第14話 彼女は何かと御託を並べる
翌日。
朝のHR前に、三角から呼び出しを受けて、僕は体育館裏へやって来た。
まさか、初めてのメッセージを、こんな形で受け取ることになるとは思わなかった。悲しいような、嬉しいような……。
彼女は既に体育館裏でスタンバイしていた。冷眼で僕を
「母に『あの男子は何者?』としつこく聞かれたわ」
「……」
「なぜ逃げたの? あんなことすれば、怪しまれることは自明の理でしょう」
「……ごめん。何か、テンパった」
「貴方のせいで、妙に勘繰られたわ。最悪よ」
流石に可哀想だと思ったのか、三角は小声で付け足した。
「ま、まぁ、運んでもらった恩もあるから、責めるのは止めておくけれど」
もう手遅れだろ。そこそこ責めたよ。
三角は咳払いする。
「もう一つ、話があるわ」
マジかよ。まだ文句あるのか?
気は進まないが、逃げることも出来ない。
「今日の放課後、映画を観に行こうと思っているの」
「そ、そうっすか」
ここから、どんな罵詈雑言へと繋がるのだろう。
心配は
「――貴方も、来る?」
「……えぇ!?」
驚愕する僕を見て、
「嫌なら良いのよ。無理強いはしないわ」
「ち、違う! 行きたい! ただ、ビックリしただけ! 何で!?」
慌てて訊くと、三角はそっぽを向いて呟く。
「昨日の
「いや、御礼って、ちょっと運んだだけだぞ。そんな大層な」
「あれの価値を決めるのは、運んでもらった私自身よ。貴方に口出しする権利は無いわ」
「……基本的に、物事の価値を決めるのは、サービスを提供する側だ」
「
議論は平行線を辿る。
「自分のチケット代は、自分で出す。ここは譲らないぞ」
「私はこれまで、何度も
「つっても、片手で数えられる程度だぞ」
「つまり、チケット代以上の恩恵を受けているわ」
「ていうか、お前、この間『慰謝料一〇〇万円を、一〇〇万円分の労働で清算しなさい』とか言ってたじゃねぇか。チケット代を奢られたら、また負債が増えるだろ」
「あれ、真に受けたの? 馬鹿なの?」
「ジョークだったら、もっと分かりやすくしろ。てか、ちゃんとネタバラシしろ」
……三角と対等に争っているということは、ひょっとして、僕も性格が悪いのか?
今に始まった話じゃないか。
「私、観たい映画があるの。チケット代を支払うことで、映画の選択権を得ようとしているのよ」
「……スイート・ランドか」
ファンシーな雰囲気と、グロテスクな描写が絶妙なバランスで調和した結果、独特の恐ろしさを作りあげているホラー映画。世界各国で、カルト的な人気を誇っているらしい。
こいつ、ああいうの、好きそうだもんなぁ……。怖いなぁ……。
本心をひた隠し、
「ちょうどいい。僕も観たいと思ってた映画だ。だから、わざわざ二人分のチケット代を支払って、映画の選択権をゲットする必要はない」
「……無理しない方が良いわよ?」
「し、してねぇよ」
努めて冷静を装った。バレてない。はず。
◇
その日の放課後。
僕たちは、路線バスで最寄りの映画館を訪れた。
ショッピングモールに設けられているタイプの映画館で、スクリーンは全部で15。
街中に行けば、もっと大規模な映画館もあるが、時間帯によっては混み合うので、僕としてはありがたかった。
ショッピングモールの正面入り口前で、三角は携帯電話を取り出す。
「上映開始まで、まだ30分以上あるわね」
「じゃあ、そこの喫茶店で休憩してから行こうぜ。ドリンクチケット持ってるから、奢るぞ」
僕が指し示したのは、モールの入り口近くに店を構える、某コーヒーチェーンだ。
三角は鼻を鳴らす。
「喫茶店のドリンクチケットを常備している高校生、初めて見たわ」
「喫茶店、よく来るから、目ぼしいチェーン店のドリンクチケットは割と持ってるんだ」
「ふぅん、裕福なのね」
「そんなことねぇよ。長期休みの
親からは『バイトで貰った給料は、自由に使っていい』言われているから、高校生にしてはリッチな生活を送っているかもしれない。
それでも、三角には負けるだろうけど。
「どっちかって言うと、お前の方が裕福だろ。親、医師と弁護士だっけ?」
