第11話 好きになるという事の意味を知る
「じゃあパパ、また来るから」
「うん。気を付けて帰るんだよ」
面会時間が終了し、俺達は病室を後にした。受付で処理を済ませ、俺達はバス停へと向かう。
バスを待っている人は誰もおらず、バスが来るまで時間も結構あった。
隣に座りバスを待つ玲香の目はまだ赤い。玲さんの話だと、面会終了が近づくと玲香は涙を流してしまうみたいだ。
「今日はありがと。パパに紹介できて良かった」
「それなら良かった。また行こうな」
「……うん。機会があったら、よろしくね」
笑顔だが、どこか悲愴感がある。外ではそんな影は全く出さないが、俺の前ではそんな顔をするようになった。
それは僅かでも俺に心を許してくれたという事なのだろうか。
心を許してもらった結果、俺は玲香の影を知る事が出来た訳だが。
でもどうせなら、全部吐き出してもらえる相手になりたい。
「なぁ玲香。俺の前では、繕わなくてもいいんだよ」
「……なに急に? どうしたの?」
「泣いていいんだよ、辛いって言っていいんだよ。俺は離れないから、受け止めるから」
「……もしかして、聞いたの?」
声は震え目には涙が滲み始めた。しかしグッと堪えたようで、涙が溢れ落ちる事はなかった。
相変わらず強いなと思うが、溜め込み過ぎると爆発してしまう子だからな、この子は。
「今日だけはいいだろ? 彼氏なんだから、全力でデレるって約束しただろ?」
「……どうして、なんでそんなこと言うのよ……無理じゃん……」
ついに決壊。父の前でも見せる事のなかった大粒の涙が、次から次へと溢れてきた。
「ごめん、今日だけ……いい?」
「あぁ」
拭っても拭っても止まらない。ついに玲香は俺の胸に顔を埋め、俺のシャツを握りながら叫び出した。
「――――ねぇなんでパパなの!? なんで病気になったの!? なんで治せないの!? なんで!? なんでなんでっ!?」
「…………」
「なにも悪い事なんてしてないのに! ついこの前まで元気だったのに! 家族みんなで笑ってたのに!」
「…………」
怒りも憎しみ悲しみも、どこに誰にぶつければいいのか分からない。
いつしか吐き出す事を止め、己の中に溜め込み始めた。
「ねぇなんで!? どうして……? どうすれば良かったの!? どうすればいいの……?」
「…………」
「分からない……嫌だよ……いなくならないでよぉ……」
母親は仕事で忙しく、兄弟などもいない。友達には話せない、みんな自分達の事で精一杯なのだから。
誰にも涙は見せなかった。父はもちろん、誰にも心配させたくなかった。
だけどまだまだ小さな女の子。想いある相手に受け止めてやると優しく言われれば、感情の箍など外れてしまう。
「ねぇお願い……誰か助けてよぉ……なんでもするからぁ……」
一度外れてしまえば、流れ出てくる感情は止まらなかった。
吐き出すものと涙が枯れるまで、俺は彼女の背中と頭を撫で続けた。
――――
――
―
乗る予定だったバスが行ってしまってから少し、玲香は顔を上げた。
涙のせいか僅かに化粧が崩れてしまっているが、スッキリとした表情をする玲香は変わらず美しかった。
「――――ありがと、スッキリした」
「そうか、それなら良かった」
「ごめん、服汚れちゃったわね」
「まぁこれも、男の勲章の一つなのかもな」
なによそれ、なんて言って笑う玲香はやっと明るい笑顔を見せてくれた。
当たり前だが、さっきまでも笑顔より今の笑顔の方がいい。
「ねぇ、あたし化粧ヤバい?」
「少し崩れちゃったかもな」
「でも可愛いでしょ?」
「まぁな」
「ほんとにそう思ってくれてる?」
「思ってるよ」
もうバスに乗るつもりがなくなっていた俺は、全く刺が無くなってしまった様子の玲香と会話を続けた。
話題は主に玲香の父の話だった。
「あたし、もっとパパに見て欲しいの」
「ああ、可愛い自分を見せたいって?」
「うん。入院してすぐにね、パパが言ったの。可愛いあたしを沢山見ておきたいって」
「……そっか」
化粧も服装も、髪の色やアクセサリーだって父のために行った事だったのか。
全ては自分をよく見せるため。自分のためではなく、父に可愛いと言ってもらいたい一心で。
「このピアス、褒めてくれたよね」
「あ~なるほど。それ、玲さんからか」
「うん、パパからのプレゼント。でも酷くない!? パパったらこれしかプレゼントしてくれた事ないのよ!?」
玲香は語尾を強めるが、その表情に怒りの色はない。
ピアスに触れながら、買ってもらった当時の思い出話を嬉しそうに語っていく。
「でも高校生になった時かな? パパに言われたの」
「なんて?」
「着飾るあたしも可愛いけど、恋をすればもっと綺麗になるって」
「恋ねぇ」
まぁ確かに、それはよく聞く話ではある。
恋する女性は美しい。外面ではなく、内面から出る何かが女性を美しくさせるのかもしれない。
逆に、恋する男性はカッコよくなるのだろうか?
