第一話 新たなる脅威

再会

    ☆


 宗教国家都市、南東部の街に蒸気列車が到着した。

 

 わたしは座席でしばらく、多くの人が駅の構内へと下りていくのを眺め、周囲に誰もいなくなってから荷物をまとめて立ち上がる。

 列車の外は朝の日差しでほんのり暖かいけれど、上着がないと少し肌寒い。

 修道服の上にケープコートを羽織って、通路にある鏡の前で衣装と髪型を整える。


 鏡に映るのは、ふわふわした金髪でアーモンドのような大きな目、金色の花型の瞳孔をした十六歳の小柄な少女。

 宗教国家都市の宗教『聖なる教』のシスターであり、最高位の権力を持つ五位を冠する巫女神官。

 それがわたし、パフィーリア。


 普段は南西部の街と聖堂を管轄しているのだけど、今回お忍びのような形で南東部の街へと赴いていた。

 こうして鉄道を利用することがほとんどないから、目に映るもの全てが新鮮だった。


 

 ――広くて綺麗な駅構内を歩いていると、なんだか誰かの視線のようなものを感じてしまう。

 ふと立ち止まって周りを見渡すけれど、人の姿は見当たらない。


「?……気のせいかな?」


 宗教行事のお披露目でたくさんの人に注目されるので、ちょっとした視線に錯覚したのかもしれない。

 再び歩き出して、駅の出口近くまで下りていく。


 ……もうおにいちゃんは迎えに来てるかなぁ。

 会えるのが楽しみで、つい顔が綻んでいた。

 はやる気持ちを抑えつつ早足になって、改札をはさんだ反対側に背の高い美形の男の人を見つける。

 見知った大好きな姿に思わず声を上げて。


「ヒツギおにいちゃぁあんっ……!」


 大きく右手を振ったところで、背後から真っ赤な閃光がはしって視界が紅く染まっていった――


    ♤


 広々とした駅構内に可愛らしい少女の声が響いた時だった。


 柔らかな金髪と右手を揺らしたパフィーリアの背後に、赤い閃光とともに巨大な何かが現れる。

 五メートルほどはある、鎧装に包まれた真紅の人型兵器。

 右腕には大型のパイルバンカー、左腕に大盾、背部には換装用のパイルが七本。

 そして何より、その巨体から発せられる力の奔流ほんりゅうは馴染みのあるものだった。


「――まさか……神鎧アンヘルなのか!?」


 俺の躰は無意識に動いていた。

 真紅の巨像に背を向けて無防備な状態のパフィーリアを守護まもるために。

 

 改札を飛び越えて駆け出す。

 同時に俺は虚空から身の丈ほどの大剣を顕現させ、宙に浮かべる。

 この大剣は『布都御魂ふつのみたま』。

 俺の躰には神鎧アンヘルの力が半分ほど流れていて、『布都御魂ふつのみたま』を顕現している間は人の限界を超えた力を発揮でき、大剣も思いのままに振るうことが可能だった。


「パフィーリアっ!」


 瞬時に金髪の少女へと近づき、小さな躰を抱きかかえて後方へ跳ぶ。

 大きく右腕を振りかぶっていた真紅の神鎧アンヘル

 その先のパイルバンカーがパフィーリアの立っていた場所を衝撃とともに穿うがつ。

 まるで血のような赤色の巨像から離れた位置に着地すると、少女を降ろして立たせた。


「パフィーリア、大丈夫か?」


「あ、ありがとう……おにいちゃん……!」


 突然のことでほうけているのか、パフィーリアの頬が赤く染まっている。

 紅い神鎧アンヘルと向き合うと大剣を操り、躰の中心に合わせて構えた。


 この巨像がなぜ現れたのか、周囲に宿主がいないか探ると同時に思考を巡らす。

 もし本物の神鎧アンヘルならば、いくら人間離れした身体能力があれど、まともに闘える相手ではない。

 この場は公共の施設でもあるから、下手にやり合うより逃げた方が被害も少なく済むだろう。


「いったんここから離れよう、パフィーリ……」


 肩越しに声をかけようとしたところで、突風が駅構内に吹き荒れた。

 後ろにいるパフィーリアは両手をかざして渦巻く風の中心にいる。


「……おいで!『クインベルゼ』!」


 なんと彼女は神鎧アンヘルを呼び出して対抗しようとしていた。

 五位巫女神官であるパフィーリアの神鎧アンヘル『クインベルゼ』は、はえを彷彿させるシルエットで二対のはねに六本の節足と四本の蟷螂かまきりの腕を持つ、八メートルほどの白い異形の神鎧アンヘルだ。

 しかも大量の蟲を眷属に従え、街一つを喰い荒らして壊滅させてしまう強大な神力を持つ。


「待つんだ、パフィーリア!俺の話を聞いてくれ!」


 金髪の少女を止めようとするも、彼女の頭上に白い神鎧アンヘルが現れる。

 だが、俺の知っている『クインベルゼ』ではなかった。

 

 ――四メートルの白い異形。

 両手には鋭い鉤爪かぎづめ

 昆虫のような節くれだった両脚。

 王冠にドレスを模した鎧装をまとう女性的なシルエットの人型兵器。

 それがパフィーリアの顕現した神鎧アンヘルだった。


「くひひ。おにいちゃん、見せてあげる。わたしの神鎧アンヘルの新しい姿、『クインベルゼ・ブーケドール』の神力をっ!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る