衝突

    †


 わたくしはヒツギ様とその後ろに隠れる少女を見据えて告げました。


「その少女、リエルテンシアを七位巫女神官ラクリマリアに引き渡すのです。ラクリマの神力によって彼女の思考を読み取れば、記憶喪失の真偽ははっきりします。叛乱の疑いのある福音派との繋がりや経緯がわかれば、教会は彼らへのもできます」


 巫女神官のいう断罪――つまりは異端や叛逆者達を神鎧アンヘルの神力によって処刑することを意味していました。

 それを知るヒツギ様は厳しい表情でわたくしの話しを聞いています。

 

「そして、記憶がなくとも巫女神官の命を狙ったのは確かなので、リエルテンシアを矢面に立てて福音派を炙り出し、動向を注視することも可能でしょう。その少女は幽閉されますが、身の安全は一定の保証もされます」

 ※抗議や非難を受ける立場に立つこと

 極めて合理的に判断した方法ではありますが、慈悲深い彼には受け入れられない話でしょう。

 予想通り、彼はわたくしに進言してきます。


「クラン。それはこの子にとって酷なことで、俺達にとっても良い結果を招くとは思えない。もう少し、穏やかに進めてはいけないか?」


 当の本人であるリエルテンシアは自分の立場、事の深刻さに気づき始めたのか、青ざめた表情でヒツギ様を見上げています。


「……あなた様。すでにわたくし達は命をおびやかされているのです。今この時も、福音派は巫女神官をおとしいれるための策や意欲を高じていることでしょう。悪しき麦芽ばくがは迅速に刈り取らなくては、他の良き麦芽に影響を及ぼしてしまいます」


 わたくしは彼を説得するために言葉を紡ぎます。

 

「南東部とこの聖堂を管理する三位巫女神官として、わたくしは街と民衆を守らなくてはいけません。もちろん、あなた様も――あなた様のは何ですか?」


 ヒツギ様はわたくしの目を見て、はっきりと口にします。


「……クランフェリア。君と、エリスフィーユだ」


 愛する彼の言葉に安堵して、笑顔を返しました。


「はい。その通りです」


 わたくしの補佐官として。

 『聖なる教』の根幹を支える七人の巫女神官を護る剣として。

 しかばねのごとき従順さを。

 また、わたくしとの愛の証であるフィーユの父親として。

 たとえ公に認知されなくとも、かけがえのないとして。

 正しき信仰と信念を持って彼を導くのが、わたくしの使命でもあります。


「――あ、貴女はいったい、ヒツギさんのなんなんですか!私はただ、この人と一緒にいたいだけ。私とヒツギさんは……こ、恋人同士なんですっ!」


 あろうことか、リエルテンシアはわたくしとヒツギ様に割って入り、突拍子のないことを言い出しました。

 可笑しさとともに、心の奥底から罪垢ざいくが燃え上がります。


「……ふぅ。ヒツギ様の優しさには困ったものです。このように勘違いをしてしまう方々を増やしてしまうのですから」

 

 わたくしは無意識のうちに神鎧アンヘルを顕現していました。

 

 背後から後光が差し、尊影を顕す八メートルほどの白い鎧装に包まれた巨像。

 花弁のような四枚の肩部装甲、右腕にはアンカーブレード。

 左腕に大型の機関銃、背部には戦術核を搭載できる二機のカチューシャ砲。

 絶対的な強さの象徴であり、『嫉妬』を糧とするわたくしの神鎧アンヘル『バルフート』。


「わたくしとあなたとでは、神鎧アンヘルを身に宿す者として――ヒツギ様の伴侶として、比べるべくもなく格が違うのですよ」

 

「き、きゃあぁあっ!」


 リエルテンシアは驚愕しながら、自らをかばうように腕を上げて。

 赤い閃光を発して、背後に神鎧アンヘルらしきものを発現しました。

 

 五メートルほどの、鎧装を纏う真っ赤な人型の巨像。

 左腕に大盾、右腕に大型のパイルバンカー。

 背部には換装用の七本のパイル。


 初めて見るその姿はすぐに戦う姿勢を見せて。

 わたくしの『バルフート』は四枚の肩部装甲から自動迎撃の機関銃を起動させました。

 一度に数千発の弾丸が降り注ぎ、真紅の神鎧アンヘルは大盾を構えます。

 盾は高速の弾丸によって削られ、踏み込んで右腕のパイルバンカーをこちらに向けてきますが……

『バルフート』は同じく右腕のアンカーブレードで斬りつけ、パイルの先端を地に叩き落としました。

 そのまま勢いよく左腕で相手の首を掴み上げます。

 

 『子なる神』たる神鎧アンヘルとの魂の繋がり。

 その神力も戦い方もまるで馴染んでおらず、扱いきれない子供のように。

 神鎧アンヘルの力の全解放『血算起動』を発動するまでもありません。

 

「……やはり、あなたの神鎧アンヘルまがい物ですね。この程度の力で、わたくし達巫女神官と戦うつもりでいたのですか?――いいえ、だからこそ暗殺を試みるしかなかったのでしょうか」

 

「――うぐっ……うぅ……ぐすっ……」


 真紅の神鎧アンヘルと感覚を共有したリエルテンシアは苦しみながら涙ぐみます。


「クランさんっ、そこまでです!この場は、このあたし……ヒルドアリアが預かりますっ!」


 成り行きを見守っていた巫女の少女が仲裁に入りました。

 軽くため息を吐いてから、神鎧アンヘルを召喚回帰させると真紅の巨像もまた、姿を消失します。


「リエルさんはひとまず宗教国家都市の中央部、巫女神官専用の保養施設……あたしの区画で保護させてもらいます!」

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