第14話 一夜限りの恋


 翌朝は早くから目が覚めてしまう。


 まもなく午前7時。彼女と一緒になってから13時間。次は山口県の徳山駅と示している。夢の中にいる間に寝台列車は中国地方まで来ていた。


 上のベットの沙織はまだ寝ているようだ。


 いつの間にか、真向いの上下2段のベットもいっぱいになっている。きっと、深夜の大阪辺りで乗り込んできたのだろう。窓のカーテンを少し開けると、天気は良いようだ。


「沙織さん、起きて」


 俺は、安らかな寝息の彼女を静かな声で起こす。ひと時待つと寝起きのまま無邪気な姿が現れてくる。


「ああ……よく寝ちゃった」

「もう直ぐ、徳山だ」


「本当だ、瀬戸内海が見える」

「よく晴れている。真っ青や」



 そこには昨夜のことを全て忘れたかのような屈託のない笑顔の女性がいる。カーテンの隙間から一筋の光が差し込み、逆に彼女の素顔を晒してしまう。


 でも、その姿はとても可愛い。

廻りに迷惑をかけないよう誘ってみる。


「朝ごはんだけでも、一緒に食べようよ」

「そうだね。ちょっとだけ、待ってね」


 沙織も笑顔を返してくる。


 終着駅となる熊本駅に着くのは12時半ごろ。残りはあと5時間。時間というものは無常なものだ。彼女とこうして一緒にいられるのもわずかとなる。最後ぐらい、笑顔で元気に見送ってやりたかった。


 ふと昔に観た映画、『一夜限りの恋』のワンシーンを思い出す。


 夏のアバンチュールをカリブ海でのんびりと過ごす若い男女。あの日も眩しい陽射しがヨットの甲板を照らす夏だった記憶が残っている。


 俺たちはまだ何にも始まっていない。


 それなのに可笑しなものだ。


 沙織は化粧室で薄化粧をしてくる

 さらに一層可愛い女性になっていた。


 本当は別れたくはない。

 でも、このまま別れてしまうのだろうか。


 そんな戯れを心配するもうひとりの自分がそばにいる。旅先では気持ちが高揚してひと恋しくなるという。だから、それは泡沫の恋だとも聞く。


 俺は1週間ぐらいは実家に滞在する予定となっていた。本気で会おうと思えばいつでも会えるはずだ。でも、彼女がこの先どう考えいるかは理解できない。なにぶん、昨夜に会ったばかりなのだから……


「お待たせ。ちょっとだけ、贅沢しない」

「贅沢って?」


「歩いていたらね。食堂車が見えて」

「グッドアイデア。早く行こう」

 

 運よく席が空いていた。


 2人は仲良くゴージャスな席に着くと、カレーライスではなく、貧乏学生にしては贅沢な朝食を注文する。もちろんのこと、沙織との『最後の晩餐ばんさん』なんて言うつもりはなかった。

 和牛のビーフシチュー。パン、 サラダ、 珈琲付で1600円。


 2人は恋人でもないのに……

廻りの年配客たちから興味本位の視線が注がれる。

「お似合いかも…」とひそひそ話が耳に届く。


 でも、気になどしてはいられない。

食事を終えて珈琲を飲みながら、今日からの予定を語り合った。

 

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