第3章 ~天道side・前編~

バッド選択・失恋 ~晴曇~






「――――進くん、そろそろ起きて」


 聞き慣れた声が今日も聞こえてきた。


 この声で俺の1日が始まる、そう言っていいほど長く続けられている事だ。


 特に連絡をしなくてもやって来るようになって、何年経っただろうか?


 煩わしく思う事もあるが、この声には何度も助けられてきた。



「……まだねむい」

「でも今日、部活あるんでしょ?」


 声の主は幼馴染の晴山華絵。


 幼馴染とは言っても親同士の仲が良かっただけで、家が隣通しという訳ではない。



「朝ごはんの準備できてるから、顔を洗ってきなよ」

「ああ……」


 もちろん俺達の仲だって悪い訳ではない。だが、昔から朝ごはんを準備してくれるほどの仲だったかというと、そうでもなかった。


 俺の両親は仕事でほとんど家にいない。お金に困る事はなかったが、生活自体は酷いものだった。


 遅刻はするし、家はすぐ汚くなるし、ご飯はいつもお店の弁当。



 それを見かねたのか、華絵はある時から俺の世話を焼いてくれるようになった。


 確か中学に上がってすぐだったと思う。


 急にやって来た華絵は、俺の両親に頼まれたとかで俺の世話を焼くようになった。


 当たり前だが、その頃から華絵と一緒にいる事が増えたんだ。



「頂きます」

「どうぞ~」


 華絵が作ってくれた料理を頂く。それは相変わらず普通に旨かった。


 しかし最初は酷いものだった。


 料理をすれば不味い物が出来上がり、掃除をさせれば逆に汚れてしまう。


 洗濯をすれば色落ちや色移りは当たり前、遅刻ギリギリで起こされた事だって昔はあった。



「美味しい?」

「あぁ、いつも通りだ」


「……そっか、良かった」


 それが今では、ほぼ完璧にこなすのだから凄いものだ。


 いま華絵にいなくなられたら、俺は本当に困ってしまうな。


 だけど、ちょっと思うところがない訳ではなかった。



「なぁ、無理して毎朝来なくてもいいぞ?」

「……別に、無理してないよ?」


 向かい側に座り朝食を取っていた華絵は、いつも通りの柔らかい笑顔でそう言った。


 何度か華絵に言った事のある言葉だが、華絵は毎回そう言って否定する。



 だけど、たまに見る事があるんだよな。


 料理中や掃除中、ふとした時。華絵の表情を盗み見した時の事だ。


 ――――楽しそうではないんだよ。



「ご馳走さま」

「うん」


 俺といる時はそんな表情はまず見せない。今だって、いつも通りの華絵だ。


 そりゃ家事なんて楽しんでやれる物ではないのかもしれないが、他人のための家事なんて無理してまでやる必要なんてないだろう。


 辛そう……とまでは言わないが、気になる表情ではあった。


 だけど俺はその事を華絵に聞く事は出来なかった。


 聞いてしまったら、今のこの状況が終わってしまうような気がして。


 だから俺は、いつも通りに頭からその事を消す。



「――――じゃあ、またな華絵」

「うん。また夕方に来るね」


「ああ、よろしく」


 休日だというのに朝から来てくれた華絵を見送り、部活に行く準備を始めた。


 華絵は俺が家にいない時は、基本的に俺の家から出る。


 合鍵を渡してはいない。何度か渡そうとした事はあるのだが、受け取ってはもらえなかった。


 朝起こしてほしい時の前日に鍵を渡しているだけ。ほぼ毎日なので、大変だと思うのだが。



 ――――

 ――

 ―



 部活が終了して、海と帰り道を歩いていた。


 ちなみにインターハイは一回戦敗けで終了している。三年のほとんどは引退していた。


 マネージャーの募集はしているが、まだ決まってはいない。



「なぁ、明日遊びに行かね?」

「いいな、行くか」


 今日と同じように、昼前に集まり遊ぶ事を約束した。


 歩きながら何をして遊ぶかを話し合い、色々と内容を膨らませていく。



「あとさ、来週の日曜、俺の親いないんだよ」

「へ~、そうなのか?」


「法事があるとかでさ。だからお前さ、俺ん家に泊まらね?」

「いいな、遊び通すか」


 俺の家に海や友達が泊まる事は何度もあったが、海の家に泊まるのは始めてだ。


 来週を楽しみにしながら、学園の最寄り駅で海と別れた。




 海と駅で別れた後、駅前で小休止をしていた時だった。


「――――進?」

「ん……?」


 手頃な場所に座りスマホを眺めていると、俺の名前を呼ぶ声が聞こえてきた。


 スマホから目を上げて声の主を見ると、そこにいたのは安曇玲香だった。



「玲香じゃん」

「なにしてるのよ、こんな所で」


 飲み物片手にお洒落な装いをした玲香は、周りの目が集まるのを気にもせず俺の隣に腰を下ろした。


 今時の女子高生といった感じの玲香は、存在感が凄まじい。


 随分と気合いが入った格好に見えるが、まさかデートだろうか?



