バッド選択・失恋 ~晴天~
日曜日の朝。なんとか華絵に起こされる前に起きた俺は、身支度を整えた後リビングで時間を潰していた。
華絵に起こされる前とは言ったが、昨日の玲香の件が尾を引いているのかあまり眠れなかったのが原因だろうな。
今日は海の都合もあり、遊びに出掛けるのは昼食後を予定していため時間があった。
そのため、何をして時間を潰そうかと考えていた時だった。
朝食の片付けを終えた華絵が近づいてきたと思ったら、申し訳なさそうな表情で声を掛けてきた。
「ねぇ進くん。今って時間ある……?」
「……どした?」
「勉強、教えてくれないかな?」
「勉強?」
聞くと、どうやら追試に向けた勉強を教えて欲しいとの事。
そもそも追試の存在を初めて知った。中間テストの赤点者に対する救済処置らしい。
「わ、わたしが追試に失敗したら、進くんも困るでしょ?」
「どういう事だよ?」
「追試もダメだったら、夏休みに補習授業を受けなきゃなくなるの……」
それは知っているが、それがどうして俺が困るという事に繋がるのだろう?
本気で分からなかったが、次の華絵の言葉で合点がいった。
「朝起こしに来たり、ご飯の準備が出来なくなるかも……」
「あぁ、そういうこと……」
確かに今の生活は、華絵に依存していると言っても過言ではなかった。
当初は俺も色々と手伝ったりしていたが、手伝おうとする度に華絵に止められて来たため、今では完全に任せっぱなしになっていた。
だが俺だって、出来ない訳じゃない。
流石に華絵にも用事があったりで、来れない日だって普通にあるのだから。
まぁ、その来れない日の俺の状態は、中々に酷いものかもしれないが。
「だ、だからね? 教えてくれない……?」
――――面倒だ――――
ちょっと今は、勉強したい気分じゃない。
そもそも中間テストの追試勉強というのは、俺にはあまり旨味がない。
期末テストに向けた勉強ならいざ知らず、中間の範囲を復習してもあまり意味はない。
「悪い、出掛ける前に部屋の掃除しときたいんだ」
「あ……そっか、分かった」
そう言うと、少し残念そうにする華絵は鞄から教科書を取り出して机に置いた。
勉強の事を考えると他の事をしたくなる現象、それが起こってしまったようだ。
自分の部屋だけは華絵に任せず自分で掃除しているため、嘘は言っていない。
俺は華絵が難しい顔をしながら教科書を眺め始めたのを横目に、自分の部屋へと戻った。
――――
――
―
掃除を終わらせた後、ベッドに横になりながらスマホを眺めていると、昼食の準備が出来たと華絵から声が掛かった。
再び一階に行き、華絵と一緒に昼食を取った。
昼食後、のんびり華絵と話している時に俺は今日の予定を伝えた。
「今日、夕飯はいいや」
「そうなの? 外で食べてくる?」
「ああ、海と食べると思うから」
「……そっか、分かった」
このやり取りは何度も行われている事で、特別な事ではなかった。
俺が外食する時は事前に伝え、華絵が来れない時もちゃんと連絡が来るようになっている。
だからいつも通り、それで終ると思っていたのだが。
どこか華絵の様子がおかしかった。何かを言い掛けては言葉を引っ込め目を伏せる、それを何度か繰り返した。
「……どうした?」
「あの……ね? 今日……なんだけど」
言いにくそうに途切れ途切れで声を出す華絵の言葉を待っていると、予想だにしていなかった事を言い出した。
「――――今日、泊まっていっても……いい?」
「は……? 泊まる?」
長く時間を掛け出した言葉は、俺の家に泊まっていいかという事だった。
今までもそういう話は何度かあった。遅くなった時などに、泊まって行けと華絵に言った事が何度かあるのだ。
しかし華絵は一度たりとも泊まって行った事はない。どんなに遅くなっても必ず家に帰っていた。
もちろん、華絵から泊まって行くなんて言葉が出た事も一度もない。
それがどうして急に? それに、なんでそんな暗い顔で言うんだ?
「き、急にどうしたんだ?」
「えっと、その……べ、勉強! 勉強を教えてほしくて!」
なんだ、そういう事か。やはり追試に向けて切羽詰まっているようだ。
何かもっと深い理由があるのかと勘繰ってしまったが、そういう理由なら理解できる。
「そこまでしなきゃならないほど、マズいのか?」
「まずい……です」
「追試っていつあるんだ?」
「夏休みの、少し前くらい」
ならまだ時間はあるじゃないか。いくら幼馴染とはいえ、男の家に泊まってまでする事だろうか。
華絵が泊まっていくというのは、少し楽しそうではあるが……俺も約束があるんだよな。
――――約束を守る――――
悪いが約束を優先させてもらおう。ちょっといきなり過ぎだし、勉強会というのも気が乗らない。
追試までまだ時間はあるようだし、勉強は今度教えてやろう。
「悪いけど、今日は約束があるんだよ」
「あ、うん。だから、夕飯後にまた来るから……」
「いや、俺今日は海の家に泊まるから、帰って来ないんだよ」
「え……」
そう伝えると、華絵の表情が引き攣った。
そしてなぜかオロオロし出し、慌てた様子で声を上げるので驚いた。
「か、帰って来ないの!?」
「あ、あぁ。勉強なら、今度教えるからさ」
「今日は……だめなの?」
「いやだから、約束があるんだって」
その後も華絵は、どういう訳か必死に追い縋ってきた。
来週泊まっていいと言っても微妙な反応をする。どうしても今日かいいと聞かなかった。
「進くん……――――お願い」
仕舞いには泣きそうな表情で懇願してくるため罪悪感が刺激されたが、俺も聞き入れる事はしなかった。
勉強を理由に泊まらせろと言う華絵に、勉強なら今日じゃなくてもいいだろうと言い聞かせる。
「ずっと前から約束してたんだって。それにさ、お前の親は男の家に泊まる事を許してんのか?」
幼馴染とはいえ俺だって年頃の男だ。いつも近くにいた華絵だが、欲情した事がないと言えば嘘になる。
年頃の娘を男の家に泊まらせる、そんなの軽く許す親なんて早々いないだろう。
しかしそう言った後の華絵の表情は、今までに見た事がないほど沈んだものだった。
「うちの親なんて…………分かったよ。もう、いい……」
諦めた様子でそう言った華絵は、勉強道具などの私物を鞄に仕舞い始めた。
その間、腰を下ろす事は一度もなく、俺と目を合わせる事もしなかった。
準備が整った様子の華絵は、そのまま玄関に向かう。
「なんか、悪いな。今度はさ、もう少し早めに……」
「……うん。わたしこそごめん――――じゃあ、また明日ね」
反応はしてくれるが、俺の目は見ないで華絵は答えた。
あまり怒る事のない華絵だが、もしかしたら怒らせてしまったかもしれない。
華絵は俺を優先してくれる事が多いのだから、たまには俺も華絵を優先するべきだったか。
なんて、軽く後悔してももう遅いか。次に会った時、ちゃんと謝ろう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます