又候

    ▱


 宗教国家都市南東部、その上空で白い不死鳥の背中から地上を見下ろしていました。

 あたしの神鎧アンヘル『ベルグバリスタ・サルヴァトーレ』は風に乗って、左回りにゆっくり旋回し続けます。


「――えっと、何だったんでしょうか。さっきの」


 突然、飛来してきた杭に機械仕掛けの不死鳥はすぐさま反応して、回避してくれました。

 その後、あたしが驚いているうちに自動で迎撃を始め、高出力メーザーと爆縮型の火球で何かを撃ち落としてしまいました。


 墜落していった先には牧場があり、念のため調べておいた方がいいかもしれません。

 後でクランさんに怒られるの怖いですし……

 そう考えたところで、現場にいくつかの車両が集まっていくのが確認でき、その中に見慣れた蒸気自動車もありました。


「あっ!あれは……御主人様に間違いないです!えへへ」


 あたしは頬が緩みつつ、颯爽と『バリスタ』を降下させていくのでした。


    ♤


 南東部の田園風景の中を蒸気自動車で進んでいくと、乾燥した牧草を保管する倉庫に何かが墜落したような形跡があった。


 周辺にはちょうど街の警備兵達が数人、到着して鉢合わせる。

 俺は南東部を管轄する三位巫女神官クランフェリアの補佐官であり、街の兵士達とは普段から訓練や見回りを共にし活動していた。

 それゆえに顔見知りで、一緒に調査することになるのは自然の流れだった。


 兵士達には周辺の安全確認や聞き取り調査を頼み、俺は倉庫の中へ入っていく。

 もし危険があれば、人を超えた力を発揮できる俺なら対応しやすいと見越してだ。


 薄暗い倉庫の内部は埃が舞っていて、全体的に見通しが悪い。

 大量の干し草も散乱し、何か大きな物が落下したのは間違いなかった。

 そして、一際大きな干し草の積み重なったたばの中心に、一人の少女が倒れているのを発見する。


 歳は十五、六歳ほどの栗色の髪。

 白いブラウスと制服の胸元は破れ、年相応に膨らんだ胸が危ういところまで晒されている。

 南東部の鉄道駅で対峙した、リエルテンシアと名乗った少女。


 「……やはり、この子だったか」


 たしかもう一人、黒ずくめの男がいたはずだが近くに姿は見えない。

 周囲に警戒しながら少女の傍に寄って、抱きかかえる。

 念のため、首元や手首に触れて生存を確認する。

 わずかに胸は上下していて、大きな怪我もなさそうだ。

 ほっと一息ついたところで。

 

「――うぅ……んっ……」


 苦しげに呻き声をあげる少女に声をかける。


「大丈夫か?どこか痛いところはないか?」


 リエルテンシアはうっすらと目を開けて俺を見ると。


「……あなたは……いったい……っ、ここはどこ……私は……だれ、ですか……?」


 思わず息を飲みつつ、ゆっくり言い聞かせるように話しかける。


「ここは宗教国家都市の南東部だ。君の名前はリエルテンシア。わかるか?」


「――私は……私の名前はリエルテンシア……?あなたは……あなたは、私とどういった関係なのですか……?」


 驚くべきことに、彼女は記憶を失っていた。

 いくつか簡単な質問をしても名前はもちろん、彼女自身に関わる全てを忘却して答えられずにいた。

 焦燥したその様子から、嘘をついているようにはとても見えない。

 

「……大丈夫だ。安心してくれ。俺の名はヒツギ……君の知り合いで、決して危害を加えない」


 リエルテンシアの肩と手を握り、優しく語りかけると栗色の髪の少女は頬を染めて口を開く。


「――ヒツギ、さん。あなたは……きっと、私のとってとても大事な方、だったんでしょうか……あ、あの。すみません。私、何も覚えていなくて……で、でも必ず思い出しますからっ……その、私と一緒にいてください……!」


 そう言って俺に目線を合わせず、恥ずかしそうに目を伏せて身を縮めてしまった。

 何か妙な方向に勘違いされているようだが、ここで彼女を否定してしまうと酷く傷つけて取り返しがつかなくなるかもしれない。

 今は少女の保護を優先するべきだと己に言い聞かせ、リエルテンシアをお姫様抱っこで抱き上げた。


「リエル、まずゆっくり休むことだけ考えればいい。君は俺がしっかり守護まもるからな」


 彼女の目を見て微笑む。


「!……は、はいぃ。その……よろしくお願いします……!」


 すっかり顔を赤くしながら、破けた胸元を必死に隠して少女は視線を彷徨わせて――


「――御主人様あぁあ!あなたのヒルドアリアがただいま参上ですぅ、会いたかったでしゅうぅぅ!」


 倉庫の扉を盛大に開きながら、巫女の少女が差し込む日の光を背に元気な姿を現したのだった。

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