出立

    Δ


 翌朝、私は目が覚めると見知らぬ天井を見上げました。

 いえ、寝起きの微睡まどろみの中で記憶を探ると、ここが南東部の教会施設であることを理解します。

 この街の巫女神官であるクランフェリアさんが管理する聖堂敷地内、彼女が住む母屋の離れ屋に泊めさせてもらっているのでした。


「ふわぁ……ねむ……」


 まだ眠気が抜け切らないまま着替えをしていると。

 ふと目が移った窓の外にヒルドアリアさんの姿が見えました。

 なにやら体操のような動きで身体を動かしています。

 何となく誘われるように離れ屋の外へ出てみると、肌寒さの中で熱風のようなものを感じました。


 視線を向けた先にはもちろんヒルドアリアさん。

 そして、彼女の足元から弧を描くようにほのおが走っています。

 やがてほのおの中から白く巨大な不死鳥があらわれると、大きく翼を広げて飛び立ちました。

 不死鳥は雲1つない青空の中で悠然と風に乗り、大きく旋回しながら飛行を続けます。


 朝の眩しい陽射しに手をかざしながら眺めていると。


「……天気の良い日は神鎧アンヘルを顕現して空へ放つのが日課なんです」


 そう言って不死鳥の主は大きく伸びをします。


「あたしの神鎧アンヘル『ベルグバリスタ』は北西部の街の守護鳥でもあり、民衆はこの雄大な尊影を目にすることで信仰心を更新し、祈りを捧げるのです――まぁ、ここは南東部なので意味はないと思いますけどね」


 くすくすと笑うヒルドアリアさん。

 神鎧アンヘル――あたしの持つ力とよく似た神力。

 いえ、おそらくあたしより遥かに強力な力を備えた何か。

 昨日、クランフェリアさんの神鎧アンヘルと対峙した時に感じた圧。


《……やはり、あなたの神鎧アンヘルまがい物ですね》


 まがい物――偽物フォニイであると確かに言われた私の力。

 人々の信仰心はおろか、私自身が神に対する不信を抱くこの力の存在意義。


 大空を自由に飛び回る白い不死鳥を眩しく見上げながら、私はヒルドアリアさんに問いました。


「……私もあなたの神鎧アンヘルに祈りを捧げれば――神様の存在や恩寵をこの身に感じることができるのでしょうか……?」


 白と朱の修道服を身に纏った少女は穏やかに空を眺めながら答えます。


「――神鎧アンヘルとは、宿主の魂の器であり罪垢ざいくでもあります。あなたは不完全ながらに神鎧アンヘルを呼び出す力を持っている。それは誰しもができることではありません。あなたの神鎧アンヘルをあなた自身が信じて寄り添い、向き合わなくてはなりません。それはあなたが進むべき道標みちしるべ、あなたが求める答えに通ずるきざはしだと言えるでしょう」


 私の神鎧アンヘル『グリムリンデ』。

 血のように赤い騎士の神鎧アンヘル

 それはおそらく。


 記憶を失くした私のこれまでの生き様を表したもの。

 そして、これからも。

 この先、何があっても私は身1つで『グリムリンデ』とともに立ち向かわなくてはいけないのでしょう。

 たとえ隣に立つ巫女の少女と戦うことになったとしても……


「さあ、リエルテンシアさん。そろそろ出発の時間ですよ!」


 ヒルドアリアさんはいつの間にか神鎧アンヘルを召喚回帰していて、視線の先には一人の男性の姿。

 ヒツギさんが蒸気自動車の準備をして私たちを待っています。

 満面の笑顔で彼に走り寄ろうとする彼女に、私は訊いていました。


「ヒルドアリアさんは……なぜ私に優しくしてくれるのですか!?」


「――困っている人を助けるのに、理由はありませんからっ!」


 あまりにも簡潔で分かりやすい答えを返されてしまうのでした。

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