バッド選択・失恋 ~ドンマイ~






「――――はぁ? なんで断んの?」

「いやだって、興味ねぇし」


 夕食を食べた後、海の家に行き二人でバカ騒ぎをしていた。


 本当はあと何人か来る予定だったのだが、なぜかみんな来れなくなったそうだ。


 今は海が、隣のクラスの子に告白を受けたという衝撃な事に対して声を荒げていた。



「だってその子、学年で一番可愛いとか言われてる子だろ?」

「ん~? あぁ……そうだったかもなぁ」


 適当に聞いてやがるなコイツ。ほんと海って昔から、興味のない事にはとことん興味を示さない。


 というか、あの子がダメならどの子ならいいんだよ?


 コイツはモテるため定期的に告白を受けているようだが、誰かと付き合ったとかは一切聞かない。



「それよりお前はどうなのよ?」

「どうって何が?」


「ちょっと前にも言っただろ~? 華絵ちゃんと玲香ちゃんだよ」


 海の目はゲーム画面に釘付けだ。しかし先程の告白話とは違い、興味を持っているのはすぐに分かった。


 他人の恋愛話が好きなのか? 女子みたいな奴だな。



「どうって別に、何もないけど……」

「……お前さ、あの二人のこと好きじゃねぇの? 恋愛感情はないのか?」


「それは……」

「なぁ、前にも言ったけどさ――――」


 ゲームを止めて、なぜか急に真剣な顔をし出した海を見て、適当な事が言えなくなった。


 正直、あまり意識した事はなかったが、あの二人に好意は抱いているし恋愛感情だってあるだろう。


 でも、どうすればいいのかなんて全然分からない。



「――――取られるぞ?」

「っ!」


 取られる、盗られる。


 そう聞いた時に浮かぶ一人の男の顔。その男と腕を絡める二人の女性の顔がフラッシュバックする。


 いやでも、あり得ない。華絵と玲香はずっと俺の傍にいたし、あの男と知り合いだという話も聞いた事がない。


 それに華絵達は、時雨達と違って俺に好意を抱いてくれているのは間違いないんだ。


 今度は勘違いなんてしない。あんな道化を演じるのはもうごめんだ。



「まぁ俺はそれでもいいんだけどな――――おい、それよりゲームしようぜ」


 最後に呟かれた海の言葉に首を傾げた後で、話題を恋愛話から友情話に切り替えた。


 そして夜通し遊び、いつの間にか寝てしまった。



 ――――

 ――

 ―



 ――――~~~~♪ ~~~~♪


 そして朝、 耳元で鳴り響く着信音に深い眠りから起こされた。


 夜まで遊んでいたせいか、かなり眠い。俺は覚醒しているとは言い難い頭のまま、電話に出た。



「……もしもひ」

『あ、進くん? おはよ』


「……あぁ」

『やっぱり寝てたね? 起きてよ』


「……起きたよ」

『偉い偉い。それでね? わたし今から出るんだけど、学園の最寄駅で合流しない?』


 ――――合流しない――――


「いま起きたばかりの相手に何いってんだ……」

『わたし、少し遠い所にいるから丁度いいかと思って……少しくらい待つし』


「いや、いいよ。待たせるのも悪いし、海と行くから」

『……そっか~、分かった。なら学園でね』


 眠いため深く考えずに答えてしまったが、わざわざ合流する必要もないだろう。


 しかし徐々に頭が覚醒してくるにつれて、己の選択を後悔し始める。


 昨日、華絵に謝ろうと思ったばかりなのに。それに遠い所ってどこだ? あのあと家に帰ったんじゃないのか?


 慌てて華絵に電話をするも繋がらず、こぼれ落ちたチャンスは二度と拾えなくなった。


 仕方なしに頭を切り替え、俺は隣で腹を出したまま寝ていた海を叩き起こし、学園へ向かう準備を急いだ。



 ――――

 ――

 ―



 学園の最寄駅に着き、いつもとは違った光景を眺めながら登校する。


 学園への道順も違うし、隣にいる人も違う。新鮮さを感じながら足早に学園へと向かっていた。



「なんでそんなに急いでんだよぉ~……」

「別に、普通だろ」


「普通じゃねぇよ。周りを見てみろっての……」


 海の言う通り、確かに時間的には早かった。


 まだ全然大丈夫だという海を引っ張り、強引に家を出た感じだった。


 周りとは、疎らな学生の事を言っているのだろう。時間的に早いせいか、いつもより数がかなり少ない。


 駅に華絵はいなかったので、もう学園に向かった可能性がある。そのため少し足が早くなってたのも事実だった。



「ったくもう…………おん?」

「なんだよ? 急に立ち止まんな、行くぞ?」


「いや、あれって……――――華絵ちゃんと玲香ちゃんじゃね?」

「は……?」


 華絵と玲香という言葉に反応した俺は、海が見ている方向に目を向けた。


 いや……分からねぇよ。確かに何人かの生徒が歩いているのは分かるが、誰かまではハッキリしない。



「お前、目よすぎ――――」

「――――お~? あれ……地道か? うわ~……」


 ……地道だって? 地道が、二人と一緒にいるだって?


