第6話 ファミレス・妹・三角を紹介


「今週末も、頼んでいいか?」


 放課後。玄関で三角を見つけた僕は、迷わず頼んだ。

 彼女は目を細め、唇を尖らせる。


「また?」

「頼むよ。数学、これを機に克服したいんだ」

「さも数学以外は得意であるかのような口ぶりね」

「……不得意ではないぞ」

「私、己の愚かさに無自覚な人間が大嫌いなの」

「僕は自覚的だ」

「まだ自覚が足りないわ」


 なぜ足りないと分かる? 本人じゃないのに。

 僕の胸中など露知らず、三角は問いを投げてくる。


「それと、場所はどうするつもり? 改装工事の都合で、来週まで図書館は使えないわよ」

「……マジで?」


市のホームページをチェックすると、確かに【西部図書館 臨時休館について】という報せが記載されていた。

むむ……。どうしたものか……。


「……あそこはどうだ? 駅前に新しく出来たファミレス」


 途端、顔を顰める三角。


「私、あの手の店で、時間とお金を無駄に浪費する人間が、この世で最も愚かだと思っているの。だから嫌よ。同類になりたくないから」


 どうして、そういう敵を作るような言い方しか出来ないんだ……。


 溜め息を吐いて、説得開始。

「ドリンクバー代、奢るぞ」

「……」


 一発で表情が変わった。案外ちょろいな。

 更に畳みかける。


「サラダも付けて良い」


 三角は渋々の体で言った。


「余計なことをしたら帰るわよ」

「余計なことなんか、いつもしてないだろ」

「呼吸しているじゃない」

「呼吸は必須だ」

「でも貴方の存在は必須じゃない」

「お前の存在だって必須じゃねぇよ」

「貴方にとっては必須でしょう」

「……」


詰んだ。ちくしょう。



週末。午前10時。

駅前のファミレス前で集合。

三角の服装は、ピンクベージュのフレアスカートに、七分丈の黒いシャツというコーディネート。靴は白のパンプス。シンプルながら、素材の良さを存分に引き立てている。

そんな彼女に、努めてはっきりと挨拶。


「おはよう」

「おはよう?」

「……ございます」

「よろしい」


 やかましい。

 文句を飲み下し、真逆の台詞を口にした。


「その服、似合ってるな。……良いと思う」

「姉や母が買ってきた服を着ているだけよ」


 真顔で淡々と応じる三角。

 服装を褒められても、あまり嬉しくないのか? いまいちツボが分からない。

 入店し、適当なテーブル席へ座る。

 テーブル横の端末で、ドリンクバーとサラダを注文。

 五分と経たず、注文したサラダが運ばれてきた。


「僕にも分けてくれよ」

「勝手に取り分けなさい。どうせ支払うのは貴方よ」

「すまん、財布を忘れた」

「……」

「なんちゃって」

「帰るわ」

「待て待て。落ち着け。まだ店に入って10分も経ってないぞ」

「私には関係ないわ」

 

 立ち上がろうとする三角を、必死で引き留める。


「ごめんって、帰らないで」

「飲み物を取りに行くのよ。邪魔しないで」


 あぁ、なるほど。そういうことか。

 ……と思わせて、逃げる隙を窺っているのか?


「僕が、二人分まとめて取ってくる。何が飲みたい?」

「結構よ。何を飲み物に混ぜられるか分からないし」

「混ぜねぇよ」

 

 僕を何だと思ってやがる。

 結局、各々が飲み物を取りに行くことに。幸い、三角は逃げなかった。

 ドリンクバーの前には、一人の女性が立っている。

 鮮やかな金に染め上げられたショートカット。黒のライダースにネイビーのスキニージーンズという辛めの装いだ。

 ……何か、見覚えのある後ろ姿だな。


「……奈々?」


 試しに知人の名を呼んだ瞬間、女性が勢いよく振り返った。


「げぇっ、兄貴」


 見開かれた、大きな翡翠色の瞳。

 シミ一つない、ハリのある白い肌。

 目つきこそ悪いが、顔立ちは非常に整っている。身内贔屓みうちびいきかもしれないけど。

 阪柳奈々。僕の妹だ。

 ……てか、こいつ、実の兄を見て『げぇっ』って言いやがったな。

 そんな奈々の興味関心は、既に僕には向けられていない。

 彼女は、僕の背後に立つ、三角を凝視している。


「……誰?」


 よかろう。紹介してやんよ。


「こいつは三角凛。僕の……マブダチだ」

「殴るわよ」

「訂正する。さして接点のないクラスメイトだ。最近、勉強を教えてもらってる」

 

 一方の三角も『この頭悪そうな女は何者だ?』といった趣きの眼差しを向けてきた。


「阪柳奈々。妹だ」

「ども、阪柳奈々っす」

「こんにちは」


奈々の軽い挨拶に、三角は恭しく返す。

今回は、出会い頭に罵詈雑言をぶつけないのか。何でだろう?

いや、罵詈雑言を言わないに越したことはないけど。

コーラをグラスに注ぎ入れて、奈々は自席へ戻った。

途端、耳打ちしてくる三角。温い吐息がこそばゆい。


「妹さんは、可愛らしいのね」

「暗に【兄である貴方は可愛くない】と伝えてくるな」

「貴方は可愛くないわ」

「『面と向かって伝えろ』と言ったわけじゃねぇよ」

「貴方は可愛いというより」

「……」

「キモウザい感じよね」

「……カッコいいが来ないことは分かっていた。けど、せめてキモ可愛いくらいに留めてほしかった」

「仕方ないでしょう。貴方のキモウザさが、留まる所を知らなかったのだから」


 お前は、本音を心中に押し留めろ。


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