第3章 ~ハッピーエンドルート消滅・失恋~
第8話 その噂、尾ひれが付いて学園中に
「――――もうっ! 行人のせいでいい迷惑よ!」
昼休み、俺と玲香は学食で昼食を一緒に取っていた。
向かい側に座る玲香は、不機嫌そうに昼食を口に運ぶ。
玲香はそう言って怒るが、自分の行動が火に油を注いだ事を忘れているのだろうか?
「なぁ玲香。あそこまでの騒ぎになったのは玲香のせいだぞ」
「あ、あれは……だって……」
「そんなに俺に会いたかったのか?」
「な、なっ!? なに言ってんのよ!?」
真っ赤になった玲香を見て、相変わらずからかいがいがあって面白いと思っていると、両脇腹に痛みが走った。
その痛みを無視して、俺は先程の事を思い出す。
それはここに来る前の、俺の教室でのひと騒動だった。
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昼休みになった瞬間、陸が怪訝な顔を浮かべながら俺の所にやってきた。
弁当でも忘れたのかと思ったのだが、陸の口から出た言葉は金を貸してくれ、ではなかった。
「――――なぁ行人。お前さ、天道から安曇さんを奪ったって本当か?」
「なんだそれ? 人聞きの悪い事を言うなよ」
「いや、なんかさ? 他のクラスの奴が噂してて」
恐らくそれは、朝の一悶着を目撃した生徒が発信したのだろう。
そこまで生徒の数は多くなかったためか、あまり噂にはなっていないようで安心していたのだが。
「噂は噂だろ? あんまり広めるなよ」
「まぁ俺も信じてる訳じゃないんだけど、あれを見るとな……」
陸の視線の先には、天道進の姿があった。
窓際最後尾に座るその天道進からは、これでもかというほどの不幸オーラが出ていた。
クラスメイトはおろか、晴山すら今の彼には近付こうとは思わないようで、遠巻きに眺めてはみんな不思議そうな顔をしていた。
「……ともかく、変な噂を広めないでくれ」
「分かったよ。じゃあこれだけ……奪ったの?」
「奪ってない、選んだんだろ」
「どゆこと?」
陸は素っ頓狂な顔をしながら聞いてきたが、適当に答えてはぐらかした。
ある程度の噂は仕方ないが、その噂に尾ひれを付けて盛大に脚色されるのは困る。
俺じゃなく、玲香が可哀想だ。大人しくしておけば、小さな噂なんてすぐ消えるさ。
そう玲香も考えているだろう、なんて俺は考えていたのだが、考えていなかった奴が現れた。
それは噂の当事者。寝取られたと噂の人物、安曇玲香の登場だった。
玲香がこのクラスにやって来るのは珍しい事ではない。いつも天道に会いに来ているのは、周知の事実だった。
ほとんどのクラスメイトは気にもしていないようだが、陸を始め数人が興味深そうに玲香を見ていた。
「ど、どっちに行くんだろ? こっちか!? あっちか!? それとも俺か!?」
「お前だけはない。晴山の所だろ」
陸の目は玲香に釘付けだ。さっきとは違い、面白そうに俺と玲香、そして天道を眺め始める。
こんな状況で俺の所に来る訳がない。小さな噂の火に油を注ぐなんてそんな事する訳がない。
「……おい、こっちの方に来るぞ」
「たまたまだろ」
「……なぁ、天道を素通りしたぞ」
「友達に会うんだろ」
「……ねぇ、お前の隣に来たけど」
「…………」
目を陸から横に少しずらすと、そこには可愛らしいリボンを付けたサイドテールの可愛い女の子が頬を朱に染めながら立っていた。
可愛いよ? 可愛いけど、違うのよ。
「ちょ、ちょっと来て」
「……これから昼飯なんだけど」
「な、なら……一緒に食べましょ?」
「いや、俺は陸達と――――」
「――――いやいやいや! 俺達はいいから! ごゆっくり~」
陸は無駄に大きな声でそういうと、数人の友人達と一緒に教室を出ていった。
俺はクラスの注目が集まるのを感じながら、鞄から財布を取り出して玲香と共に教室を出た。
その際、天道の近くを通るのだが玲香は特に反応せず。でも俺は天道君に睨まれた。
しかしやってしまったな。少なくともウチのクラスには知れ渡るだろうし、面倒な事になるかもしれない。
「流石は地道様だな」
「まぁ仕方ないか~、モテない訳ないし」
「そういえば、俺聞いたんだけど……」
「なになに?」
「地道様がさ、雪永会長と一年の可愛い子とデートしてたって」
「会長と!? マジで!? じゃあ三人目!?」
「いいな~。うち四人目でもいいよ」
「え!? それってゲームとかにあるハーレムじゃん!?」
「でも地道様なら四人でも五人でも行けそう……」
「まぁ、地道君だしね」
「まぁ、地道様だしな」
「まぁ、とりあえずは」
「「「「どんまい、天道」」」」
……面倒な事にはならないかもしれない。なんかみんな、都合よく納得してくれたようだ。
こういう場合、クラスメイトからは嫉妬の視線や怒号が飛んで来そうなものだが、なぜかみんな納得したように頷いていた。
