第6話 図書館へ(前編)

 図書館についたのは午前8時半。


 約束の30分前である。


「あ……」


 にも拘わらず、蛍ちゃんがいた。


「ごめん、待たせちゃった?」


「いえ、そんな。わたしも全然来たばかりなので」


「ものすごく早く着いたんだね」


「だって、なんだかソワソワしちゃって……」


「早めに来たのは正解だったね」


「いえいえ、ゆっくりしててもいいんですよ。わたし、待つの得意なので」


「待つのが得意?」


 蛍ちゃんは照れくさそうに話す。


「……例えば空想に耽ったりとかしますし」


「おお、どんな?」


「……内緒です」


 どんな内容なのかとても気になるが、まあ自分から踏み入らないようにしよう。


「それにしても図書館はまだ空いてないね」


「9時からですので……どうしますか?」


「飲み物でも買って、木陰で休もう」


「はい!」


 俺は自販機の前に立ち、SUICAを取り出す。


「何がいい?」


「大丈夫です。水筒を持ってきましたので」


「おお、準備良いね」


 まさかの想定外。


 仕方ないので、自分の分のお茶だけ買って鞄にしまう。


 そして二人でベンチに腰掛けた。


「……」


「……」


 蛍ちゃんの肩が、俺の肩と触れ合う。


 異性の少女の、その温もりに感じ入る。


(これが青春の味か)


 若返った気分に浸る。


「……」


 蛍ちゃんも静かにしているが、それとなく緊張してそうな様子だ。


 俺はとにかく言葉をかけた。


「なんかこう……」


「?」


「蛍ちゃんと、こうして言葉で話すのは、なんだか不思議な気持ちだね」


「あはは、確かにそうですね」


「あんな風に、文通でやり取りしてる方が珍しいよね」


「本当にそうですよね。

 わたし最初、あなたが口で話せない人なのかな? って思ってました」


「……へ?」


 衝撃の事実である。


「あ、でも、なんとなく雰囲気で察しましたよ! 多分違うなって……」


 彼女の思う通り、わざわざメモで意思疎通する人なんていたら、障がいを先に考えるだろう。


 盲点である。


「それに、わたしは文通、気に入ってますよ。

 口下手ですし……パパ以外の男の人とはあまり話したことないし……

 自分の気持ちに素直になれるので……」


 彼女の言葉を聞いて、俺は安心した。


 やっぱり間違ってなかったのだと。


「あ、そろそろ時間ですよ! 行きましょう」


 そして蛍ちゃんは、俺の手を引っ張った。


「——」


 俺と蛍ちゃんの手は、明らかにつながっていた。


 これはまさしくデートのようである。


「あ、あわわわあ」


 が、蛍ちゃんはすぐに手を放してしまった。


「これはその、あの、その」


 勢い任せにやった行為に、自分で動揺しているようだった。


 どうやら蛍ちゃんも、異性とお出かけという初めての経験に、緊張しているらしい。


 俺はデート初体験なので詳しくないが、【焦ったら負け】というのは理解してる。


 なら——


「ああ、行こうか」


 そういって、俺は蛍ちゃんの手を自分から握る。


「あ——」


 そう、こうやって大人の余裕を見せることこそが大切。


 初めてでもデート出来てるじゃん、俺——


「手が濡れてる……」


「…………」


 ごめんなさい。


 それは、緊張の手汗です——


「……俺、水属性だから」


「……ふふ、ポケモンみたいですね」


 どうやらゲーム系のネタは通用するようだ。


 こうして、くすくすと笑う蛍ちゃんとともに、図書館に入るのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る