第10話 可愛すぎるというのは罪である






「――――君かい? ウチの天使、玲香の事を誑かしてくれた男は」


 顔を合わせるなり早々、第一声がそれだった。


 お義父様の顔色はよく、何かの病気を患っているようには見えなかった。


 しかし、最初から敵対心MAXなのだが、この親父をデレさせる事が俺には出来るのだろうか?


 だが様々なタイプを経験済みだ。将来のため、色々な大人と会社内で接してきたのだから。



「初めまして。玲香さんとお付き合いをさせて頂いています、地道行人と申します」

「君かい? ウチの天使、玲香の事を誑かしてくれた男は」


 なるほど。まずはこちらの質問に答えろと。


 面倒臭いタイプかもしれない。こりゃ先が思いやられる。



「玲香さんが天使なのは同意しますが、誑かした……というのには異議を申し立てます」

「では誑かした訳ではないと?」


「もちろんです。僕達はお互いの事を認め合い、高め合い、愛し合ってこの関係になりました」

「そうなのかい? 玲香」


 ここで玲さんの目が玲香に移る。


 チラッと玲香の様子を見てみると、僅かに緊張しているようだが大丈夫だろうか?


 まぁどうしてもテンパってしまいダメな時の策は授けてあるのだ、大丈夫だとは思うが。



「あ、あぁあいしてりゅわっ!」


「ふふっ可愛い」

「あぁ、凄く可愛い。しかしどこか嘘っぽいのだが、本当なのかい?」


「本当ですよ。僕達の愛を疑うのですか?」

「そ、そうよっ! あたし達を疑うの!?」


 玲香の慌てるその様子は、疑って下さいと言っているようなものだった。


 こりゃいずれバレるな。いや、もしかしたらもうバレているのかもしれない。


 さっきから玲さん、ニヤニヤしっぱなしだし。



「では玲香。彼の何処が好きなんだい?」

「えっと……細かい所にも気づいて可愛いって言ってくれるし、ちゃんとあたしを見てくれてるし、優しいし、カッコいいし、大人っぽ――――」


「――――わ、分かった。もういい」


 ナイスデレ9。さて、どうやら次は俺の番のようだ。



「じ、じゃあ玲香の何処が好きなのか、言えるかい?」

「言えますが、日が暮れてしまいますよ? 面会時間内に終わらせられる自信がありません。逆に聞きますが、お義父様は時間内に終わらせられますか?」


「確かにその通りだ。すまない、無駄な質問をしてしまった」

「いえいえ。これも、娘さんが天使すぎるのが悪いんです」


「激しく同意しよう。ウチの娘が可愛すぎるからいけないんだ」

「ここまで可愛らしく育てて頂いて、感謝の極みにございます」


「その感謝、有り難く頂戴しよう。大変だったのだよ、昔はお転婆でね……」

「それは興味深いです。是非お聞かせ下さい」


「残念だが時間が足りないな」

「っく……そんな、そんなに沢山のエピソードが!?」


「あぁ、1日2日じゃ語り尽くせない……」

「なんてこった……それもこれも、玲香が可愛すぎるからからいけないんだっ!」


「本当に、罪な娘だよ……」

「可愛すぎるというのは、罪なのですね……」


「……うぅ、もうやめて……」


 その後も、玲香がいかに可愛いかという議論は続く。


 気が付けば玲香は、真っ赤な顔を見られたくないのか俺の背中に顔を埋めていた。


 ちなみにこれがテンパった時の策。何も言わなくていいから、俺の後ろに隠れていろと言ったのだ。



「――――すまない行人君。娘を取られたくない一心で、君を邪険に扱ってしまった」

「いいんです。その気持ち、分かる気がします」


「遅くなって申し訳ない。私は安曇玲、君の後ろに隠れている天使、安曇玲香の父親だ」


 やっと自然な笑みを見せてくれた玲さんは、未だ後ろに隠れて出てこない玲香に出てくるように諭した。


 しかし玲香は出てこない。頭を背中に押し付けたまま、イヤイヤと首を振り玲さんを困らせる。



「昔は私の背中に隠れてたんだけどな~……他の男の背中に隠れてんじゃねぇよ……」