まぁ嫉妬に狂った男子生徒の視線に晒されたり、ナンパ男と女子生徒に後ろ指を差されたりしないだけマシだが。
クラスの中心となった事がこんな形で生きるとは。仕方ないから、期末テストも頑張ってみるか。
そんなクラスメイトのガヤガヤを聞き流し、玲香と一緒に学食へと向かった。
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場面は戻り学食。
早々に食べ終えた俺は、ようやっと食べ終わった玲香に本題を切り出した。
「――――それで? 何か用があったんだろ?」
「ま、まぁ……ちょっと頼みがあって」
いつもの玲香らしくないな。こんは感じで言葉を濁す、言いづらそうなのは珍しい。
緊張を解してやろう。喉の調子を確認し、出来る限りのイケメンボイスで。
「なんでも言えよ。可愛い玲香のためなら何でもするぜぇ? ひひひ……」
「う、うん……」
おや、いつもみたいにツンが発動すると思ったのに、誤作動だろうか? デレが出たぞ。
俯き加減でモジモジし出した。これまた珍しいと思っていると、両脇腹に鋭い痛みが走った。
俺はそれを再び無視して、玲香の言葉を待つ。
「あ、あのね……? あたしの……パ、パパに会って欲しい」
「……は? なんで? 娘さんを下さいって?」
「ち、違くて! その……連れて来いって……」
「連れて来い……?」
なんだその不穏な響きは? お前に娘はやらん、消え去れとか言われるのか?
なんてこった。その時は我がアースロード製薬の総力を持って金を積むしかない。
しかし玲香はいくらの価値がある? とてもじゃないが値段なんて付けられねぇよ。
つまり、詰んだか……? そんな考えが、両脇腹に痛みを感じつつ頭を過った。
「くっ……なんて高い女だ! なんでそんなに良い女なんだ!」
「な、なによ急に!? それで、来てくれるの? 行人にしか頼めないのよ」
理由は分からないが、俺にしかと言われると何とかしてやりたくはなる。
しかしイキナリお義父様か。出来れば軽いジャブとしてお義母様からお願いしたい所だが。
まぁとりあえず、次の休日に玲香のパパに面会する事になるのだった。
「――――ところで、いつまで無視するつもり?」
「酷いですよ。ずっと玲香先輩ばかり……」
ここでついに、俺の両隣に座っていた睦姫先輩と時雨が声を出した。
実は学食に来る途中、この二人と会っていたのだ。
待ち構えるように二年のフロア端で待っていた二人、どうやら彼女達は俺と玲香の噂を聞いたらしい。
「お前ら、つねり過ぎだ。絶対に内出血してるぞ」
「行人君が無視するからでしょう?」
「そうですよ! 全然こっち見てくれないしっ」
噂ついての説明は既に済んでおり、彼女達二人は安堵の表情と共に一緒に昼食を取ると言い出した。
玲香は微妙に嫌がっていたが、ほぼ初対面の二人にハッキリと断る事が出来ず、結局一緒する事になった。
「というか会長、愛莉も……彼に近すぎでしょ」
「あら、そんな事ないわよ?」
「これが私達のデフォルトですので」
近すぎどころか腕を絡ませているのだが。それを見る玲香の目はいつも通り険しい。
そんな険しい表情をする玲香を何と思っていない様子の二人は、更に体を近づけてくる。
「あ、あんた達さすがに近すぎっ!」
「だってもう、隠す必要がないもの」
「そうですね。私も地道ハーレムの一員ですから」
どういう訳か睦姫先輩と時雨が噂を聞いた時は、俺と玲香の噂の他にハーレムという噂まであったらしい。
なんだ地道ハーレムって。流石にマズいだろうと思ったのだが、当の本人が何か言った所で噂を消せる訳もなし。
「勝手にあたしまで一員にしないでよっ」
「あらそう? なら玲香さんは黙って見ててくれる?」
「ライバルが減って何よりです!」
「な、なっ……ならないとは言ってないでしょ!?」
ハーレム仲間だからなのか、彼女達はすぐに打ち解けたようだ。
互いの呼び名に始まり番号の交換も行っていた。ほんと女子の行動力には驚かされる。
そりゃ仲が悪いハーレムより仲が良いハーレムの方がいいとは思うが……そもそも倫理的にどうなのだろう?
結局俺は、後ろ指を差される運命なのか。
クラスメイト以外に俺の洗脳は及んでいない。現に学食に来てからは、様々な視線に晒されたし。
でもなんで、彼女達は気にしている様子がないのだろう? 赤信号、皆で渡れば……的なものか?
「メッセージ部屋作りました! 招待しますねっ」
「地道ハーレム……もうちょっとマシな部屋名ないの?」
「まぁ誰に見せる訳じゃないし、いいんじゃないかしら」
まぁ、彼女達が楽しそうなら、俺はそれでいいけど。
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