第12話 不知火伝説

 

 彼女の実家は、俺と同じ熊本だ。しかも、隣町。まさに、奇遇と言って良い。


 遠い昔に実妹と一緒に遊びに行った「不知火ふしらびまつり」を思い出してしまう。


 沙織の実家近くの港で行われ、松明行列や水中花火が打ち上げられるとても盛大なもの。おそらくは彼女も幼い頃から何度も行ったはずである。


 少しずつ記憶がよみがえってくる。

 

 『不知火の龍神伝説』が語り継がれているのを遠い昔に父親から聞いている。幼心にはとても神秘的な話しだった。


 九州には台風が多い。海が荒れる中、自然現象となる蜃気楼しんきろうの暗闇となり漁民たちは立ち往生してしまう。突然、火の神「不知火」が現れて、さまよう船の羅針盤、道しるべの役割を果たしたという。



「ビックリしたよ。なら、不知火の龍神伝説って知ってる?」


 ところが、その言葉に沙織は急に顔色を変えて涙を浮かべてゆく。押し黙ったまま、言葉が出てこない。


「何か、俺、余計なことを言ったかい」


 彼女は涙をぬぐうと、首を振る。


「実は………。明朝、その海で亡くなった元カレの三回忌に行くの」


「えっ、そうだったのか」


「いくら人命救助で表彰されても、自分が死んじゃったらどうしようもないじゃん。酷いはなし」


 俺はそれ以上言葉にならない。それなのに沙織は会ったばかりの旅人の俺に忌憚なく全てを話してくれた。


 彼女の彼氏は二年前の夏にこの海へ都会から遊びに来て離岸流で沖へ流された子供を自ら助けようとして亡くなっていたと知る。


 父親の教えに従い5歳上で漁師をしており、泳ぎには自信があったという。


 海が荒れる中、廻りの皆が止めるのを振り切って岸辺からひとり飛び込んで帰らぬ人になったと話してくれた。


 沙織はあまりにも辛くてふるさとの海を離れて、叔母の住む横浜へ行ったと聞く。その眼差しには苦渋の涙があふれていた。

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