第3話 チャーム(魅了)

「チャーーーム!!!」


俺は力いっぱい叫んだ。きっとこれで、さっき俺を見て笑った女を虜に!


・・・虜に


「おい、お前。いい顔してるじゃねえか。ちょっとこっちこいよ」


「えっ!?」


女を虜にする筈が、突然近くにいた男に腕を引っ張られた。


いや、それだけじゃ無い。


「まて!そいつは儂のじゃ!」


老人が叫び


「こらっ!私のダーリンを勝手に連れてくんじゃないよ!」


店番をしていたおばさんも叫ぶ。


「ぼ、僕と遊びましょう!」


挙げ句に地面に座り込んで絵を描いていた子供まで顔を真っ赤にして俺に近づいてくる。


「は?えぇっ?!」


一体何がどうなってるんだ?


「いいから来いって!」


「こら!ダーリンを連れていくな!」


「こいつは儂のもんじゃ!」


「邪魔だ!どけよっ!」


「お前が邪魔だ!」


いつの間にか俺の体には、5本も6本も腕が絡みついていた。


「は、はなせ!」


俺は叫びながら必死に腕を振りほどく。


「こらっ!暴れるな!」


「そうよ、大人しくしなさい!」


「ふ、ふざけ・・ぐえっ」


しかし俺の体にまとわりつく奴らは、どんどん増えていく。


「うへへ、にいちゃん良いことしようぜ」


「ばか!この子は私が連れて帰るの!」


「だめだ!俺が結婚する!」


気づけば俺に絡んでくる人数はいつの間に10人を超え、先程俺がチャームと叫んだ声が聞こえた人間全員が寄ってきているかのようだった。


「おい神様!なんで男も寄ってきてんだよ!」


俺は揉みくちゃになりながら空に向かって叫んだ。


(LGBTじゃぞ)


「は?!」


いきなり何言ってんだ!?


(性別など細かい事を気にするな。全てを愛せばよいのじゃよ)


「いや!LGBTってそう言うんじゃないだろ!」


多分違ったはずだ!


(そうなのか・・?まあしかし、そうなった原因は儂では無い。お前の魔法の使い方がまずかったせいじゃ)


「なにっ!?」


(あんなに強く願うからじゃ。この欲求不満め)


「お前が思い切りやれって言ったんだろ!それより早く何とかしてくれ!じゃないと体がちぎれる!」


思わず神様をお前呼ばわりしてしまう程、俺は切羽詰まっていた。


なぜなら俺の回りには更に人が集まり、20人程が俺の体のあちこちを引っ張っていたからだ。同じ方向に引っ張るならまだしも、全員が思い思いの方に引っ張るから、俺の体は既に宙に浮いていた。


「痛たたたっ!神様!早くっ!!」


(困ったからと言って儂を頼るんじゃない。そのくらい自分で何とかせい)


「なっ!?」


(心配せずともチャームの魔法で命の危険など訪れまい。むしろ本当の男になれるチャンスじゃぞ?)


「オネェになったらどうすんだよ!くそっ、お前ら離せよ!」


俺は力の限り腕を振り回して叫んだ。しかし腕を掴んだおっさんも必死にしがみついて叫び返す。


「離すか!お前で童貞捨ててやるんだっ!」


「ギャーーー!!!」


なんて事だ。どこかにリセットボタンはないのか?このままだと俺は最初の街で勇者になってしまう!!


しかし俺が絶叫した直後だった。俺の背後で腰を掴んでいた女が同じような叫び声を上げたのだ。


「ぎゃーーー!」


そして更に悲鳴が続く。


「うわっ!なんだこいつ?!」


「痛いっ!離せ!」


「やめてっ!噛まないで!」


悲鳴の連鎖に振り向くと、そこには大きな白い犬が吠えながら暴れ回っていた。


「ワヴーー!」


「殺されるうーーー!」


「にっ、逃げろ!」


集まっていた人達が口々に叫ぶ。そして俺の体から何本もの手が離れた。


俺はその瞬間を見逃さずに走り出した!


