第15話 彼女が可愛すぎたから

喫茶店で30分ほど過ごしてから、僕たちはホラー映画【スイートランド】を鑑賞した。

結果。開始から一〇分で、僕のキャパシティは限界を超えた。

そんな映画が90分以上。普通でいられるはずがない。

ショッピングモールを出て、バスで自宅付近まで移動し、あとは歩いて帰るだけという段階になっても、顔は青白いままだ。

バスの窓に映る自分の姿に、恐れおののいてしまったほどである。

あの三角でさえ、ふらつく僕を気づかう。


「本当に大丈夫なの?」

「よ、余裕……」


 サムズアップした己の手を見やれば、小刻みに震えている。

 三角が深々とため息を吐いた。


「だから、無理をするなと言ったのに……」

「……お前は、平気なのか?」

「当然でしょう。でなければ、わざわざ映画館で観ようと思わないわ」


平然とした様子の三角。虚勢ではなさそうだ。

多分、こいつと一緒にお化け屋敷に行っても、「きゃ~、こわ~い」なんて一言も言わないんだろうな。

それどころか、『あそこの作り込みが甘い』とか『あのキャストは下手だからクビにした方が良い』みたいな文句を延々と言いそう。

 そんな三角が、しかめっ面で質問してきた。


「どこまで付いてくるつもり?」

「家まで送る。もうすぐ夜だし」


 即答すると、三角の表情が硬くなる。


「私の住所を突き止めて、どうするつもり?」

「そういうつもりじゃねぇよ。純粋に、女子一人で帰るのは危ないと思ったんだ」

貴方あなたのような腰抜けが付いてきたとて、有事ゆうじの際に役立つとは思えないけれど」

「盾くらいにはなるだろ」


 通常時であれば言いづらい、少し恥ずかしい台詞。

 だが、今は恥ずかしがっている余裕もない。

 三角の様子を確認。表情から、僅かな羞恥が読み取れた。

 いつも傲慢で不遜な彼女が狼狽うろたえる姿は、見ていて愉快だ。

 ……僕も、三角に負けず劣らずの性悪しょうわるだな。

 動揺を抑え込んだのか、三角は咳払いして返す。


「わ、私は貴方に、何も期待しないわ。その代わり、私を盾にすることだけは止めなさい」

「どんだけ役立たずだと思ってんだよ」

「ミノムシにり負けるレベルの役立たずだと思っているわ」


 舐めすぎだろ……!


「見とけよ。何があろうと、誰が来ようと、絶対に守ってやる」


……今の、愛の告白っぽくなかった?

僕とは対照的に、三角の顔は赤く色づいている。


「そ、そんな歯の浮くような台詞、よく真顔で言えるわね。恥ずかしくないの? 死にたくならないの?」

「お前が言わせたんだよ」

責任転嫁せきにんてんかしないで。貴方が勝手に言ったのよ」

「お前が可愛すぎて、思わず口走っちまったんだよ」

「……ふぇっ!?」


 頓狂とんきょうな声を上げて、目を白黒させる三角。

 未だかつてないほど、顔は真っ赤だ。

 街路灯の白い光の下で、所在しょざいなげにたたずむ彼女は、死ぬほど可愛かった。

 ……流石に、恥ずかしくなってきたな。頭を掻きながら尋ねる。


「……って言ったら、怒る?」

「……し、死にかけの相手に怒るほど、落ちぶれてはいないわ」


 裏返った声で、三角は返事する。

 今、彼女が何を思っているのか。その心中をはかるのは難しい。

 ……ていうか、正直、羞恥しゅうちのあまり、三角の顔を見れない。

『可愛い』と、面と向かって言語化したのが、少々まずかったかもしれないな。

 その後、三角の自宅に到着するまで、ほとんど会話は無かった。


「つ、着いたわ」


 三角の自宅は、古風なデザインの一軒家だった。

 赤レンガの壁。いかめしい門扉もんぴ。ヨーロッパの邸宅を彷彿ほうふつとさせる外観がいかんで、かなり大きく、庭も広い。


 夜闇よやみの中にそびえ立つ姿は、荘厳そうごんかつ優雅ゆうがだった。

 圧倒される僕に向かって、三角は吐き捨てた。


「じ、ジロジロ見ないでくれる?」

「家の外観も、見ちゃ駄目なのか?」

「逆の立場で考えてみなさい。何となく、嫌でしょう?」


……確かに。不都合はないけど、何か嫌だな。

視線の行き場を失い、キョロキョロする僕に向けて、三角はぎこちなく手を挙げた。


「じゃ、じゃあ、おやすみなさい。送ってくれて、ありがとう」


どことなく、ロボットっぽい口調だ。


「お、おう。じゃあ、また明日」


 正直、少し安堵した。

 このまま、ずっとここにいると、また余計なことを口走りかねない。

 きびすを返し、三角邸から離れようとした時、


「待って」


 三角に呼び止められて振り返る。

 直後。彼女は下手投したてなげで、銀色に光る何かを、僕の方へ放った。

 かろうじて、受け取ることに成功。

 ……鍵か。

 あと、下手投げする際の所作が、意外と女性らしくて萌えた。

 そんな僕に、三角は明後日の方向を見ながら呟く。


「あ、姉の原付の鍵よ。貸してあげるから、それで帰りなさい」


 そういえば、喫茶店で、原付の免許証を見せたな。覚えていたのか。


「ありがたいけど、ヘルメットが」


僕が言い終わる前に、彼女は桜色のヘルメットを投げて寄越よこした。

どうにか受け取ったものの、易々やすやすと使うことは出来ない。


「いや、お姉さんのヘルメットを勝手に使うのは」

「それ、私の私物よ」

「……」


じゃあ、三角が許可すれば、使っても問題ないということか。

ヘルメットを観察していると、彼女は紅顔で睨めつけてきた。


「か、嗅いだら殺すわよ」

「嗅がねぇよ」


お前が言わなければ、意識しないで済んだかもしれないのに……。

ヘルメットをかぶり、原付を駆って、今度こそ三角邸を出発。

無保険で原付を運転していたことに気付いたのは、自宅に辿り着いた後だった。


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