第11話 年配のご夫婦



「沙織さん。ほらぁ、富士山」


 時計を見ると、20時過ぎになる。列車が幅広い富士川の鉄橋をゴトンゴトンと渡ってゆくと右手に夜の優雅で美しき富士山が見えてくる。街並みの明かりに照らされ、山裾が少しだけ青白く輝いている。


「本当に綺麗だね」


 彼女もその景色に見惚れていた。

ブルートレインは明かりを落とし走ってゆくので夜景が鮮やかだ。


 その時、隣のご夫婦からとても愉快な話が伝わってくる。


「ありゃ、富士さん。ゆっくり見えて良いなあ……。新幹線なら一瞬のビューで消えてしまう。風情あるものはゆっくりと静かに楽しむものだ」


「お父さん、声が大きいですよ」


 女性は恥ずかしそうに「シー」と人差し指を口の前に立てたが、日本酒を片手にしたほろ酔い加減の旦那さんは怪訝けげんそうに言葉を続けてくる。


「ここから眺める景色を何度お前と眺めたのだろうか。毎年、夏にやって来た。来年はもう観れなくなってしまう」


「逆らうこと出来ない時代のながれ。仕方ないじゃないですか。もうすぐ新幹線が九州全体に走るのだから。お酒はほどほどにしてください」


「いやぁーあかん。慌ただしく変化する世の中だからこそ、ゆっくりとした旅をしたいものだ」


「本当にいつまでも頑固者で仕方ないのだから。もう歳なのだからまるくなって」


「シウマイでも、一緒に食べようかのう。○陽軒を買ってきてくれ」

「お父さんたら、ごまかして」


 奥さんは俺たちに頭を下げて横浜名物のシウマイを買いに売店へ向かった。でも、そこには仲の良い夫婦ならではの笑顔がある。


 沙織はその一見好き勝手な男の会話を耳にしながら、口を手で押さえ小声で言葉を漏らしてくる。


「羨ましいご夫婦、幾つになっても仲良く旅が出来るなんて。何でも自由に言い合えて良いなあ……」

 

 俺は黙ってその言葉にうなずいていた。

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