第37話 嬉しい知らせ


「師走」とは、昔の人が上手いことを言ったもんだ。それは人々が木枯らし吹く冬の寒さを避ける如く小走りで通り過ぎ、早くもお正月を迎えてしまう。


 俺はひとり寂しく東京に残り、沙織と会えることを祈っていた。


 今年の正月も薄汚く狭いアパートで、いつもと同じお屠蘇とそもない侘しいものとなる。里帰りすれば良かったのに囁くもうひとりの自分が傍にいた。


 きっと、今頃、ふるさとの実家は、熊本ならではのおせち料理が食卓を賑わしているはずである。母親が作る辛子蓮根と馬肉料理、芋きんとんが食べたくなる。


 ああ……仕方ねぇ。

 自分がいけないのは分かっていた。


 元旦早々からコンビニ弁当を買いに行く。なんと、製造年月日は大晦日のものだった。よりによってついてない。

 帰りに胸騒ぎがして、アパートの玄関口にある郵便受けに立ち寄ってみる。ああいっぱいや。沢山のチラシがたまっている。けれど、中を覗くと、良い知らせが入っていた。────────


 今どき珍しい年賀状が1通届いていた。


 なんと送り主は、旧友の正人だ。

 このところご無沙汰しているが、一番仲の良い親友。彼は高校球児時代のキャッチャーである。


 年始の挨拶なのに、ちゃっかり阿蘇山の朝日に寿のスタンプが押され、その下に双子の赤ん坊を抱く夫婦の写真が見受けられる。


「家族が増えました」


 なんじゃこれ!

 結婚式していないのに……

 いっぺんに2人もだと。美人の奥様を含めると3人。思わず笑ってしまう。


 いずれも女の子であろうか?

 他人事ながら、少しだけ気になる。

 奥さんに似てとても可愛い顔をしている。


 この野郎、上手いことやりやがって!

 若干21歳で、もう、2人娘のパパか。

 羨ましくて仕方がない。


「浩介には、もう招待状は送りませんから。推して知るべし……」と、パソコンで文字が添えてある。何やらいっぱい書いてある。


 これは、手作りの結婚の挨拶状だった。



 披露宴は3月25日の午後3時から。その日和は、例年、熊本一番大木の「阿蘇一心行ざくら」が咲くと云われる大安吉日。

 その会場は、正人の家業となる旅館のお座敷と広間を使ってやるという。その日は一般の宿泊客をなしにして、遠方から来る来賓たちを泊めると聞く。


 おおー。なかなか粋なことやるじゃないか! こうした無駄な金をかけない結婚式は田舎らしくて素晴らしい。


 事前に隣町の神社で執り行われる、三三九度の式へ出席の為に、飛行機で一刻も早く熊本に来るようにと書かれていた。新婦も一緒にいれて、披露宴の段取りも打ち合わせしたいという。


 〈追 伸〉

 我が家の披露宴で一発芸をやってや。よろしく。楽しみにしとるでぇ。

 当日の来賓はかつて知ったる顔ぶればかり。だから、遠慮せずに場を盛り上げてくれと注意書きまで添えてある。どこまでも、贅沢で幸せな奴らだ。けれど、嬉しい便りが届き、久しぶりに心が弾む思いがしてきた。

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