第43話 キツネの嫁入り


  翌日、神前式が行われる神社に向かう。


 今日は良く晴れた日和である。このところの花冷えで縮こまっていた桜のつぼみもほころび、礼服に羽織るコートも不必要な陽気となっていた。

 まさに、千載一遇、苦労人で知られる正人のハレの日にはお似合いだ。


 俺の実家がある松橋から大鳥居まではバスに乗り10分直ぐである。早く着いたので神社近くの海岸を散策した。今頃、新郎新婦は本番前の予行練習の時間だろう。


 この不知火町の乙木神社には、子供の頃、夏祭りに実妹と一緒によくやってきたことがある。見上げるといかにも地域一番のまつりを執り行う大鳥居がそびえ立つ。


 父親の話によると明日がその「不知火龍神まつり」周囲ではまつりで使用される漁火や海上花火の打ち上げ準備も進められている。厳かな社からは雅楽の笛の音色が届いてくる。式が始まる前の音合わせだろうか?


 そよ風に揺られる赤や紺色の旗、荘厳な社のたたずまい、小走りで動き廻る巫女さんの装い。こんな景色を見ていると、歴史好きな俺は、日本らしい平安時代の趣き、王朝絵巻の世界へ突然タイムスリップした気分となってゆく。


 その時、声がする。


「お~い、浩介。ありがとう」

「おめでとう。良い天気だな」


 神社の境内から手を振る人達がいる。その姿は母親の車椅子を押す正人だ。もう、神前式の準備が整ったのだろう。


「ご無沙汰しとります。今日は息子が無理なお願いしてごめんなさい。ばってん、あまり気ば使わんでな」


 その挨拶は久しぶりに会う正人の母親からだ。彼女はこの上ない笑みを浮かべている。よっぽど、息子のハレの日が嬉しいのだろう。暫しすると、神社の拝殿では厳粛な神前式が始まる時刻となる。


 まずは2人の結婚を告げる雅楽が境内に響く中、斎主が先頭となり、「参進の儀」が執り行われる。俺はカメラのレンズを音を立てぬよう注意して、その行列に向けていた。


 巫女の案内で新郎新婦の登場となる。紋付き袴の自慢げな新郎狸、若い神職が持つ大きな赤い番傘で覆われ、綿帽子を被る白無垢姿の新婦狐。

 まるで、昔に見た絵本のワンシーン。縁起の良いと云われる「狐の嫁入り」周囲には高校球児時代の仲間たちも集まり、ヒューヒューと声援が送られる。


 九州の田舎町の結婚式では夫婦舟を初めとして、今日でも同じような光景に出くわすことが多い。どこかほのぼのとしており、ロマンと夢のある嫁入り姿である。

 太鼓腹の狸と比べて、真っ直ぐ前を向き、ツンと澄まし、一歩一歩おしとやかに歩く狐姿の新婦に見惚れてしまう。


 続いて、両家の親、大勢の親族たちが拝殿への白砂を踏みしめてゆく。その先頭には車椅子の母親もいる。双子の赤ん坊は泣かぬよう新婦の家族があやしてくれている。

 ここでも、彼女はカメラマン役の俺に笑顔で一礼してくれた。皆が列を作る姿は厳粛な空気が漂うがとても良い景色である。

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