相対

    ♧


 えりすはママが大好き。

 いつでもご飯がおいしくて、一緒に作るのも楽しい。

 お勉強はたいへんだけど、聞くと何でも教えてくれる。

 ぎゅっとしてもらうと柔らかくて暖かい。


 えりすはパパが大好き。

 いつでも優しくて、遊んでくれる。

 お仕事であまり家にいないけど、帰ってきたら一緒にお風呂に入るのが好き。

 寝るときはベッドで並んで、お腹をぽんぽんしてくれる。

 頭を撫でてくれるとすごく嬉しくなる。


 神様はよくわからない。

 いつでも見守ってくれてるみたいだけど、会ったことはなかった。

 ママとパパと一緒にお祈りすると安心する。

 この国の大聖堂にいて、とてもとても長いお名前みたい。


 神鎧アンヘルはあまり好きじゃない。

 いつでもえりすのそばにいて、くる。

 声を聴いていると心がざわざわして落ち着かなくなる。

 とてもとても大きくて強くて……こわい。



 ――今日はお客さんが家にくるみたい。

 ママと同じ巫女神官で、で生まれた時から神鎧アンヘルを発現した女の子。


 なかよく……できるといいな。


    Δ


 私は宗教国家都市南東部の上空を飛行していた。

 神鎧アンヘル『グリムリンデ』を高機動モードから準戦闘モードに切り替えて巡航する。


 ……体力の消耗が激しくて、私はすでに肩で息をしている状態だった。

 初めての実戦は思っていた以上に難しかった。

 南西部の巫女神官――パフィーリアを暗殺する計画は失敗に終わり、今後は警戒や対策が強化されてしまうだろう。


 そもそも彼女の神鎧アンヘルは私達の知っているものではなく、断じて対等に戦えるレベルではなかった。

 神鎧アンヘルを発現して日の浅い私にも、わずかなぶつかり合いだけで理解してしまった。

 それでも……私には彼女と戦わざるをえない理由があった。

 南西部都市のために。

 『聖なる教』の私達の宗派のために。

 他でもない私自身のために。


 ――私自身が……自由と尊厳を獲得するために!


 

 体力の限界が近づき、近くの丘に着陸して休もうとした時だった。

 私は物凄い速度でこちらに接近してくる神鎧アンヘルの力を感じ取って、すぐに『グリムリンデ』を臨戦態勢へと切り替えた。

 敵である神鎧アンヘルはどの巫女神官なのか、考える余裕などない。

 私は相手を未だ視認出来ていないけど、これだけの速度なら目視した瞬間に激しい接近戦になってしまうだろう。


 敵の軌道を予測して先手を取り、真紅の神鎧アンヘルの右腕のパイルバンカーを射出する。

 回避は困難で直撃すれば一発撃破とは言わずとも、かなりの損害を与えられる。

 ……はずだった。


 超高速で接近する白い不死鳥の神鎧アンヘルは、その飛行速度を維持したままに直角に軌道を変えた。

 そして円を描くように旋回してこちらへと進路を向ける。

 私は先の戦いからパイルを補充生成できずにいて、残りは五本。

 三発目のパイルを換装し始めたところで、はっきりと敵の神鎧アンヘルを確認した。

 『グリムリンデ』より何倍も大きな、機械仕掛けの白い不死鳥。

 四位巫女神官ヒルドアリアの『ベルグバリスタ』で間違いない。

 記録と姿形はまた違うけれど、五位巫女神官パフィーリアと親密ならばすぐに敵対する。

 ここで少しでも手傷を負わせないと。


 狙いを定めてパイルを射出しようとして――

 私の神鎧アンヘル『グリムリンデ』は白い不死鳥の発したレーザーカッターに四肢を貫かれてしまう。


「うあぁあっ……い、痛い……!」


 新しい姿の『ベルグバリスタ』は両翼から幾重ものレーザーを伸ばし、私の神鎧アンヘルの右腕と左脚をそのまま切断した。

 意識が飛んでしまいそうなほどの激痛に、声すら出せずに涙が溢れた。

 私の手足はかろうじて繋がっているけど、もはや戦意は失われ……必死に神鎧アンヘルの修復に全ての意識を注いで……

 

 気がつけば、目の前に巨大な火球が迫っていて避けることなどできなかった――

 

    ♤


 俺はクランとエリスの待つ母屋へと到着し、蒸気自動車を降りた。

 それに合わせてパフィーリアも隣に並んだ。


「くひひ。おにいちゃんとクランの家に来るの、初めてだから楽しみ!」


 にこにこしながら見上げる少女に笑顔を返して、母屋の玄関に向かうと不意に戸が開いた。

 顔を出したのはもちろんクランフェリアだ。


「お帰りなさいませ、あなた様。パフィーリアも、お待ちしていましたよ」


 彼女は神鎧アンヘルの力を正確に感知して、俺達を迎えてくれたのだろう。

 優しく微笑むクランと軽く口づけをすると、家の中からエリスも姿を見せた。


 「あ!おかえり、パパ!……えっと、ご、五位巫女神官さま初めまして。エリスフィーユです」


 ぺこりと頭を下げる愛娘に、パフィーリアはというと。


「か……かわいいぃ!この子がおにいちゃんとクランの……わたしはパフィーリアだよ、よろしくねっ!」


 目を輝かせてエリスの手を握る少女に、俺とクランは顔を見合わせて安堵し合うのだった――

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