「部活の帰り道だよ。そっちは……デートか?」

「違うわよ、あたしはこれからバイト」


 その事実にホッとした自分がいた。


 玲香は俺の近くにいる事が多いから忘れがちになるが、凄く人気がありモテる女子なのだ。


 思えばなんで俺と一緒にいる事が増えたのだったか?


 去年は同じクラスだったし、席が隣になる事もあったので、その辺りに何かあったのだったか?



「なによ、ジロジロ見て。あたし、どこか変?」

「いや、別に何でも……」


「はぁ……あっそ」


 つまらなそうに表情を変えた玲香も見慣れたものだ。


 玲香はすぐ機嫌を悪くするから、いちいち気にしていたらキリがない。


 当初は色々と考えたりもしたものだが、最近は当たり障りのない事を言う事が増えてたいた。



「ほんとあいつと違うわよね」

「……あいつって?」


「あっ……なんでもないの、ごめんなさい」


 慌てて言葉を引っ込めた玲香のその様子は、あまり見慣れないものだった。


 顔を赤くして怒る姿はよく見るが、何かを思い出したのか嬉しそうに微笑む今の姿は新鮮だった。


 ――――俺には、そんな笑顔を見せたくれた事がない。



「何かいい事でもあったのか?」

「は? なんで?」


「そんな顔してるけどな」

「そんな事ないわよ」


 無意識だったとでも言うのか? 玲香にあんな顔をさせた理由に軽く嫉妬してしまう。


 玲香はツンツン女子だからな。せめてツンデレでいてほしかったのだが、彼女にデレはない。



「ねぇ進。明日なんだけど、バイトが終わったら遊びに行かない?」

「あぁ……いや明日は……」


「何か用事でもあった?」

「いや、う~ん……」


 海と遊ぶ約束をついさっきしたばかりだ。


 だけど普通に考えたら可愛い女の子と遊ぶべきだろう! 海とは頻繁に遊んでるし。


 いやでも、玲香とも頻繁に遊んでいるか。結構誘ってくるんだよな、玲香の奴。



「まぁ考えといてよ――――じゃあたし、バイト行くから」

「分かった」


 玲香はそう言うとバイトに向かって行った。


 そういえば、玲香のバイト先ってこの近くなのだろうか? 思えばバイトの話も初めて聞いたな。


 玲香に遅れること少し、俺も家路に着いた。



 ――――

 ――

 ―



 家に戻り、華絵が作ってくれた夕食を食べ終え風呂に入り、寝る支度を整えてベッドに横になった。


 横になると頭に浮かんでくる、最近の出来事。


 頭に浮かぶのは四人の可愛らしい女性と、地道行人という憎たらしい男の顔。


 地道と関わるようになってから、何もかもが上手く行かなくなった。


 なにより、二人の女性からの好意を勘違いするという道化を演じてしまった。


 ――――いや、演じさせられたのだ。


 時雨愛莉も、雪永睦姫も、あいつと関わったせいで、あいつがいたせいで……あいつが、あいつがッ!!


(失ったって? ふざけんなよッ!)


 だが事実、癪な事ではあるがあの二人が俺より地道に近いのは間違いない。


 どうせ、地道が二人に何か変な事をしたにきまっているが。


 失ってなんかいない。あいつらも彼氏彼女だという関係じゃなさそうだったし。


 だったらまだ、俺にだって挽回できる、チャンスはあるはずだ。



(でも……)


 ここで少し冷静になる。


 このまま二人に追い縋っても滑稽なだけ、俺の傍から離れた女性達に未練がましくするのも情けない。


(俺の傍……そうだよ、俺にはまだ傍にいてくれる子が……)


 頭に浮かんだ残りの二人。晴山華絵と安曇玲香。


 時雨や雪永先輩とは比べ物にならないほど長く近くにいてくれている女の子達だ。


 そんなの、ある程度は俺に好意を持ってくれているから近くにいてくれている、それ以外にない。


 俺は黙って、時雨と雪永先輩の事は諦めて、二人の事を大切にしていくべきではないだろうか?


 ――――諦めない――――


 いや、別に二人を諦める必要はないだろう。


 積極的に動かないとしても、チャンスがあれば再び地道から奪ってやる。


 最初に奪ったのは地道なんだ、遠慮する事はない。


 俺はスッキリとした気分で、眠りについた。


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