第30話 蛍ちゃんの男装

「おぉ、このサンドイッチとっても美味しい」


「ふふ、ありがとうございます」


 ウエイトレスの蛍ちゃんといちゃいちゃしながら、サンドイッチを食べる。


 美々杏は忌々しそうに、俺たち二人を見ていた。


「ふん、お前らもうこの店から出さないからな。一生この店でこき使ってやる」


 なんだか子供のような意地悪である。


 まあ実際に子供なのだが。


「……育滝さん」


 小声で耳打ちされる。


「……うん。作戦開始だね」


 俺たちはもともと、この喫茶店の運営なんてどうでもよかったのだ。


 午前中は働いたのだから、午後は蛍ちゃんと共に逃げ去り、文化祭デートを楽しむ。


 それが今日の目的だ。


「あぁ!」


 俺はコップの水を、蛍ちゃんのスカートにぶちまける。


「す、すみません!」


 まあ及第点の演技だった。


「いえいえ、大丈夫ですよ!」


 俺はハンカチを取り出し、蛍ちゃんのスカートに押し当てる。


 こっそり、太ももの感触を味わう。


 もちもちしてた。


「ハンカチじゃ足りないみたいです。掃除道具入れの所まで行きますね」


「俺もついていきます!」


「お願いします」


 そそくさと、俺と蛍ちゃんは掃除道具入れ、つまり女子トイレに入っていった。


 美々杏からの指摘は無かった。


***


 女子トイレの個室の中、俺と蛍ちゃんの二人きりになる。


「ここまではうまくいきましたね」


「ここからだね」


 俺は、カバンから、服を一式取り出す。


「着替えますので、あっち向いててください」


 俺は後ろを向く。


 服を脱ぐ音が聞こえる。


「言いそびれたけど、ウエイトレス姿、とっても可愛かったよ」


「い、今更言わないでください……!」


 照れくさそうにしていた。


「あ、あれ……? チャックが届かない」


 どうやら背中のチャックに苦戦してるようだ。


「手伝おうか?」


「すみません。お願いします」


 俺は振り向く。


 背中を向ける蛍ちゃんがいた。


 チャックは、首筋にあった。


 じじじ、と下す。


 綺麗な背中が丸見えになる。


 そして、ブラジャーの後ろの紐が見えた。


 白だった。


「ありがとうございます」


「——ああ、後ろ向くね」


「お願いします」


 色々見えてドキドキする。


 俺の背中では、蛍ちゃんが着替えている。


 感動ものだった。


「大丈夫です」


 俺は振り向くと、男装した蛍ちゃんがいた。


「似合ってますかね……?」


 男っぽいパーカーに、ジーパン。


 髪の毛は帽子で隠している。


 胸はもともと小さいので、目立たない。


「似合ってる」


「ほんとですか?」


「むしろ、美少年に見える」


「いやいや、そんなわけないじゃないですか」


 割とマジだった。


 イケメンというより、美少年。


 服装が結果的に、顔立ちの良さをとても目立たせていた。


 なおかつ、蛍ちゃんとは気づかれないくらい、男性的に見える。


「行ける。あとは声とか口調とか何とかすれば行ける」


「口調ですか……あ……、あ、あ、……。おほん」


 キリっとした表情で、蛍ちゃんは言った。


「これでどうだい?」


 いい感じに低い声だ。


 俺の心の中の乙女が目覚める。


「きゃ! イケボ!」


「育滝さんの女声は下手ですね……」


「元の声になってるよ」


「ふん、止めてくれ、へたくそだ」


 多分俺が女だったら、間違いなく眼をハートにしていただろう。


「よし、これで喫茶店から脱出だ」


「ああ、もうこんなところは懲り懲りだ。

 ……行きましょう、育滝——」


 最高に、呼び捨てが決まっていた。


 蛍ちゃんはノリノリで男装を楽しんでるようだった。


 そんなノリで、脱出するのだった。



————

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