「本音が聞こえましたよ。でも玲さん、玲香さんから聞いたのですが、玲さんが煽ったそうじゃないですか?」


「……煽った?」

「えぇ、そう聞きました。彼氏の一人も作れない残念娘って言ったそうじゃないですか」


「……あぁ、それか。ちょっと、私も思う所があってね」

「思うところ……ですか?」


「うん――――あーそうだ玲香。悪いんだけど、花瓶の水を変えてきてくれるかい?」

「……わ、分かった」


 この場から離れられるならいいと考えたのか、玲香は文句の一つも言わずに部屋を出ていった。


 玲香が出たのを確認した玲さんは、俺の目を見ながらゆっくりと語り出した。



「さて行人君。今日はありがとう、迷惑を掛けたね」

「いえ、迷惑だなんて。玲香さんの頼みですから」


「あはは。君達、本当は付き合ってないんだろ?」


 取り繕おうとも思ったが、玲さんの雰囲気的に何を言っても無駄な気がする。


 流石は父親か。やはり玲香の態度や仕草を見て気づいたようだ。



「……やっぱり、気づきました?」

「そりゃ気づくよ!? だって君、不自然過ぎるでしょ!?」


「……え? 俺のせい? 何かミスったか!?」

「いや完璧だったよ!? でも君は高校生でしょ!? 普通彼女の父親を前にあんな冷静でいられる!?」


 なんと、完全に演じきった事が逆に仇となったのか。もう少しキョドるべきだった。


 玲香に怒られてしまうな。完璧は時に疑惑を生む、勉強になった。



「そりゃ玲香にも驚いたけど、あの子が好きな人の前だとどうなるのかなんて、分からないからね」

「なるほど。あの玲香は、本当の玲香かもしれないと……」


「まぁでも、玲香が君に心を許しているのは伝わったよ。複雑な気分だけど……でも、ありがとう」


 その微笑みは、ここに来る前に玲香が見せた儚い笑顔にそっくりだった。


 親子揃ってなんなのだろう? まるで少し目を離せば、消えてしまいそうじゃないか。



「あの子に寄り掛かれる人がいて、支えてくれる人がいるようで良かった」

「…………」


「早く好い人を見つけろって、発破を掛けたつもりだったんだけど、もういたんだね」

「……あの、玲さんはいつから入院を?」


「二年ほど前からかな」


 二年というと、俺と玲香が中学三年の辺りからか。


 入院が二年というのは長すぎる。もしかして玲さんは……重病なのだろうか。



「……お義母様は?」

「健在だよ。彼女にも迷惑を掛けている、ずっと働きっぱなしなんだ」


 玲香からは元気だと聞いていて、かつ話した感じも普通だったので考えもしなかった事。


 次に玲さんから出た言葉で、俺は玲香の悲し気な笑顔の意味を知る。



「私はね、もう――――長くないかもしれないんだ」

「え……」


「ごめんね急にこんな重い話をして。でも君には、玲香の傍にいてくれる君には知っておいてほしかった」

「……あの、病名をお聞きしても?」


 ――――病。


 玲さんの口から出された病名、それは知らない病名ではなかった。


 それは俗にいう、不治の病。現在の医療科学では完治させる事が出来ていない病気の一つだ。


 この病気に余命宣告はない。明日死ぬかもしれないし、十年生きる可能性もある病だった。


 その恐怖は凄まじいだろう。明日、目を覚まさないかもしれないのだから。


 そんな恐怖と玲さんと玲香、家族は闘ってきたのか。



「そんな顔しないでよ? させた私が言うのもなんだけど、まだ死ぬつもりはないから」

「そう……ですね。まだまだ玲香の事で聞きたいことが沢山あるので、いなくなられるのは困りますよ」


「ははは……いつか君と、酒でも飲みながら語り合いたいな」

「いいですね。父と酒を飲む……それは俺にとっても憧れです」


 俺の父の話、そして玲香の話をしながら俺達は彼女が戻るのを待った。


 やっと戻って来た彼女の目は、赤く腫れ上がっているのだった。

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