第15話 最後の語らい…


「このシチュー、すごく美味しい」

「正解だ。お肉も柔らかいしね。ところで、沙織さんはいつまで熊本にいるの?」


「もう、さん付けはなし。年下なんだから、沙織で良いよ」


 彼女は専門学校もお休みとなりお盆まで実家にとどまるという。今朝の女性の胸元からは赤いリボンが消えているのに気づく。


 そうだった……。 沙織は元カレとのお別れ会に来たのだ。恋などしている余裕はないはず。けれど、もう、その表情には翳りは見られない。


 熊本にいる間に何処かで会おうよ。

 友人として。それとも……。

 言っちゃえば良いのに。

 そう言葉が喉元まで出かかるが

 いえない


 実家まで帰る方向は同じだが、父親が熊本駅に車で迎えに来ているという。まさか、一緒に送ってもらう訳にもいかない。

そんな時に、女性から思いがけない言葉が届いてきた。


「ひとり旅だと思っていたのに、とても、楽しい時間を過ごせました。浩介さん、ありがとう。この世に神様がいるなら、またきっと会えるよね。わたしも夢をもう一度追いかけてみます」


 沙織は照れもせず、少しだけ畏まって一気に話してくる。そういえば彼女の夢は可愛いものだった。動物園や水族館のスタッフ。理想はペンギンの動物飼育員である。


 まさか、女性からこんな事を先に言われるとは思いも寄らなかった。さらに忘れないような言葉が続く。


「旅行カバンのポケット、熊本に着いた後で見てね」


 沙織は言い終わると笑みを浮かべる。

 精一杯の照れ笑いだろうか? そんな気がした。


 時間が過ぎるのを車窓からの景色をのんびりと眺めている。俺は敢えて取り留めのない話をする。それは若者ならではの寂しさを紛らわす為の仕業であったのかも知れない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る