第16話 膝枕

「うぅ……気持ち悪い……」


 電車に揺られている俺は、あまりいい調子ではなかった。


 乗り物酔いである。


 朝食を少し食べすぎたせいだ。


(とはいえ、蛍ちゃんに会いたい。一日だって欠かさずに)


 そして蛍ちゃんの駅に着く。


「おはようございます」


 蛍ちゃんが来た。


「お……おはよう……!」


 何とかテンションを上げて、ごまかす。


「……」


 蛍ちゃんが不思議な目で見つめてくる。


「……なんだか顔色悪くないですか?」


「——い、いやそんなことは、うっぷ」


 ごまかそうとしたが、つい、口元を抑える。


「気分が悪いんですね」


 もう正直に白状することにした。


「うん……電車に酔った……」


「そうなんですね……ええと、座る場所は……」


 電車を見回すが、空いてる席などない。


「……やるしかない」


 蛍ちゃんは小さくつぶやく。


 そして、なんと優先席に座っていた女性に話しかけた。


「——あの、すみません」


「はい?」


「連れが乗り物酔いになってしまったので……」


「ああ! いいですよ!」


 すると快く席を譲ってくれた。


「ありがとうございます」


 蛍ちゃんは嬉しそうにお礼を言う。


 俺は内心驚いていた。


(蛍ちゃんはちゃんと知らない人にもお願い出来るんだ)


 俺もすかさずお礼を言う。


「すみません。ありがとうございます」


「いえいえ、いいのよ」


 譲ってくれた女性に感謝しつつ、席に座る。


「わたしと一緒に駅で降りましょう」


「でも、会社が……」


「会社よりも、体のほうが大事ですよ」


 俺はコクリとうなずく。


 そして、会社に遅刻する旨の連絡をした。


 やるべきことが終わる。


 駅に着くまで、まだ時間がある。


「もう寝ちゃってください。着いたら起こしますので」


 俺は重い瞼を閉じる。


「可愛い寝顔……」


 かすかに声が聞こえるが、そのまま眠りについた。


***


 それからしばらくして——


 蛍ちゃんは俺の肩をぽんぽんと叩く。


「そろそろですよ」


「ああ、もうそんな時間」


 一瞬で時間が過ぎ去る。


 この駅は、いつも蛍ちゃんが下りる駅だ。


 蛍ちゃんは俺の体を支えながら、一緒に降りる。


「トイレはここです」


「蛍ちゃん、本当にありがとう」


 そして俺は、すぐさまトイレに駆け込んだのだった。


***


 出すものを出した俺は、トイレから出た。


 電車のホームに出る。


「もう大丈夫ですか?」


「え、蛍ちゃん!?」


 俺はてっきりもう学校に行ったものとばかり思っていた。


「学校は、30分ぐらいならゆっくりしてても間に合いますので。

 それよりもう調子はいいんですか?」


「ああ、辛くはなくなったよ」


「よかったです」


「本当にありがとう。感謝してるよ」


「……どういたしまして」


 二人きりである。


 ここから乗る人は少ないのか、二人きりの状態だった。


「育滝さん、お茶飲みますか?」


 蛍ちゃんは水筒を手渡す。


 俺はちょうど喉が渇いていた。


「いただきます」


 そして俺は水筒に口をつけ、お茶を飲む。


 3,4口ぐらい飲んだ。


「ぷはぁ、ありがとう」


「どういたしまして……ちゃんと私の分を残してくれたんですね」


「もちろん。とてもおいしかったよ」


「ふふ、どういたしまして」


 正直、後で俺の飲みかけを蛍ちゃんが飲むことを想像したら、ドキドキする。


 ほんの少しの沈黙。


「次の電車は後30分だそうですよ」


「それじゃあつまり——」


「一緒に待ちませんか?」


「いいのかい?」


「はい」


 二人ベンチに座る。


 肩が触れ合う。


 温かい。


「……い、育滝さんは……膝枕ってどう思いますか……?」


「……」


 ……ん?


 理解が追い付かない。


 ひざまくら……


 あの……?


「……膝枕かぁ。一度はやってみたいよなぁ」


 小学生の頃、母に耳かきしてもらってからやったことは無い。


 正確には、AMSRで疑似体験は今でもするのだが。


「……育滝さんは病み上がりなので、特別ですよ」


 突然蛍ちゃんが言い出す。


 もしかして——


「膝枕、してみても……いいですよ?」


 俺はコクリとうなずいた。


 そして頭を横にして、蛍ちゃんの股に乗せる。


 温かくて、柔らかい。


 ぷにぷにしてる。


「よしよし……ふふ」


 俺が子供で、蛍ちゃんがママになった気分だ。


 天にも昇る心地である。


「わたしの膝の上で、ぐっすり休んでいいですよ。

 最初に会ってから、今日までのお礼です。

 電車が来るまでの短い間ですが、気持ちよくなってくださいね」


 俺は、蛍ちゃんに膝枕されながら、心地いい時間を過ごすのだった。

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