第37話 恋人ごっこの終わり

「パパ。はい、あーん」


 ケーキが乗っかったフォークを差し出される。


 俺は一口で食べた。


「美味しい」


「ふふ、よかったです。炭酸ジュースもありますよ」


「頂こうかな」


「注いであげますね」


「ありがとう」


 まるで仲良し親子のように食事を楽しむ。


 蛍ちゃんとドレス会を楽しんでいた。


「パパ、少し汗かいちゃいました」


「たくさん踊ったからね」


「なので、少し外に出ませんか」


「いいとも」


 大ホールの横にはバラ園と噴水がある。


 月夜の庭は、幻想的に見えた。


 たくさんの人たちの声から遠ざかる。


「楽しいです。とっても」


「俺もだ」


「この学校にきて、こんな気持ちになったの初めてです」


「うん」


「育滝さんがいてくれたから、です」


「……うん」


「ねえ、付き合った日に話したこと、覚えていますか」


 俺はこくりと頷く。


「蛍ちゃんが、俺と、パパと同じようなことしたいって話かな」


「……はい」


 蛍ちゃんは、顔を赤くし、下を向く。


「……」


「……」


 隣同士、並んで立っている。


 沈黙。


「……」


「……」


 みんなホールに集まっている。


 ここにいるのは二人だけ。


 永遠のような一瞬。


「……えい」


 俺は蛍ちゃんに何をされたのか、気づかなかった。


 ちゅ、と頬を口づけされたのだ。


「これはその……わたしがパパにしたかった、キスです」


 俺は静かに傾聴する。


「もう、これで恋人ごっこはおしまいです。

 夢のようで、とっても楽しかったです。

 これからは……」


 キラキラと輝く瞳は、間違いなく俺を見つめていた。


「見た夢よりも、もっとその先のことをしたいです。

 大好きです。その先まで、ずっと一緒にいてください」


 俺は蛍ちゃんの手を取る。


「ずっと一緒にいる。

 例え大人になっても、お婆ちゃんになっても一緒だ」


 顔を近づける。


 初めての口づけだ。


 そして深く抱き合う。


 柔らかい唇に、肉体の感触。


 一生、このままでいい。


 そんな言葉が脳裏に浮かぶ。


 呼吸が苦しくなる寸前でお互いに離れる。


「そろそろ、部屋に向かうかい」


「はい」


 俺たちは、もう結ばれていた。


 心と心が通じ合う幸せを噛み締めながら、会場を後にするのだった。

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