予兆

    ☆


 宗教国家都市、それぞれの街を繋ぐ南東部の駅構内は緊張感に包まれていた。

 突然現れた真紅の神鎧アンヘルは、わたしとヒツギおにいちゃんに向き合い戦闘体勢をとる。

 そして、もの凄い勢いで突進してきた。


 わたしの神鎧アンヘル『クインベルゼ』は優雅に地へ降り立つと、赤い神鎧アンヘルと真っ向からぶつかり合う。

 互いに両手を組んで、力比べをする格好だ!

 相手の体躯はこちらよりひと回り大きく、そのまま押し切ろうとするけど、わたしも負けてはいない。

 

の力を甘くみたらダメだよ。それに神鎧アンヘルだって、わたしは生まれた時から発現して……完全にんだから!!」


 腰を落として思いきり踏み込んで、一気に押し返した。

 赤い神鎧アンヘルは耐えきれずに大きくバランスを崩す。

 飛び出したそのままに、わたしは『クインベルゼ』の右手の鉤爪で相手の胸部装甲を切り裂いた。

 ……その時だった。


「きゃあっ!?」


 どこか近くの物陰から女の子らしき悲鳴が聴こえた。

 

 傍で見守ってくれてたヒツギおにいちゃんがすぐに声の元へ駆け出す。

 つられて、わたしはおにいちゃんの後を追って走り出していた――


    ♤


 俺は少女の悲鳴を耳にして、無意識に躰が動くと同時に理解していた。

 

 声の主は……神鎧アンヘルの宿主なのだと。

 その姿はすぐに見つけることができた。

 真紅の神鎧アンヘルからそう離れていない場所。

 物陰で胸を押さえて座り込む幼い女の子。

 見た目は十五、六歳くらいだろうか。

 肩まである栗色の髪、白のブラウスに制服らしき真っ白な上着、短めのスカートに膝上の黒い靴下。

 一見、品の良いお嬢様か学生のようにも思えた。

 屈み込んだ少女の胸元は無惨に引き裂かれているものの、怪我はないようだ。

 

 刺激しないようにゆっくり近づこうとして……

 不意に上方から襲いかかる気配を感じ、咄嗟に大剣で受け流した。

 刃同士が擦れ合って火花を散らす。


「――リエル!何をしているっ!早く巫女神官を始末しろっ!!」


 振り向けば、軍刀を手にした中肉中背で黒ずくめの男が叫び声を上げている。

 俺は迷わずその男へ詰め寄り、渾身の掌底を突き出す。


「……うおっ!?」


 意外にも身軽に背を仰け反らし、俺の一撃を回避して軍刀を振りかぶる。

 だが遅い。

 俺は意思で大剣を操り、そので男の横顔にち当て吹き飛ばす。


「――がはっ……!」


 もんどりを打って転がる男はしかし、受け身を取って素早く立ち上がる。

 どうやら体術の心得のひとつはあるようだ。

 とはいえ、並の人間であれば無力化は造作もなかった。

 走り込み男の腹部を回すように蹴り上げ、その躰は宙に浮かび……悪い予感を察知し、大剣を背後の地面に突き立てる。


 その中心に突如して飛んできたパイルが弾かれ、俺の躰のすぐ横を通り抜けて壁を穿った。

 真紅の神鎧アンヘルは左手にリエルと呼ばれた少女を抱え、右腕は二本目のパイルを換装させている。


「……君達は一体何者だ。なぜパフィーリアを狙う」


 俺の問いに栗色の髪の少女は静かに答える。


「私の名前はリエルテンシア……南西部に正しき信仰を取り戻すために――また、あなた達の前に来ます……!『グリムリンデ』、お願いっ!」


 そう彼女は口にして。

 真紅の神鎧アンヘルは推進剤を噴射して高速で目の前を飛び、倒れ伏した男を右手に掴んで飛び去っていった。


 それを見送りながら、周囲に危険がないのを確認して大剣を回帰させる。


「……おにいちゃん、大丈夫!?」


 パフィーリアは柔らかな金髪を揺らして傍に駆けてきた。


「ああ、心配ない。パフィーリアこそ怪我はないか?」


 少女は元気よく頷きつつ、俺の腕に抱きついてくる。

 その様子に苦笑して、もう一度だけ真紅の神鎧アンヘルが飛び去った空を見上げた。



 『南西部の信仰を取り戻す』――その意味を考えながら。


    †


 それは自室でエリスフィーユに勉強を教えている時でした。

 今年で五歳になるこの子はとても賢く、まるでスポンジのように知識を吸収していきます。

 わたくしとヒツギ様の子ですが、対外的には孤児とされています。

 将来的に巫女神官を受け継ぐことになるゆえに、他の子供達との関わりは月に一度の孤児院訪問の時のみでした。

 その代わりに、わたくしの母屋でともに過ごして良いと認可を頂いたのです。


 日課として午前中は勉強の時間であり、わたくしは数学や神学を教えていました。

 神学書を片手にページをめくっていたところでふと、神鎧アンヘルの力を三つ感知します。

 南東部の鉄道駅辺り……ひとつはパフィーリアの神鎧アンヘル、それにヒツギ様の力、もうひとつは……?


「……ママ?どうしたの、具合悪いの?」


「――あ、いいえ。大丈夫ですよ。ごめんなさい、フィーユ」


 見上げている我が子の頭を撫でてあげると、可愛らしい笑顔を見せてくれました。

 微笑みを返しながら、わたくしは考えます。

 何かまた……この国にとって、わざわいとなる大きな出来事が起きるのでは、と……

 それとも、もうすでに事は進行しているのでしょうか。

 ――けれど、わたくしにはあの人ヒツギ様がいます。

 何があっても、あの方と共に……この子だけは守り通すことを心に誓うのでした。

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