第10話 彼女は動揺のあまり、キモムーブする


――ビルの壁際で、カップルと思わしき男女が、キスしていた。



しかも、フレンチじゃない方のやつ。

でもって、二人とも制服。高校生だ。

この距離で目の当たりにしてしまうと、引き返すことも出来ない。

何事もなかったかのように、絡み合うカップルの真横を通過。

不思議と、示し合わせたかのように、歩行スピードが三角と一致した。

路地裏を抜けて、活気のある大通りへ。

だが、その後も会話は無い。不自然な沈黙が続く。


「「……」」


き、気まずい!

三角、頼む。悪口でも良いから、何か適当に喋ってくれ。

祈りながら、三角の様子を確認。

……熟れたリンゴみたく、顔を真っ赤に染めた三角がそこにいた。

歩みは異常にぎこちない。視線は、四方八方へ泳ぎ回っている。

こいつ、照れると、露骨に出てしまうタイプなのか。意外だ。

……先日の、ファミレスでの、奈々と三角のやり取りを思い出す。

あの時、三角は今みたいに、分かりやすく照れていたのか?

『阪柳城一郎と付き合っているのか?』という問いで、赤面するほど動揺したのか?

やべぇ、何かドギマギする。悔しい。

歯噛みしていると、三角が裏返った声で言った。


「……き、キス、していたわね」

「……は?」


急にどうした? 驚きのあまり、三角の顔を凝視してしまう。

どれだけ待っても、彼女は声を発さない。口を引き結び、赤い顔を伏せてしまった。

……あれか。気にしていない風を装おうとして、大失敗したパターンのやつか。

 左斜め下へ顔を向けたまま、三角は僕に尋ねる。


「あ、あれ、不純異性交遊の現行犯よね? つつつ通報した方がいいかしら?」

「止めろ。落ち着け」


我々の前で、明確に一線を越えていたわけではない。証拠不十分だ。

……今夜中に超えそうな勢いだったけど。

自分でも赤面しているという自覚があるのか、三角はいつまでも顔を上げようとしない。

そのせいで、まともに前を見て歩けていない。歩きスマホより危険な状態だ。

見かねて提案した。


「ちょっと休憩してくか?」


下を向いたまま、薄桃色の耳だけをぴくつかせた三角が、低い声で吐き捨てる。


「……最低」

「何でだよ」


……ひょっとして、休憩という単語から、卑猥な施設を連想したのか?

だとしたら、お前の想像力がたくましいだけだろ。僕に非はない。多分。

責任逃れのための理論武装を強化しながら、近場の公園へ。

背もたれの付いた、木製ベンチに腰を下ろした。

園内に設置された自販機で、ペットボトルの飲料水を購入。三角に渡す。


「要らなかったら、持って帰れ」

「……ありがとう」


珍しく、素直に謝辞しゃじを述べる三角。弱ってるのか?

心配していると、彼女はペットボトルをすがめ見ながら呟く。


「変な薬、入れていないでしょうね?」

「変な薬ってなんだよ」

情欲じょうよくあおる薬よ。バナー広告に、よく表示されるでしょう?」

「……なるほど」


 僕は優しい嘘を吐いた。

 本当のことを言うと、あの手の広告は、ユーザーによって変わる。

 全員が同じ広告を見ているわけではない。

 ネット経由で寄付を沢山する人のデバイスには、『今この瞬間も苦しんでいる人がいます』みたいな寄付を募る広告が表示されやすくなるし、エロいことばっかり調べてる人のデバイスには、エロいコンテンツの広告が表示されやすくなる。

三角よ。つまりは、そういうことだ。

てか、あの手の薬、どこに売ってるんだよ。いや、使いたい訳じゃないけどさ。

……アマゾンで買えるのか?

入手方法について、熟考する僕に、三角が聞いてきた。


「……興味、ある?」

「さっき言ってた、変な薬の話か?」

「違うわよ」


 呆れ交じりの返答。

 じゃあ、何の話だ? 視線で尋ねた途端、また頬を染める三角。


「……き、キスよ」


 切れ長の目と、尖らせた口元から、『言わせるな』という彼女の心中が伝わってきた。

 謝意を込めて、素直に回答。


「興味が無いと言えば、嘘になるな」

「きも」

「おい」


 お前が聞いてきたんだろ。

 不満を燃料として、今度は僕から三角に尋ねる。


「お前は、どうなんだ。興味あるのか?」


 彼女は分かりやすくたじろいだ。普段の冷厳な雰囲気は、見る影さえない。


「……興味が無いと言えば、嘘になるわね」

「……そ、そうか」

「何その反応、きも」

「キモくねぇよ。普通の反応だよ」

「貴方にとっての『普通』は、世間にとっての『キモい』よ」


 僕、そんなにズレてたっけ?

 想定以上に自分がキモいと知り、落ち込んでいると、三角が聞いてきた。


「――の、飲む?」


 顔を向けると、飲料水の入ったペットボトルを、こちらへ差し出している。

 やたらとぎこちない動作。上った声。震える手元。

 即座に察する。

 満身創痍まんしんそういの三角が、ようやっと放った、渾身こんしんのジョークだったのだろう。

 だからこそ、彼女の思惑通りに動揺していると、悟られたくなかった。


「飲む」

「え」


お望みとあらば、何度でも言ってやる。


「飲むよ。寄越せ」


僕の思惑通り、三角は激しく動揺した。

これまで以上に視線を泳がせ、頬の赤みはさらに増し、口からは「あぅ、えと、えぇ……?」みたいな声を漏らす。

最終的に、彼女は――。

――なぜか、水を全て飲み干してしまった。

唇に垂れた、最後の一滴を舐め取る姿が、やけにつやっぽい。

そんな三角は、今さら思い出したかのように、じろりと僕をにらみつけてきた。


「……ほんと、キモい」


 マジレスすると、先にキモいムーブをしたのは、お前の方だからな。

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