「あぁっ!ダーリンが!」


「どこ行く!?待ってくれよ!」


「儂も連れて行ってくれぇー」


俺を掴んでいた奴らは叫びながら俺を追いかけようとする。


しかし走りながら振り返ると、いち早くジャンプをして一番前に出た白犬が、道の真ん中に立ってそいつ等を睨み付けていた!


「ワウウウーーー!!」


白犬の咆哮が響く。


その迫力に、俺を追いかけようとしていた奴らが足を止めたのが見えた。


俺はその隙に街を脱出して森に逃げ込んだ。




「はぁっ はぁっ はぁっ はぁっ」


森に逃げ込んだ俺は必死に走った挙げ句、いつの間にか横倒しになっている大木に寄りかかっていた。来た道を振り返っても、どうやってここまで辿り着いたのかわからない。


しかし心臓はもう限界を告げていて、そのまま俺は大木の太い根の間に挟まるように座り込んだ。


胸が激しく上下して痛い。服を見ればあちこちが破けている。全く、なんで来てそうそうこんな目に合わなきゃいけないんだ。


もし逃げ出す事が出来無かったら一体どうなっていたんだろう。想像してみてゾッとする。犬が運良く絡んできてくれたから良かったものの・・


しかしあの犬は一体なんだったんだろうか。思い出せば犬にしては大きいし、牙もあったような気がする。


しかし恩人ならぬ恩犬だ。もしまた会う事があれば餌か何かあげれたらいいけど・・


「ワウッ」


「うおっ?!」


先程の事を思い出していた俺は、突然背後から吠えられて全身が飛び跳ねる。


振り向くと、先程の白犬が俺を見下ろしていた。


「ワゥーーン」


「おわっ?!」


犬はひらりと大木の上から飛ぶと、そのまま俺に飛びついた。


「ワウー」


なんだこいつ?なんでこんなに懐いてんだ!?


犬は甘えた声を出しながら俺の腹にグリグリと鼻をこすりつける。


俺がその様子に戸惑っていると、再び神様からの声が聞こえてきた。


(どうにか助かったようじゃのう)


ん?!神様か!?


(全く、一時はどうなることかと思ったが運の良い奴じゃ)


自分で送り出しといて他人事か!もし逃げ出せなかったら俺がどうなってたと思ってるんだ?


(しかしまさか狼にまでチャームを掛けるとはな)


狼?・・・狼?


「こいつ・・狼?」


俺は白犬を指さして問い返す。


(見たらわかるじゃろ)


わかんねーから聞いてんだよ。


(こんなに牙の鋭い犬などおらぬ。見たところまだ子供のようじゃが)


これで子供?ならホントに狼なのか・・?


いや、その前に何て言った?チャーム?俺がこいつに?


(チャームは人間だけにしか効かないはずなんじゃがな。まったく、お前の恋愛対象の広さには驚かされる)


「い、いやいや!意図して掛けたわけじゃない!犬に恋愛感情なんてあるはずないじゃん!」


(遠慮しなくてよい。儂は差別はせんぞ)


「遠慮とかじゃなくて!こいつもたまたま俺に懐いてるだけかもしれないし」


(その様子でか?)


神様が呆れたように言う。確かに、先程まで俺の腹に鼻を埋めていた狼だったが、今は俺のケツの匂いを嗅ぎまわっていた。


(良いではないか。恋する対象が多い程、幸せになれる可能性が高くなる。そのうち自分の事を好きになって自給自足出来るようになるかもしれんぞ?)


ちょっと何言ってるのかわかんねえ。


「いや、そんな事より神様。俺はこれからどうすれば?」


(どうとは何じゃ?)


「さしあたり食べる物とか。もう腹ペコですよ」


(そんな物自分で何とかせい。冒険者じゃろう)


冒険者だったの?いつの間に?


(しかしまぁそうじゃな、とりあえず足元の草を食べてみたらどうじゃ?)


「えっ!?この世界の草って食べれるの?」


俺は半信半疑ながら、空腹に勝てずに足元に生えてる草をちぎって少しだけ口に入れてみた。


「苦っ!!」


(ホントに道草を食ってどうする。ブハハハハハハ)


ぶっ飛ばすぞ!

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