って……」
「…………」
玲香は足を止めて話を聞いてくれた。今度はちゃんと目を見て俺の言葉を聞いてくれている。
あの行動、あの言葉、あの態度は間違いだった。
俺はそれからも、誠心誠意謝罪の言葉を並べていった。
「……なら今は、あたしの気持ちが分かるの?」
「えっと……わ、分かる」
黙って俺の謝罪を聞いていた玲香が、急にそう聞いてきた。
その目は先ほどまでとは違い真剣さが感じられ、とてもじゃないが分からないなどとは言えなかった。
「ならいいの――――じゃあこの話はおしまい。あなたからの謝罪は受け入れるし、関係もこれまで通りね」
「これまで通り……?」
「そうよ? じゃあ、そろそろ時間だから行くね」
そう言うと玲香は再びここから去ろうとしだす。俺は玲香が言った言葉の意味を、即座に考えた。
これまで通りの関係? 玲香の気持ちが分かる? あの真剣な目はどういう事だ?
これまで通りって、いつも玲香が傍にいてくれていた状況通りという事でいいのか?
それなら俺は――――
――――これまでとは違う――――
「ま、待って! 玲香っ!」
少し大きくなってしまった声に、僅かに驚いた様子の玲香は足を止めた。
その表情に驚きはあったが、最初の時のような不機嫌さは感じられなかった。
「な、なによ急に大きな声を出して」
「その……俺は、玲香の事が――――」
これまで通りに戻れる。それも良かったが、俺は関係性を変えたくなっていた。
これまで通りじゃダメなんだ。これまで通りじゃまた同じ事に……だからこれまでとは違わなきゃ。
玲香の気持ちに真剣な目。それにこれまで通りという事は、玲香だって少しは俺の事を――――
「――――好きだっ! だから付き合って下さい!」
「いや、無理」
「えっ!?」
玲香は驚いた表情のまま、口だけを動かしてそう返事をした。
俺は固まってしまう。玲香が俺の告白に断りを入れたのは分かったが、そんな即答されるとは思わなかった。
そんな玲香は、失言をしてしまったとでも言いたげな、罰の悪い顔をしていた。
「あ、ごめんつい……でも答えは変わらないよ、ごめんなさい」
「な、なんで……?」
「なんでって……逆に聞くけど、あの流れでどうして行けると思ったの?」
「だって、玲香の気持ちって……俺の行動を待ってたんじゃ……」
玲香はいつも俺の傍にいて、俺と一緒に行動したがっていた。
好意もない奴にそんな事、普通はしないだろう? 異性なんだから、少しは意識してたんだろ?
でも俺が動かなかったから、玲香は離れてしまった。でも、元に戻ってくれるって言うから……。
「やっぱり分かってなかったんじゃない……あたしね、好きな人がいるの」
「っ!?」
「だからこれまで通り、あなたとは友達でいたいって、そういうつもりだったんだけど」
「…………」
好きな人がいる。そう聞かされた時に、一人の顔が浮かび上がった。
一瞬で心が憎悪に支配される。声を荒げて怒りをぶつけたい気分になるが、玲香にぶつける訳にもいかずグっと堪える。
最近、玲香が奴の傍にいるのは知っている。だがハッキリと、あの玲香が好きだと言うなんて。
「でも、あたしが悪いわね。ごめんなさい」
「……なにがだよ」
「あたし、自分勝手な理由であなたの傍にいたし。勘違いさせちゃって、ごめんなさい」
「なんだよそれ……」
俺の傍にいた理由だって? その言い方、好意があったからじゃないって事かよ?
勘違い……ふざけんな。また勘違いだってのか。
「……あたし達、もう友達でもいられないわね」
「…………」
「ごめん。じゃあね――――天道」
去っていく玲香を俺は力なく見つめる事しか出来なかった。
丁度その時、トイレから男が出てきた。そんな男に玲香は近付くと、何やら声を掛けていた。
そんな彼女の横顔は、俺には見せた事がないほどの可愛らしい笑顔だった。
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