 いやいや、見間違えだろう。俺は、ふざけた間違えをするなと文句を言ってやろうと思い海に顔を向けた。


 海の表情を見て、冷や汗が流れる。


 なんで俺を、そんな目で見るんだ。可哀想な者を見るような、同情するといった目で。



「あ、あ~……そうだ進! 腹減ったから、コンビニに行かね?」

「…………」


 ――――追いかける――――


 徐々に離れていく影を見て、俺は無意識に走り出していた。後ろで海が、俺を止めるかのように何かを叫んだが聞こえない。


 確かめなければ。でも確かめたくない。


 認めたくない、受け入れたくない、見たくない。



「――――ッ!?」


 誰かが確認出来るまで近づいた。その後ろ姿は、俺がよく知る後ろ姿だった。


 ガツンッと衝撃が走る。質量のない鈍器で頭を殴られた気分だ。


 否定したかった光景が現実として突き付けられた。


 近い。あまりにも近い。腕など組んではいないが、華絵も玲香もあまりにも男に近い。



「――――華絵! 玲香!」


 気がつけば叫んでいた。そこに乗る感情は怒りと嫉妬。


 だがそんな感情を彼女達にぶつける訳にはいかない。俺はその感情を、真ん中に立つ男にぶつける。



(地道ッ……!!)


 後ろ姿だけでは判断できなかったが、振り返った男は一番いてほしくない男だった。


 様々な感情が頭を駆け巡り混乱する。周りはもちろん、自分さえ見えていない、全てを見失ってしまいそうだ。


 考えが纏まらない。俺はどうして声を掛けた、どうしたい、なにがしたい、どうすればいいんだ。


 そんな時、地道と玲香が振り向いて立ち去ろうとする仕草が見えた。


 ――――こっちに来い――――


 そうだよ。そっちに行くな、こっちに来い。


 玲香、なんでそっちに行くんだ。華絵、なんでそんな顔をするんだ。


 お前達はこっちに居ただろう。こっちに居るべきだろう!



 しかし、玲香達は来なかった。


 あろう事か玲香は地道の腕を掴み、見せ付けるかのように下駄箱に向かおうとする。


 その瞬間、何かがキレそうだった。


 自分でもマズいと思うが制御出来そうにない。ただ悪戯に感情をぶつけてしまいそうになる。


 それを鎮めてくれたのは、こっちに来てくれた華絵の姿だった。



 華絵は来てくれたが、玲香は来てくれない。


 話しても分かってもらえない。どう伝えたらいいのか分からない。


 それもそうだろう。あるのはただ、俺の傍から離れてほしくない、盗られたくないという事だけだったのだから。


 だから過去の事実に縋る。


 積み重ねてきた物も、今の状態も目に入らない。この先の事だって頭に浮かばない。


 昔は、あの時は、いつも、今まで、ずっと。



 そんなんだから、地道に指摘された。


 その通りだった。俺は自分の事ばかりで、玲香の事なんて考えていなかったんだ。


 相手の事を考えず、確認せず、思いやる事もしなかった。


 でもそもそも、お前がいなければ……なんて思うのは、間違っているのだろうか?



 ――――あぁ、もう遅いのか? やってしまったのか?


 なんだよその嬉しそうな表情。そんな顔、俺には一度たりとも見せてくれた事はないじゃないか。


 何を言っても玲香は振り返らない。軽やかな足取りで、地道に追従していた。


 隣の華絵は、憂いを帯びた表情で二人を見た後で、俺に悲しそうな笑顔を向ける。



 周りがヒソヒソとしているのにようやく気づいた。


 男どもは下品に、玲香にフラれただの、寝取られただの勝手にのたまっている。


 遅れてやってきた海が、俺の肩に手や置きながらドンマイなどと言ってきた。


 こんな一瞬で失うのか。


 失う……失うか。


 なぁ地道、お前はなんなんだよ?


 俺は確かに間違ったよ、やらかしたよ。


 でも、なんでお前の所に行くんだよ? なんでそれが、俺と関わりのある女の子達ばかりなんだよ?


 もしかして楽しんでいるのか? 失った後の俺を見て悦にでも浸っているのか?


 だとしたら、お前にも味あわせてやりたい。



「……行こ?」

「あぁ……」


 若干放心状態の俺に声を掛けた華絵。その笑顔は、いつも通りの華絵のものだった。


 あぁそうか。お前だけは、俺の傍にいてくれるんだな。


 それなら、俺は――――

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る