第13話 安曇玲香の告白
安曇家から治験の承諾を貰い、準備が急ピッチで進められる中、俺と玲香は玲さんの病室を訪れていた。
連日、色々な説明や検査などで疲れた様子の玲さんを気遣い、俺達は何でもない普通の会話をするだけに留めた。
病室の中には母親である
「いやでもほんと、行人君には足を向けて眠れないな」
「でも玲さん、このベッドの位置だと丁度足の方角が俺の家ですよ」
「そ、そうなのかい? う~ん、困ったな」
「冗談ですよ」
俺と玲さんの下らない会話を隣で玲香が笑いながら聞き、玲さんの隣では香織さんが微笑みながら聞いていた。
ついこの前までの病室の雰囲気とは、天と地ほど違うと玲香は言っていた。玲香も香織さんも、涙を流さない日はなかったのだとか。
「いよいよ明日からですね」
「うん、そうだね……」
「……やっぱり、怖いですか?」
「そんな事はないよ。手術をする訳ではないからね」
明日、目が覚めないかもしれないという状態でいる方がよっぽど怖いと、玲さんは続けて言った。
死ぬのが怖いというより、玲香と香織さんを残して逝きたくないと。
そんな事を言うものだから、僅かに病室の空気が変わってしまった。それを掻き消すかのように香織さんが明るい声を出す。
「それより玲香。あなた、行人さんの事をどう思ってるの?」
「な、なによ急に?」
「好きなんでしょ?」
「すっ!? い、いきなりなんて事を聞くのよ!?」
なにやら興味深い話をし出した二人。俺と玲さんは示し合わせ、彼女達の会話に耳を傾ける。
揶揄うような笑みをする香織さんと、揶揄われている事に気づかない玲香が顔を赤くする。
「見ていれば分かるもの、幼稚園児でも分かるわ」
「そ、そんなに分かりやすくないっ!」
「でも好きなんでしょ?」
「べ、べ……べ、つに……好き……じゃ」
頑張れ玲香! 己に打ち勝て! ツンに負けるな! デレるんだ!
そう叫びたい気持ちに駆られる。しかし面白いので、己の性格と格闘する玲香を黙って見守る事に。
「アナタね? そんなんじゃ負けるわよ?」
「な、なによ……負けるって……」
「彼をよく見てみなさいって。どこにモテない要素があるのよ?」
「そ、そんなの分かってるわよ!」
母親に言われて俺の方を向く玲香。おずおずと目を合わせようとしてきたため、俺は精一杯のイケメンスマイルで玲香を出迎えた。
しかしすぐに目を逸らされた。玲香は赤くない所が少なくなった顔で、再び香織さんに向き直った。
「あれを見れば分かるでしょ? アタシでもキュンと来ちゃうもの」
「おい嫁、それは流石に聞き捨てならんぞ?」
「素直になりなさいよ? そんなツンツンしてたら、後悔するわよ?」
「君がそれを言うのかい? 元祖ツンツン娘が」
玲香のツンツンは母親譲りだったのか。性格も容姿も母親似、となれば玲香は将来、香織さんのような美人になるのか。
この香織さんを、玲さんはどうやって落としたのだろう? 後で聞こう。
「ところで玲香。行人君とパパ、どっちの方が好きだい?」
「………………パパに決まってるでしょ」
「めっちゃ考えたね? 昔は即答でパパが世界一って言ってくれてたのに……」
そりゃ年月が違うもの、流石に父に勝てるはずがない。
昔は分からないが、玲香は間違いなくお父さんっ子だろうし。お父さんのために、可愛くなろうとする子だからな。
「いや、玲香はアタシに似ているから、分かるわ」
「な、なにが分かるんだい?」
「残念だけどアナタ、世界二になってしまったわよ」
「なっ……なんだと……?」
「娘を持つ父の宿命ね。どう足掻いても、お父さんは何れ二番手以下になる」
「……ショック死しそうだよ」
玲さんがそれを言うと笑えない。香織さんはその言葉と表情を見て大笑いしていたが、笑ってもいいのか分からないネタだ。
――――その時、病室の扉がノックされた。
姿を見せたのは今回の臨床試験に携わる責任医師。どうやら明日からの事で色々と話がある様子だった。
俺は部外者なので、そろそろお暇しよう。俺は三人に別れを告げ、病室を後にした。
――――
――
―
バス停でスマホを弄りながらバスを待つ。またまたタイミングが悪くバスが来るまで時間があるようだが、大人しく待つ事にする。
紅月さんに迎えを頼むのは止めていた。今回の事でも色々と動いてもらったし、送迎なんて理由でこれ以上迷惑は掛けられない。
今日の夕飯はどうしよう? 久しぶりにデリバリーでも頼もうかな……なんて考えていた時だった。
「――――よ、よかった、まだいた」
「……玲香? どうした? なにか俺、忘れ物でもしたか?」
息を切らせた玲香がやって来た。手荷物は何も持ってなかったので、玲香も帰ると言う訳ではなさそうだ。
玲香は俺に何かを差し出す訳でもなく、ゆっくりと隣に腰を下ろした。
