第22話 不思議な見合い


 暑い夏なのに、典子は和装を着ていた。


 裏庭に出ると、青もみじの合間から木漏れ日が足元を照らして、涼し気な雰囲気が漂ってくる。女性の着る和装には紫色の朝顔が描かれており、上品な顔立ちにとても良く似合っている。ベンチに腰掛け、廻りにひと気のないことを確認して口を開く。


「典子、綺麗になったなあ……。久しぶりに会って見違えてしまったよ」


「ご無沙汰やん。ありがとう。嬉しいと言いたいところだけど、お見合いの件で言いたいことがあったら、お先にどうぞ」

 典子から意外な返事が戻されてくる。


「実のところ、このお見合いは……」


 何と言おうか、俺はまだ迷っている。典子の眉間に皺が寄るのに気づく。その時、彼女の口からさらにビックリすることを聞かされてしまう。


「断ってくれますか? このお見合い」

「えっ?どうして!」


「それで全部がまるく収まるから」


 断るのは良いが、典子が言いたいことが分からない。まるく収まるとはいったい何だろうか? 一瞬考えてしまう。


「浩介さんだから、見合いを引き受けたの。父親にうそ偽り言って……」

「偽り? お父さんに?」


「ええ、そうや。籠の鳥みたいな束縛が強くて父親から逃げたかった。お見合いさえすれば、断られても東京に行かせてくれると約束してくれたの」


「嘘だろう。優しそうな父親じゃないか」

「もう絶対に嫌い。世間体ばかり気にする父なんて最低」


 典子の父親は地元では名士で通り、手広く商売をする方だと聞く。


「母さんは別。だから、お見合い相手は断ってくれる人なら誰でも良かったの」


 随分と厳しい言葉に聞こえてくる。彼女の話によれば、お見合いには3人の候補者がいたらしい。


 父親は娘の年齢、容姿端麗なことからして、お見合いを断る男はいないと考えていたという。共通するのは熊本に住んでいるということになる。彼女はさらに父親のことを罵ってきた。


「自分の身内だからあまり汚いことは言いたくないけど、父は卑怯もの」


 俺が長男だから熊本へ戻るものと考えたそうだ。ひと言でいえば、典子の目的の為に、『ダシ』に使われたという訳になる 。


「ごめんなさい」


 きっと悪いと思ったのだろう。

典子は頭を垂れてくる。その言葉に複雑な境地となる。


「構わん。俺も同じようなものだから」


 彼女の方がよっぽど正直である。俺も初めから断るつもりであったのだから。ただ、互いに断る前提の不思議なお見合いがそこにあったということ。


 世の中とは公平なものだ。恋の神さまがしっかりと見ていらっしゃる。こんなとこで神さまからしっぺ返しを受けていた。


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