第5話 彼女は安請け合いしないタイプ(多分)

 熟考の末、三角は言い捨てる。


「13時から再開するわ。それまで、昼休憩にしましょう」


 一旦、僕たちは席を離れ、エントランスのベンチに移動した。

 バッグを漁りながら彼女に訊く。


「飯、あるか? 良かったら、僕の弁当」

「結構よ。用意しているから」


 ……弁当を用意していたということは、端から、一日つきっきりで勉強を教えてくれるつもりだったのか? 


「午後からは、一人で出かけようと思っていたの。正午以降も勉強を教える羽目になったことは、予想外かつ極めて不本意な事態よ。勘違いしないで頂戴」

「……何も言ってねぇよ」

「眼差しから心中が伝わってきたのよ。その下卑た眼差しから」


 下卑てねぇよ。失礼な奴め。

 下卑ていない目で三角を睨みつけていると、彼女はエナメルバックから、市販のサラダを取り出す。

 ふと気になって尋ねた。


「何かスポーツやってたのか?」

「未経験よ。……急にどうしたの?」


 詮索せんさくされたと思ったのか、口調に懐疑心かいぎしんにじませる三角。


「そういうバッグって、スポーツやってるやつが使うイメージだから」

「これ、元々は姉の私物なの。あの人、バスケをやっていたから」

「ふぅん。仲、良いんだな」

「良くない」


 ぴしゃりと言い切って、三角はサラダをモソモソと食べ始めた。

 お姉さんのこと、嫌いなのかな。

 さほど違和感はない。スポーツやってる健康優良児とか、嫌いっぽいもんな。

 姉について掘り下げると、怒るかもしれない。話題を変えるか。


「飯、それだけか?」

「えぇ。肉や魚は苦手なの」

「いや、シンプルに量が少ないだろ」

「いつもと同じよ。問題なく動けるわ」

「……そうか」


 生返事しながら、持参したサブバッグの中を覗き込む。

 入っているのは、近所のスーパーにて、半額で売られていた総菜パン。昼食用に買った。

 のだが、朝ご飯に昨晩の余ったカレーを食べたせいか、あまり腹が減っていない。

 黙食する三角の眼前に、総菜パンを差し出す。


「これ、食べるか?」

「要らない。それ、馬鹿の食べるパンだから」

「このパンを愛する、全ての人間に謝れ」

「一定の偏差値以上の人間が、その手のパンを食べている所、見たことが無いわ」

「黙れ」


 多分、お前が見たこと無いだけだろ。

 失礼な三角に半眼を向けてから、席を立つ。


「下のコンビニ行ってくる」

「勝手にしなさい。私は貴方あなたの親じゃないのよ。他人の許可が無いと、何も出来ないの?」

「はいはい、分かった分かった」

「適当な返事しないで。かえって腹が立つわ」

 注意を無視して館外へ。

 十分後。買い物を終えて帰還。まだ三角は怒っている様子。

 そんな彼女のかたわらに、僕は買ってきた品を置く。


「ん」

「……アイス?」


 見たら分かるでしょう。とか、こいつだったら言うんだろうな。

 でも僕は言わない。良識ある人間なので。


「要らなかったら、無理に食べなくていい。持って帰って、また凍らせるだけだから」


 妹に渡せば、喜んで食べるだろう。

 数秒だけ考えてから、三角は僕の方へ手を伸ばした。


「スプーンを寄越しなさい」

「うい」


 彼女にスプーンを渡すついでに、ビニール袋から自分用のアイスを取り出す。

 ちなみに、種類は二つともプレーンなバニラ味。

 下手な味を選ぶと、文句を言われそうだから。

 文句製造機が呟く。


「ありがとうは言わないわよ。頼んだ覚えは無いわ」

「別に良い。そのために買ってきた訳じゃないし」

「じゃあ、目的は何?」

「別に。気まぐれだよ」


 三角の言葉が途切れた。様子を確認。

 彼女は黙したまま、異国の珍妙な動物を見るかのような眼差しを僕に向けていた。


「……理解しがたいわ」

「理解してくれとは言わねぇよ。頼んだ覚えはない」


 半笑いで言うと、三角は不満げに鼻を鳴らし、ぷいとそっぽを向いた。



16時に、勉強会(?)は終了となった。

内容には、かなり満足している。

学年主席に常時質問できる体制は、非常にありがたかった。

この方法で勉強し続ければ、点数の大幅アップも夢ではない。

挨拶もせずに立ち去ろうとする三角の背に、僕は声を掛ける。


「明日も頼んでいいか? ……予定があれば、別に良いけど」


 正直、期待はしていなかった。

 立ち止まった三角が、背を向けたまま返す。


「……集合時刻と場所は、昨日と同じで良いの?」

「……え?」

「何でもないわ。さようなら」

「あ! だ、大丈夫だ! 今日と一緒で!」


慌てて答えると、彼女は再び足を止めた。


「承ったわ」

「……」


どうして、あっさり引き受けてくれたのだろう。

後ろ姿だけでは、どう頑張っても、その心中を読み取ることが出来なかった。

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