第8話 彼女が照れている姿を僕は見ることができない。
阪柳奈々が、空席を求めて
更に、あろうことか彼女は、読書中の三角へ、軽々しく声を掛けた。
「相席、良いっすか?」
読書の邪魔をされたからか、三角は明確な敵意を
だが、顔を上げた瞬間、奈々の笑顔を目の当たりにして、毒気を抜かれてしまったようだった。
ただ
どうしてしまったんだ。しっかりしろ。その毒舌で、我が妹を涙目にするのだ。
奈々が小さく手を挙げる。
「ども」
「阪柳……城一郎君の妹さん?」
「ですです。相席、良いっすか?」
三角が絞り出した質問に、これまた軽々と答えて、再び相席しようとする奈々。
ようやっと、三角が吐き捨てた。
「そういう、押しが強くて図々しい所、城一郎君にそっくりよ」
「えー。心外っす」
こっちの台詞じゃボケ。
僕が
「改めまして、うちのゴミカスが、いつもお世話になってます。あざす」
「気にしないで。あんなクズ虫に借りを作ってしまった私が悪いのよ」
……こいつら、僕の存在に気付いてるのか?
気付いていなかったとしたら、ゴリゴリの陰口だぞ。
人道違反に胸を痛めていると、奈々が不敵な笑みを浮かべた。
「じゃあ、代わりに、兄貴の弱みを教えてあげますよ」
なぬ。止めろ馬鹿。
思っても口にすることは出来ない。勿論、止めることも出来ない。
奈々が嬉々として兄を貶める。
「兄貴は中学の頃から女遊びが盛んで、毎日色んな女を家に連れ込んで」
「彼は、そんなことしないわ」
三角の即答。
……恥ずかしながら、僕は少し感動してしまった。
ここ最近、ずっと一緒にいたことは、決して無駄ではなかったのだ。
三角は平然と続ける。
「より正確に言うと、そんな真似できる訳がない。一人の女性さえも射止められないのだから」
「あはははっ! 確かに!」
……非常に鋭い
半笑いで奈々が質問する。
「『全女子生徒のリコーダーを盗んだ』だったら、信じてもらえましたか?」
「えぇ。通報していたわ」
「それは止めてあげてください」
奈々の制止に、僕は少し安堵した。
兄を
「あいつ、多分ガチで2~3本は盗んでると思うので」
前言撤回。
したのに、三角が追い討ちをかけてくる。
「そういえば、先日、隣町の小学校で、リコーダーが盗まれたそうよ」
「うわぁ……、最悪だぁ……」
……泣く前に、帰ろうかな?
絶望する僕の鼓膜を、奈々の言葉が揺さぶる。
「――兄貴と付き合ってるんすか?」
もう止めてくれ! 何が目的なんだ!?
三角の面持ちが、一段と険しくなった。
「……丈一郎君が、そう言ったの?」
「はい、言ってました」
即答する奈々。
いや、言ってねぇよ。適当なこと言うな。
三角は渋面で眉間を揉む。
「本当に、どうしようもない男ね」
そんな三角に、奈々が尋ねた。
「あれ? 照れてます?」
「口を千切るわよ」
どうやって?
冷眼で脅されても、奈々は全く怯まない。
「顔、赤いっすよ」
「……嘘よ。私を動揺させようとしているに過ぎないわ」
「そんなことしなくても、既に動揺してるじゃないっすか」
「し、してないわ」
「今、目が泳ぎましたよ」
「嘘ばかり言うのは止めなさい」
「こっちの台詞っす」
あれ? まさか、あの三角が押されているのか?
彼女がたじたじになっている様を、
しかし、目が合ってしまうリスクもある。どうしたものか。
「――あそこに座ってるの、城一郎君じゃないかしら?」
一瞬、呼吸できなくなった。
兄が死にかけているとも知らず、奈々はケラケラ笑う。
「あたしの動揺を誘ってるつもりっすか? 甘いっすよ」
「後ろを見なさい」
小さく嘆息して振り向いた奈々に向けて、僕はピースサインを送った。
「げぇっ」
彼女はゴキブリでも見たかのような表情を浮かべた。
◇
僕の存在に気付いた奈々は、ドリンクバーの代金だけ置いて、そそくさと店から出て行った。
勿論、
残されたのは、ご
「……」
「……」
無言の重圧に押しつぶされそうだ。
どうして僕が、こんな目に遭わなきゃいけないんだ。おかしいだろ。
僕はただ、楽しく読書したかっただけなのに。
実妹への恨みを募らせる僕に、三角は冷厳とした態度で聞いてきた。
「いつから盗み聞きしていたの?」
「別に、盗み聞きしてた訳じゃねぇよ」
「慰謝料。一〇〇万円」
反社かよ。不適切なツッコミを飲み下す。
「そんなの、払える訳ないだろ。常識的に考えろ」
「じゃあ、お金以外の方法で払ってもらうわ」
「……か、身体で払えと?」
「タコ部屋にぶち込むわよ」
「反社かよ」
堪えきれなかった。タコ部屋って、もはや死語だろ……。
三角は仏頂面で補足する。
「一〇〇万円分の労働で清算しなさいと言っているのよ」
……どっかで聞いたことあるような台詞だな。
頬を掻きながら質問。
「具体的には、何やれば良いんだ?」
「とりあえず、今後しばらく、ドリンクバーへ飲み物を取りに行くのは、貴方の仕事よ」
その仕事だけで、一〇〇万円を清算しようと思ったら、死ぬまで終わらないと思う。
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