何気ない質問。だったのだが、三角は半眼を向けてきた。
「調べたの? きも」
「そういう噂を聞いたんだよ」
「本当に? 怪しいわね」
お願いだから、少しは信用してくれ。割と誠実な態度で接しているつもりだぞ。
入店し、手近な席へ腰かける。すぐに店員さんが注文を聞きに来た。
「えーっと、アイスコーヒー一つ」
「それと、アイスティーをお願いします」
あとは、どうしようかな。
「三角、何か食べるか?」
「結構よ。私、一日に摂取するカロリーが一定以下になるよう、調整しているから」
「なるほど。じゃあ、ストロベリードーナツ一つ」
軽く会釈して、店員が厨房へ。
「お前、こういう時、高い商品は頼まないよな」
「……今後、万が一にも高額商品を頼まれないようにするための
「ちげぇよ」
苦笑しながら続ける。
「別に頼んでもいいぜ。この間、臨時収入があったんだ」
「何を転売したの?」
「決めつけるな」
誤解を解くため、事情説明。
「親父に頼まれて、倉庫の整理してたら、棚の中から五千円札が出てきたんだ。で、親父に見せたら、あげるって言われた」
財布の中から、丁寧に畳まれた五千円札を取り出して見せる。中指と人差し指で挟むとバトル漫画の呪符を使うキャラになったみたいで楽しい。
三角が何の気なしに呟く。
「原付の免許、持ってるのね」
「中学の時、新聞配達のバイトしてたから」
「……ふと思ったのだけれど、数あるアルバイトの一種でしかないのに、『新聞配達をしている』と言うだけで、勤労意欲の高い若者という印象を他者に植え付けることができるわね。それを見越していたの?」
「そんな訳ねぇだろ」
まぁ、言わんとすることは分かるけどさ。
益体もないことを話していると、店員さんが飲み物とドーナツを持ってきた。
三角の前にアイスティーが、僕の前にアイスコーヒーとドーナツが置かれる。
密度のあるケーキ生地のドーナツが、ストロベリーチョコレートでコーティングされており、その上には、ナッツがまぶしてある。
大きさは、手の平をはみ出さない程度。
小食の僕からすると、このサイズ感がちょうどいい。
添えられたフォークで、一口サイズに切って、口内へ放り込む。
しっとりとした食感。滑らかな舌触り。爽やかな甘み。ローストナッツの香ばしさ。
全ての要素が、互いの魅力を最大限まで引き上げている。
そんなドーナツに、三角は物欲しそうな眼差しを向けている。
僕は尋ねた。
「小さめのドーナツ半分だけ食べて、夕食を減らせば、帳尻合わせできるんじゃね?」
「……貴方にしては、
何様だよ。
心中で愚痴りながら、フォークで、小皿の上のドーナツを切り分ける。
「ほい、どうぞ」
最後にフォークを添えて、小皿を三角の方へ。
しかし、彼女は動こうとしない。神妙な面持ちで、皿をじっと見つめている。
ほんの少し、その頬が朱に染まった気がした。
見かねて訊く。
「食べないのか?」
「た、食べるわよ。急かさないで」
不満げに言いながら、三角はフォークを使って、ドーナツを行儀よく口へ運んだ。
「どうだ?」
「お、美味しいわ。……ありがとう」
『ありがとう』と言われただけなのに、感動してしまう。最近、いつも三角と一緒にいるから、感覚がおかしくなっているのだ。
彼女は、素早くドーナツを食べて、皿を僕の方へ戻した。もっと味わって食べればいいのに。
「これ、返すわ」
「おう、サンキュ…………」
遅まきながら気づく。
――このフォーク、そのまま使ったら、間接キスじゃね?
しまった。三角に、僕のフォークを使わせてしまった。
同時に、不思議だった。
なぜ三角は、僕に文句を言わないのだろう。失念しているのか?
であれば、わざわざ口にして、事を荒立てる必要はない……かな?
「食べないの?」
「た、食べるよ。急かすな」
反射的に、フォークを用い、ドーナツを口へと運ぶ。
……さっきより甘く感じた。
なんて言ったら、三角は
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