第2話
** ***
「……ん?」
ふと、視界の端にこちらに向かってくる人影を見つけた。
誰だろう? と思っていると、向こうもこちらの存在に気づいたようで足を止める。
「やぁ、こんにちは。ここで会うなんて奇遇だね」
「こんにちは」
声をかけてきたのは、ユリウス殿下だった。
彼は爽やかな笑顔で手を挙げ、そのまま近づいてきた。
「隣いいかな?」
「どうぞ」
「ありがとう」そう言って、彼が腰を下ろす。
すると、それを待っていましたと言わんばかりのタイミングで、リーゼロッテさんが口を開いた。
「あら、殿下。ごきげんよう」
「うむ。君たちも昼食かね?」
「はい。……殿下も同じものを召し上がっているのですね」
リーゼロッテさんの視線の先にあるもの――それは、俺が今食べているものとまったく同じものだった。
「あぁ、そうだね。学院では身分に関係なく接するべしという校則があるからね。僕もそれに従っているのさ」
「そうなんですね」
「うん。それにしても……まさかこんな場所で君たちに出会うとは思わなかったよ。二人とも、これから授業なのかな?」
「いえ、私たちは午後からの授業です」
「へぇ、そうかそうか。それなら、またすぐに会えるかもしれないな」
「そうかもしれませんね」
二人の会話を聞きながら、俺は黙々と食事を進める。……正直、この場にいること自体が気まずかった。
というのも、俺の隣にはリーゼロッテさんがいるのだ。
先ほど初めて言葉を交わした相手だということもあって、なんとなく話しづらいんだよなぁ……。
(早く行ってくれないか……)
内心ため息を吐きつつ、俺はそう願っていたのだが――残念なことに、俺の願いが届くことはなかった。
「ところで、リーゼロッテ嬢。先ほどの話なのだが……」
「え? 何のことでしょう?」
「ほら、僕のことを呼び捨てで呼んでくれるという話だよ」
「あぁ、そういえばそうでした。すっかり忘れていました」
「ひどいな。僕はずっと楽しみにしていたんだが……」
「それは申し訳ありません。ですが、呼び方を変えるとなると、少し恥ずかしくて……」
「そうかい。まぁ、いきなりは難しいかもしれないな」
「はい」
「しかし、いずれは呼び捨てで呼ばせてもらうよ。約束だからね」
「えぇ、そうですね。……って、え? 私、いつの間にそんな約束をしていたんですか!?」
「おや? 覚えていないのかい?それならもう一度言おうか」
「結構です!……もう、からかわないでください!」
顔を赤くしながら怒るリーゼロッテさんに、ユリウス殿下は楽しそうに笑いかけた。
そして、そんな二人の様子を俺はただ眺めることしかできなかった。……くそぉ、なんか腹立ってきた。
(ってか、結局こうなるのかよ……)
「はぁ……」
思わず溜息が漏れてしまう。……本当に、どうしていつもこうなってしまうのだろうか?
「ねぇ、レオくん。大丈夫?」
「えっ?」
突然横合いから聞こえてきた声に、思わず驚いてしまう。……えっと、確か名前は……
「あ、すみません。自己紹介がまだでしたね。私はリーゼロッテ・フォン・ヘルシングといいます。よろしくお願いします」
「あっ、こちらこそ。俺はレオナールと言います。よろしくお願いします」
互いに軽く頭を下げて挨拶を交わす。……にしても、さっきまで殿下と話していたはずなのに、いつのまにこっちに来たのだろう? そんな疑問を抱いていると、リーゼロッテさんが口を開く。
「それで、どうしたんですか? なんだか疲れているみたいですけど……?」
「実は……さっきから殿下に絡まれていて……」
「あぁ、やっぱりそういうことだったんですね。大変ですね……というか、よく我慢できましたね」
「ははは、正直言うと、かなりイラついていますよ」
「ですよね……。でも、殿下相手に文句を言うわけにもいかないですもんね」
苦笑交じりに告げられた彼女の言葉は、まさにその通りだった。
確かにあの人は王族だけれど、別に悪い人ではないのだ。むしろ好感を持てるほどの人物だと思う。……とはいえ、流石に何度も同じようなことをされると辟易してしまうが。
「うんうん、わかりますよ。なんとなく気持ちは察せられます」
「そうなんですよね……困ったものです」
「ほんとそう思います。あ、もし何かあったら相談に乗りますから、遠慮せずに言ってくださいね」
「ありがとうございます」
リーゼロッテさんの言葉が嬉しくて、自然とお礼の言葉が出てしまった。
「ふふ、どういたしまして」
すると、彼女は小さく微笑みながらそう返してくれた。
……あぁ、いい子だな。すごく癒される。
「……君たち、僕の前で堂々とイチャつくなんてやるじゃないか」
……おっと、いけないいけない。目の前にいる人物のことを忘れるところだったよ……。
「あら、殿下ったらヤキモチですか? 可愛いところもあるじゃないですか」
「うむ、そうだぞ。もっと素直になってもいいんだぞ?」
……なんか、二人ともめっちゃノリノリなんだけど。特にリーゼロッテさん。
「……君たちの仲が良いことはわかったよ。とりあえず、今は食事に集中してくれないか?」
「おや、これは失敬。では、いただきましょうか」
「そうですね。レオくんも食べ終わったことですし、私たちはこれで……」
「え? ちょっと待ってください。まだ全部は食べ終わっていませんよ?」
……というか、全然減っていないんですが。これ、残さず食べるの無理じゃね?
「え、でももう終わりそうですよ?」
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