第9話 仮面を被ればデレられます






 そして、玲香との約束の日。


 昼過ぎに待ち合わせ場所である駅で待っていると、随分と気合いの入った格好の玲香がやって来た。


 服装はもちろん、先日のような玲香に似合う化粧に、アクセサリーの類いもバッチリだ。


 流石に俺も、玲香の父親に会うのだから適当には出来ないと、それなりに身綺麗にはしてきたが。



「よっ! 時間通りだな」

「う、うん……」


「……どした?」

「その……なんか今日のあんた……」


「カッコいい?」

「うん……じゃなくてっ! その……清潔感! 清潔感があるわね!」


 素直に褒めてくれればいいのに、こういう所は相変わらずツンだな。


 まぁ以前と違ってデレがかなり出るようになったが、それを指摘すると怒るので勝手に楽しもう。


 今はツン7のデレ3くらいか? 丁度いいと言えば丁度いい気がする。



「玲香も綺麗だぞ?」

「ほんと? ありがとう……」


「しかしまた、随分と気合い入ってるな」

「パパの前で適当になんて出来ないわ」


 随分と真剣な目をするが、なんか本当に結婚の承諾でも貰いに行くかという雰囲気だな。


 スーツでも着てくるべきだったか? ちょっと不安になってきたな。



「……俺の格好、大丈夫か? スーツ買いに行く?」

「い、いいわよスーツなんて。大丈夫……充分にカッコいい」


「俺、耳いいからバッチリ聞こえたぞ? ありがとう」

「少しは難聴気味でいてほしいわね……」


 ともあれ玲香がいいと言うならいいだろう。


 俺達はその後、電車に乗り込みお義父様のいる所へと向かった。


 玲香と俺の家は同じ駅が最寄りなので、電車に乗る必要はないと思っていたのだが、どうやらお義父様は家にはいないらしい。


 電車内で、そう言えば聴いていなかったお義父様に呼ばれた理由を玲香に尋ねた。



「その……か、彼氏の振りをしてほしくて」

「彼氏の振り? つまり俺を彼氏としてお義父様に紹介するつもりなのか?」


「う、うん……だめ?」

「ダメというか……」


 そんな可愛らしく上目遣いなどされたら断れないが、バレると思うのだが。


 いや俺は完璧に演じる自信があるが、玲香が分かりやす過ぎると思う。


 条件反射で否定の言葉が出てしまうツンデレさんなんだから。



「ついこの間、彼氏がいるって言っちゃったのよ」

「へ~、そういう事を言うとは思えないけどな」


「えっと……だ、だってパパったら、彼氏の一人も作れない残念娘とか言うのよ!? だから言ったの、大好きな彼氏がいるって!」

「大好きなのか、俺の事」


「ち、違うっ! 架空の彼氏だから!」


 そんな精一杯に否定しなくてもいいのに。


 理由は分かったし、そういう事なら協力もしたいと思うが、その感じじゃすぐバレるぞ。


 だから俺は玲香に伝えた。とりあえず今日の1日だけは、俺に対して全力でデレろと。



「俺のどこが好き?」

「は、はぁ!? アンタなんか好きじゃっ……なくもない……全部大好きっ」


「惜しい! そこはすぐにデレないとバレちゃうよ!」

「む、難しいわよ……」


 そして、降りる駅に着くまで俺達は彼氏彼女としての仮面を被る練習を行った。


 終始玲香は顔を真っ赤にしていたが、こんな事では恥ずかしがっていてはお義父様にバレてしまうだろう。


 まぁ、電車内の人から視線を向けられている事に恥ずかしがっていたというのは、後から知った。



 ――――

 ――

 ―



 とある駅で電車を降り、バスに乗り揺られること少し。


 特に目的地を聞いていなかったので驚いたのだが、辿り着いた場所は――――病院だった。


 もしかしてお義父さんは医者や病院の関係者かとも思ったが、玲香の神妙な顔つきを見て察した。



 慣れた足取りで受付を済まし、迷う事なく一つの病室前までやって来た。


 A-33――――安曇玲あずみりょう


 事前に聞いていた玲香の父親の名が、そこに記されていた。



「ここよ」

「……お義父さん、病気なのか?」


「……うん」

「そうか。辛いな……」


 普段からは想像出来ない程に儚く、消えてしまいそうなほど弱々しい笑みを浮かべる玲香。


 それが精一杯の強がりなのだろう。その強さだけはいつもの玲香だ。



「でも全然元気だから大丈夫! そんなに気にしないで」

「そうか。辛い時は言えよ? 他の人よりは、玲香の気持ちが分かるから」


 俺の言葉に玲香は軽く首を傾げたが、特に追及してくる事はなかった。


 いよいよ室内に入ろうかという所で、俺達は設定の最終確認を行った。


 とりあえず、大きなボロが出ないように、俺達は最近付き合い始めたという事にする。



「ラブラブ設定でいいんだよな?」

「うん、ラ、ラブラブで……」


「いいか? ツン1のデレ9だ、ほぼデレだぞ?」

「が、がんばる……」


 それにしても、これから会うのが自分の親だという事を分かっているのだろうか?


 普通、どんなラブラブカップルでも親の前でデレデレなんてしないだろうに。


 この子、本当に父親の前でデレ9で行くつもりなのだろうか?


 まぁしかし、貴重な玲香のデレデレ姿だ。お義父様には悪いが、堪能させてもらおう。


 しかし最後に一つ、聞いておかなければな。



「玲香、俺でいいんだな?」

「うん。というか、行人にしか頼めないわよ」


 どこにも迷っている様子はなく、玲香は俺を選ぶとハッキリ言った。


 少し何かが違えば、この場には別の誰かがいたのだろうか? なんとなくそう思った。



「じゃ、行くか。玲香さんを下さいって言いに」

「うんっ! 早く行人のものになりたいっ」


「完璧だ。では、参りましょう」


 玲香のデレを再度確認した後、俺達は病室に足を踏み入れた。


 先に玲香が入り、すぐに俺に入るように声が掛かる。


 奥に行くとそこには、俺を鋭い眼で睨み付けるどことなく玲香に似た壮年の男性がいた。

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