談論

    †


 「状況を教えていただけますか、パフィーリア」


 わたくしはヒツギ様とフィーユとともに暮らす母屋に、五位巫女神官パフィーリアを招きました。

 それは彼女との親交の証であり、また彼女の近況の把握の為でもありました。

 四人で居間のテーブルを囲み、お茶を淹れながら話をします。

 お茶請けを口にしてフィーユと談笑していた金髪の少女は、こちらを見て姿勢を正して。

  ※お茶と一緒に出すお菓子のこと


「えっと……何から話した方がいいかなぁ?」


 パフィーリアは手元のカップケーキをフォークで半分に切り分けながら話し始めます。


「クラン達は、わたしの南西部都市がどういう状況なのか、知ってるよね」


 宗教国家都市の南西部。

 そこは『服飾の都』と言われるほど針仕事、縫製業が盛んな大都市でした。

 日常の普段着はもちろん、シスターの修道服や巫女神官の衣装、式典用のコートといった特別な儀式で着用される衣服が作られています。

 他にも小物やアクセサリーなどの雑貨、花や植物から抽出した香水や化粧品などを扱うお店も多く、女性に人気の街です。

 

 華やかな南西部都市を管轄するパフィーリアは『聖なる教』の五位を冠する巫女神官であり、また『神の子』として崇拝されるほど信仰と人望を集める存在でした。

 しかし六年前のある時、パフィーリアの神鎧アンヘル『クインベルゼ』が暴走します。

 その時はわたくしとヒツギ様、四位巫女神官ヒルドアリアの協力によって事態は収拾しましたが、南西部都市は壊滅的な被害を受けました。

 

 その後、三ヶ月を経て街の復興は進みますが、南西部における『聖なる教』の信仰は二分化してしまったのです。

 原理主義派――攻撃的なまでに伝統的信仰を維持しようとする勢力。

 もう一つは、福音派――従来に見られる伝統性を不純で旧教的なものと見なして否定し、簡素化や一新する勢力。

 

 原理主義派は、神鎧アンヘルの暴走は神の子であるパフィーリアへの畏敬を欠いた信徒達への神罰だと主張します。

 対して福音派は、以前の南西部での騒動は神鎧アンヘルもたらした救済であり、既存の価値観に囚われない新たな恩寵であるとしました。

 街の復興が進んだことで、南西部の住民達が騒動で受けた心の傷を信仰によって癒そうとするのは不思議ではありません。

 だからといって単一の価値観だけを信奉し、他者の価値観を排撃するのは聖なる教の教義ドグマに反していました。


『聖なる教』の最高位である七人の巫女神官はみな、異なる信仰理念を掲げています。

 あらゆる信仰、思想を受け入れることで互いに尊重し合い、平和や共存共栄を模索して千年もの歴史を持つ国家として成り立ってきたのです。


「今の南西部都市は、街が完全に二分化されて東西を分ける高い壁すら出来ちゃって……争いを恐れて他の街に避難する人々も出てきたの」


「……今回、南東部の駅でパフィーリアを狙ったのは、福音派の者達ということか?」


 ヒツギ様がパフィーリアを迎えに行った時、襲撃にあった旨は聞きました。

 分立した宗派の思想を鑑みるに、巫女神官の暗殺を企てているのは福音派であるのは察しがつきます。


「そうだと思う……赤い神鎧アンヘルを顕現してた女の子の衣装、南西部にある福音派教会の神官服だったから」


 赤い神鎧アンヘル

 フィーユに勉強を教えていた時に察知した正体不明の神力。

 なぜ巫女神官ではない者が神鎧アンヘルを顕現させることをできたのでしょうか。

 

 いいえ、そもそも本当にそれは神鎧アンヘルなのでしょうか。

 本来、七人いる巫女神官の席は訳あって一つが空席となっているため、新たに誰かが宿す可能性は十分にあります。

 けれど、神鎧アンヘルそのものではない神力を持った方も、わたくしは知っていました。


「あなた様、その赤い神鎧アンヘルと交戦したのですよね。何かわたくし達の力と違うものは感じませんでしたか?」


 ヒツギ様はわたくしとを持つことで、神鎧アンヘルの力を手に入れました。

 発現にはさまざまな要因もありますが、彼の場合は超人的な身体能力と意思で操れる大剣という形で顕れます。

 赤い神鎧アンヘルはその姿を模した、別の何かではないのでしょうか――


「直接的に剣を交えたり、触れた訳ではないから何とも言えない。他の敵に気を取られてしまったこともあるが……」


 そこで、わたくし達はみな考え込んでしまいました。

 

 しばらく沈黙が続いたあと、静かに話を聴いていたフィーユが口を開きます。


「ママ。南西部の人たちは他の街に避難してるんだよね。えりすのところにも来るの?」


 そう言われて気がつきました。

 パフィーリアを、巫女神官を狙っているとして。

 その標的は彼女だけとは限りません。

 まがい物の神力を本物にするために巫女神官の力を奪おうとしているなら……


 ――と、そこで遠くの方から閃光とともに大きな爆発音が聴こえました。

 慌てて窓の外を見ると、距離の離れた上空に何かが爆発した煙の痕跡と馴染みのある神鎧アンヘルの力を感じます。


「俺が様子を見てくる。君はここで皆と待っていてくれ」


 わたくしの躰を抱いてから、ヒツギ様は母屋の外へと向かったのでした――

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