変質

    ▱


 宗教国家都市、その北西部。

 

 そこは険しい山脈に囲まれ、唯一の移動手段は深い渓谷に鉄橋を掛けた蒸気鉄道のみ。

 ゆえに、他の都市とは異なる文化を築いた街。

 活火山が多いので災害も頻発し、自然をおそれ敬う宗教観が強く根付いた地域です。

 けれど、その環境において独自の発展を遂げてきた北西部都市は技術的な職人も数多く、宗教国家都市を支える重要な拠点の一つとして認知されていました。


 あたしはそんな北西部都市を管轄する四位巫女神官、ヒルドアリア。

 白と朱の装束と太もも丈の靴下、鮮やかな鳥の刺繍が入ったストールを纏う

』十四歳です!

 紫髪の二つお下げ、その左側には輝く紫水晶アメジストの髪飾りを欠かさず差しています。

 あ、これはあたしの御主人様であるヒツギさんから贈られた、『』より大切な物なんですよ!


 と、自己紹介はここまでにして。

 あたしは巫女神官専用の神社の拝殿、その中央でアヒル座りをしながら、床に南西部都市の地図を広げていました。


「……むむむ、これは……だいぶ深刻な状況かも知れませんね……!」


 紙面のあちこちに印を付けられた地図を手に、拝殿の外へと飛び出します。

 広い境内まで小走りでやってくると、神鎧アンヘルを顕現させました。


「いきますよ、『バリスタ』!」


 足元からほのおが円を描くように噴き出し、その中心から三十メートルほどの白い不死鳥が現れます。

 鎧装に包まれた体躯には生体部はなく、全身が機械仕掛けとなった姿。

 あたしの神鎧アンヘル、その第二神化『ベルグバリスタ・サルヴァトーレ』。


 その背部をよじ登って首元あたりに掴まると、高速で空へと飛び立ちました。

 『ベルグバリスタ』は高機動の神鎧アンヘルで、北西部都市から中央部を抜けて南東部都市まで真っ直ぐに飛ぶとして、通常は蒸気列車で十六刻かかるところを二刻半で移動できます。

  ※ 十六刻=八時間、二刻半=一時間十五分

 第二神化となりパワーアップしているので、もっと速く飛べるかもしれません!

 

「お助けヒルデちゃん、発進です!待っていてくださいねっ、御主人様!!」


 あたしの声に応えて『バリスタ』は素体が紫に発光し、音速を遥かに超えた速度で加速していったのでした――

 

    ☆


 南東部の鉄道駅で赤い神鎧アンヘルと交戦した後、わたし達は蒸気自動車でクランとおにいちゃんの住む教会敷地へと向かっていた。

 ヒツギおにいちゃんの運転する席の後ろに立って背もたれを持ち、上半身に吹き抜ける風を受ける。

 

「くひひ。今日も天気良くて風が気持ちいいねぇ、おにいちゃん!」


 わたしは二人きりでのドライブが楽しくて。

 嬉しさのあまり、おにいちゃんの頭に後ろから抱きついた。

 十六歳になって膨らんだ胸が当たってしまっているけど気にしない。

 もちろんクランほど大きくないけれど、同じ年頃の子となら負けないと思う。


「……っ、パフィーリア。危ないから大人しく座っているんだ」


 心なしかヒツギおにいちゃんは照れているように見えるけれど、後ろからじゃよくわからない。

 ふと助手席に目を向けると、そこには見慣れた柔らかそうなクッション。

 おにいちゃんの隣……いつも決まってクランが座る特等席だ。

 

 わたしの心の中――ううん、がざわざわと騒ぎ出す。

 思わず羽織ったケープコートや修道服を緩め、出来るだけ体温が感じられるようにはだけてから再びおにいちゃんの頭を胸に抱いた。

 

「――パフィーリア?」


 蒸気自動車をゆっくり停止させて見上げてくるヒツギおにいちゃん。

 わたしに注目してくれる様子をみて、少しだけ『罪垢こころ』が満たされて微笑み返した。


「んん……どうしたの、おにいちゃん。はやくいこ?わたしはちゃんと、掴まっているから大丈夫だよっ。くひひ」

 

 少しだけ見つめ合ってから、また前を向いて車を発進させるおにいちゃん。

 わたしは今まで感じたことのない想いが全身にみ渡るのを覚えて、心に抱いて浸っていた――


    †

 

 ――六年前の宗教国家都市中央部での大きな出来事以来、巫女神官の神力は高まり続けていました。

 巫女神官の魂の器――子なる神たる『神鎧アンヘル』が第二神化を果たすほどに。

 

 神鎧アンヘルの力はこの国の民衆たちの信仰への敬虔さ、祈りのに比例します。

 わたくしは中央部での騒動、『魂の解放の儀』で自身のを叶えました。

 人々が主の恩寵を受け、畏敬を忘れず祈りを捧げるように。

 この宗教国家都市に悠久の平和と安寧をもたらすことを信じて。

 

 ……それは思いもよらない形でわたくし達に影響を及ぼし始めていたのです――

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