バッド選択・失恋 ~曇天~
次週の土曜日。
先週と同じく午後から部活があった俺は、海と昼食を一緒に取ってから部活に向かう事にしていた。
海の家に泊まるのは明日を予定しており、今日は部活が終わったら何もせず解散の予定だ。
「なに食う?」
「そうだな~……いつも通りか?」
「たまには他の所に行かね?」
「他の所って言ってもな……」
いつもは専らファーストフードやリーズナブルなファミレスだ。
確かに他の所というのも惹かれるが、失敗する恐れもあるしな。
そんな事を考えていた時、周りを見渡していた海が一つの店を指差した。
「あそこの店とか洒落てね? オーガニック……てなんだ?」
「確か有機栽培……とかって事じゃなかったか?」
「よく分からねぇけど、行ってみる?」
――――牛丼つゆだくで――――
「……やめとこうぜ。高そうだし」
「そだな~」
オーガニックとはよく覚えていないが、野菜の事しか頭に浮かばない。
これから部活だし、野菜というのはちょっとな。そもそも名前からして高そうだ。
俺達はいつも通り、近くにあったチェーン店に入りチーズ牛丼を食した。
――――
――
―
「――――じゃあ進、明日な~」
「おう、また明日」
部活が終わり、明日の予定を確認して海と別れた。
三年が引退したことで俺達が一番上となり、いつもとは違った感じで練習を行えた。
程よい疲労感を感じながら、俺も家路に着いた。
その帰り道の事だった。
ものすごい美人が花屋から出てきたと思ったら、よく見るとそれは俺の知り合いだった。
「れ、玲香……だよな?」
「えっ? あ、なんだ進か。驚かさないでよ」
やはり玲香だった。
手に持っている花束のせいなのか、いつもと雰囲気が違う玲香。
整っているとは思っていたが、こんなに美人だったのか。
「……なによ?」
「い、いやその……なんか、いつもと違うな?」
そう言うと玲香は珍しく目を見開き、驚いたような表情をした。
それも一瞬の事、次の表情はあまり見ないものだった。
あの玲香が、悪戯っ子のような笑みを浮かべて俺の目を覗き込んできた。
「へ~、流石のアンタにも分かるのね? それで、どこが違うって?」
「そ、そうだな……」
単純にいつもより可愛く見えるだけなのだが、やはり何か特別な事があるのか。
これは間違えられないと玲香をジロジロと眺めて見るが、ハッキリとは分からなかった。
俺って実は、あまり玲香の事を見ていないのだろうか?
「……なに、まさか分からないの?」
間違いなく、間違ったら不機嫌になるな。
――――小物――――
「リ、リボン……?」
「は?」
「いや、だからリボン……似合ってるじゃん」
髪を結っている可愛らしいリボンは、そういえば見た記憶がない。
他の小物はどれも見た記憶が……とりあえず自信を持って言えるのは、リボンだけだ。
「まぁ、リボンは初めて使ったけど……」
「だ、だろ? すごく似合ってる!」
「そこを褒めるのね? 嬉しいけど、なんて言えばいいのかなぁ」
なんだろう? 玲香の様子を見るに、間違いではないけど、俺の答えに対する笑顔じゃない気がする。
ここにはいない誰かに向けた笑顔のような、照れ笑いのような……なぜがそんな印象を受けた。
「他には? もっとあるでしょ?」
どこか期待しているような、そんな表情をする玲香を見て思った。
小物は間違いではないが正解でもなかったようだ。
女性の変化を当てるというのは中々に難しい。正解はただ一つ、女性が気づいて欲しい所だけなのだから。
明らかに変わった所でも、女性が気づいて欲しいところ以外は全て外れなのだ。
――――髪型――――
リボン繋がりで思い出した事がある。
リボンを結んでいるその髪は、いつもと違った形をしていた。
初めて見るサイドテール。髪型の変化というのは大きな変化だろう、間違いない。
「髪型だろ? 初めて見たけど、似合ってるじゃん」
「髪型……まぁ、進の前じゃ初めてね」
俺の前じゃ初めて……? という事は、俺の前以外ではこの髪型をしていると?
そんなの分かる訳ないじゃないか。
とりあえず、間違いではないのだからそこを褒めちぎるしかない。
「その髪型も似合ってるじゃん」
「でも、あなたはストレートが好きなんだもんね」
「ストレートが好き……? そんなこと言ったっけ?」
「はぁ!? なによそれ、適当に言ってたの!?」
地雷を踏んでしまった! まさに爆発、一瞬にして表情が不機嫌MAXに。
そういえば去年、玲香と知り合って間もない頃にそう言った事があったかもしれない。
そういえば、昔の玲香って……髪はストレートじゃなかった気がする。
それって……俺がストレートが好きだと言ったから変えてくれていたのか!?
「アンタのために……バカみたいじゃない、あたし」
「あ、いや! ストレートも好きなんだけど! そのっ……」
「……いいのよ、あたしが勝手にやった事だから」
「れ、玲香! ちょっと待って!」
落胆した様子のまま去ろうとする玲香を見て、慌てて行動を止めに入った。
流石にマズかった。いつもとは違う雰囲気を醸し出した玲香を、そのままにはしておけない。
すると玲香は足を止めてくれて、振り返ってくれた。
その時、太陽の光を反射させた小物が目についた。
「……なによ? あたしこれから行く所があるんだけど」
「忘れてたのは悪かった! その……玲香があまりにも綺麗だったからテンパって……」
「……いいわよもう」
「でも……そ、そうだ! お詫びという訳じゃないけど、今度玲香にプレゼントしたいものがある!」
先ほど目についた小物が頭を過り、特に深く考えずに声を上げた。
俺だってちゃんと見ている所は見ていると、そう伝えるつもりだったのだが。
「い、いらないわよ。なによお詫びって……」
「そのピアスさ、ずっと付けてるよな? 他の見た記憶がないし」
「…………」
「だからさ、もっと良い物というか……もっと玲香に似合うのをプレゼントしたい」
そう言うと玲香は、僅かに口元を緩めて笑ってくれた。
その笑みを見てホッとしたのは一瞬。次の瞬間には、そんな感情は地に叩きつけられた。
なんでそんな、悲しそうに笑うんだ。
「あはは……ほんとアンタって……――――全然違うわね」
「れ、玲香……?」
「いいの、いま分かった。きっとあいつが、特別なんだって」
「あ、あいつって……?」
「じゃあ、また学園でね――――さようなら」
その時の玲香の表情、それは凄く印象に残った。
目から光を消し、興味を失ったような目で、どうでもいい物を適当に眺めている。
どうでもいい物からは、すぐに視線なんて外される。
俺から視線を外した玲香は振り返り歩きだした。今度は声を掛けても、立ち止まる事も振り返る事もなかった。
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