「でもよく分からなくて。誰かを好きになる、恋をするって事が。今なら分かるけどね」
「へ~」
俺の目を見ながら、どこか恥ずかしそうに話す玲香。
その先を話すつもりはないようだが、言っている意味が分からないほど俺は鈍感ではない。
「正直、そんな事してる余裕もなかったし。でも綺麗になれるならと思って……」
「なれるならと思って?」
「高校一年の時に、隣に座っていた男の子を好きになろうと思ったの」
「えぇ……なにその独特な考え」
本当に独特な考えだ。たまたま玲香の隣に座っていた男はラッキーだろうが、事実を知ったらどう思うか。
まぁ入り方は独特だが、結果それでその人の事を好きになれたのならいいのか?
「好きになれなかったけど」
「可哀想過ぎるだろ、その男の子」
いや違うか? その男の子はチャンスを棒に振ったという事か。
好きになろうと寄ってきてくれた可愛い子。最も難しい最初のアクションを、その男だけはクリアしていたのだから。
「でも好きにならなくてよかった」
「もうやめてやれ、可哀想だ」
「だって……あなたに……」
「うん?」
「な、なんでもないっ! こっち見るなっ」
ここでツン1が顔を出した。そう思うと、そろそろデレデレも終わりの時間か。
辺りも徐々にだが薄暗くなってきた。そろそろ動いた方がいい時間だろう。
「玲香、明日は予定あった? バイトとか」
「え……? 明日はお休みだけど……」
「よし、じゃあ行こうか」
「行くって……どこに?」
俺はすぐさま紅月さんに電話を掛け、迎えに来てもらうようにお願いする。
次に母親に連絡し、簡単な事情を説明する。そして最後は碧陽さんに連絡をした。
全ての準備が整い、連絡の最中ずっと不思議そうな顔をしていた玲香に優しい笑顔を向ける。
「連れて行きたい所があるんだ」
「い、今から?」
「うん。明日は休みだし、予定もないなら遅くなっても大丈夫だろ?」
「だ、大丈夫だけど……でもそういうのは、ちゃんとそういう関係になってから……」
何を勘違いして赤くなっているのか、さっきまであんな状態だった女の子に手を出すはずないだろ。
というかいいのか? まだデレデレ継続中か?
なんて冗談は後にしよう。大事な話だ。
「玲さんの病気なんだけど」
「え……?」
「少し当てがあるんだ」
「ど、どういう事?」
父が亡くなって、父の意思を継ごうと研究棟に通だして少し経ってからだ。
玲さんの病気、不治の病の事を知った。その病気は、父が亡くなる前に研究していたと聞いた事がある。
あれからもう長い年月が流れている。父の後を継いだ優秀な研究者がウチには大勢いる。
なぜだろう。上手く行く、都合よく事が運ぶ、それしか頭に浮かばない。
「現在は無理でも、未来はそうとは限らない」
「…………」
「病気は治せるんだよ。いつか、必ず」
そう言ったタイミングで、俺達のすぐ近くに見覚えのある車が停められた。
運転席から出てこちらに向かってくるのは、頼りになる綺麗なお姉ちゃん。
俺達は紅月さんの運転する車で、アースロード製薬研究棟へと向かった。
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