第16話 別離の朝


「高校の野球部だったの」


「ああー投手。甲子園を目指すエースだ」


「へぇー凄いね。何でやめたの?」



「予選でへとへとになり打たれた。夢破れて山河ありかなあ……」


「カッコつけちゃって。甲子園かぁ。でも、夢があるなあ……」


 いよいよ本州からの九州へのトンネルに入ってゆく。


 それは、関門トンネルだ。



 暗闇を抜けると青空の門司港が見える。

周囲にはレトロな建物がちらほら目につく。


 時刻は午前9時。あとひと頑張りで博多駅に到着する。駅周辺の高層ビルが目に入ると、荷物を抱え下車口へ向かう乗客がかなり目立ってくる。3年ぶりに見る福岡の街は大きく変わっていた。


「浩介さん、もうすぐ、有明海だ」

「そうや。早いなあ……」


「わたし、長崎の街並みが一番好き」

「沙織、どうして?」


「ランタンが沢山飾られるの」


 沙織は冬空に開催されるフェスティバルを自慢気に話してくる。あと2時間あまりで熊本駅に着いてしまう。


 次第に寂しさが募ってくる。


 のどかな田園風景を見ながら口数は減ってゆく。彼女へ言うべきことは沢山あるはずなのに……。言葉が思いつかない。


 大牟田の駅を過ぎるといよいよカウントダウンが始まる。次は2人の終着駅、40分で着いてしまう。重苦しい空気が襲ってくる。



「今日もJR線寝台特急銀河をご利用いただきましてありがとうございました。あと5分のご乗車でこの列車の終点の熊本駅です。お出口は向かって左側、7番線ホームに着きます。お客さまに関しましてはお忘れ物などないようご確認ください。続いて、乗り換えのご案内を致します……」


 車掌からのアナウンスが流れると、彼女は手荷物を片付けてひと言残して足早に下車口へ駆けてゆく。


「浩介さん、ありがとう。笑って、グッドバイ。ペンギンさん」


 憎いことを言いやがる。こんなに涙を感じるのは初めてだ。

これって、何だろう? 泡沫の如く消えてしまう恋じゃなかったのか。


 遠ざかっていく沙織の眼差しにも涙がたくさん光っているように感じられる。

彼女はホームへ先に下り、膝を曲げたまま両腕を垂らし、ペンギンのマネして歩く。


 途中で振り返り、俺に向かって手を振ってくる。俺は廻りも気にせず、「 沙織 」と大きな声で叫んでいた。

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