「まぁその……忘れ物」
「持ってきてくれたのか? 悪いなわざわざ」
「うん……」
差し出されるはずの忘れ物を待つが、なぜか玲香は俯いたまま動かない。
返したくない忘れ物なのか? なにそのどっかのガキ大将みたいな考え。
声を掛けようかとも思ったが、どこか思い詰めた表情を玲香がしているものだから、俺は黙って玲香の行動を待った。
時間にして一分もあるかないかだったが、玲香はやっと口を開いた。
「あ、あのね……?」
「うん」
「その……あたし……えっと……」
「うん」
声は出て来たが、内容ある言葉は紡がれなかった。
何かを言いかけては止め、言いかけては止めを繰り返す。俺は急かすつもりはなかったのだが、玲香の表情が焦りに変わった時、凄い事を言い出した。
「えっと、えっと……そ、そう! あたしね、告白されたの!」
「……告白された? するんじゃなくて?」
「さ、されたの! ついこの前!」
「そ、そうなのか……」
ヤバイ、ちょっと自惚れていたようだ。
玲香の様子、雰囲気から告白を受けるのではないかと勘繰った。これはアレだ、恥ずかしい奴だ。
まぁ玲香が告白を受けるのは別に不思議ではない。香織さんの言葉を借りると、モテない要素なんてないんだから。
「それで、受けるのか? その告白」
「はぁ? 受ける訳ないでしょ? 断ったわよ、当たり前じゃない」
「当たり前なのか」
「あ、当たり前よ! だって……だって、あたし……――――」
再び言葉に詰まった玲香。
しかし先ほどとは違い、顔を下げることなく目は俺を見つめたまま。
そしてその言葉を口にした。
「――――行人の事が好きだもの」
その言葉で先ほどの恥ずかしさは消し飛び、嬉しさが心に充満した。
その言葉を口にした玲香は堂々としており、どこか香織さんを彷彿とさせる。
勢い余って言ってしまった感じではない。言い終わった後の玲香は、どこかスッキリしているようにも見えた。
「そうなのか?」
「そうなのか!? そうなのよ! 当たり前でしょ!? 責任取りなさいよっ!」
「いや責任って――――」
「――――好きにならない方がおかしいでしょ!? カッコいいし優しいし頼りになるし助けてくれるし! どうやっても惚れるでしょ!? もうあなたの事で頭が一杯よっ!」
怒涛の勢いで言葉を吐き出していく玲香。俺が反応する暇もないほど、次々に俺への好意を口にする。
こちらは勢い余ってのようだ。堂々とした姿は消え去り、言葉を吐き出す度に顔が朱に染まって行く。
「好きよ! 大好きよ! 悪かったわねっ!!」
「いや、悪くはないけど……」
周りに人はいないとはいえ、そんな声量で叫んで大丈夫だろうか?
流石に俺も少し恥ずかしいのだが。そう想ってくれてそう言ってくれるのは本当に嬉しいのだけど。
「――――はぁ……スッキリした」
「それは……良かった? いや、めっちゃ恥ずかしいんだけど」
「あんたが恥ずかしがるのって珍しいわね? そういう感情ないんだと思ってた」
「ロボットじゃないんだから、あるに決まってるだろ……」
なんか本当にスッキリした表情をしてやがる。
言いたい事を言ってやった、もう満足と言った表情だが……満足なのか?
「あたしの気持ちを知っておいて欲しかっただけ。でも分かってたわよね?」
「まぁ、もしかしたらとは……」
「付き合ってとか、言うつもりはないの。こんなに良くしてもらって、助けてくれた人の時間を独り占めなんて出来ない」
「…………」
「でも、好きでいるのはいいよね? 好きって言っても、傍にいてもいいよね?」
「そりゃもちろん、嬉しいし」
「ならこれからも宜しく! あたしも地道ハーレムに正式に加入するから!」
「地道ハーレムはやめてくれ……」
時雨や睦姫先輩、そして玲香。年下に同年に年上、どいつもこいつも美少女で美人、そんな三人が俺に好意を向ける学園生活だって?
あの学食でのやり取りを考えるに、学園では行動を自重してくれるとは思えない。
こうなったら致し方ない。クラスにしか施せていない洗脳を、全学年及び職員室にも施すしかない。
後ろ指を差される学園生活なんて嫌だ。地道なら仕方ねぇか~、なんて思われる存在になろう。
そのためにはどうするか。
「とりあえず俺、生徒会長に立候補するわ」
「……なんでそんな結論になったか分からないけど、応援するわ」
夏休み明けに行われる生徒会選挙。それに向けて準備を行おう。
現生徒会長、年下マスコット、オシャレ美人の力も存分に使ってくれる。
「ククク……俺が生徒会長になって学園を良くしてやるぜぇ」
「言ってる言葉と表情が真逆だけど、とりあえずカッコいい!」
「お前デレすぎだろ」
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