アライブ・イン・マイアース 1


 それは、本来であれば一つの次元、一つの場所に存在するはずがないものだった。

 アースゼロより広がったマルチバースに«D・E≫が訪れた際、それらは人類史に刻まれた神話、伝承、伝説から存在を模倣し、己のものとした。

 紀元前十世紀、古代イスラエルの王ソロモン。彼が持つ、七十二の悪魔を使役する魔導書。

 それがゴ―ティアの存在原理。

 広大なマルチバースに降り立ってから、ゴーティアは存在を七十二に偏在し、世界を貪り続けた。

 ≪D・E≫の上位種は不死性が高く、単純な火力で消滅させられるのは半分程度。概念的に致命傷となる傷を与えなければならないものも多い。

 その中でも七十二の世界の七十二体。励起状態で世界侵攻をするのは三分の一、残りは≪天才≫ですら探知できない休眠状態になっているゴ―ティアは上位種において最も討伐が困難な存在だった。

 

『………………こんなことは、初めてだのぅ』


 そのゴ―ティアが今、一つの身体に、全存在を全て押し込めていた。

 男にも、女にも、子供にも老人にも聞こえる声が多重となる。外見もまた黒い瘴気に包まれた人型になっており、明瞭では無かった。

 黒い影がいたのは、王城地下だった。

 地脈を利用した大規模結界の術式が刻まれた場所であり、それをヘラが召喚陣に書き換えたもの。

 影はふと、頭上を見上げ、


『…………転移ができぬか』


 忌々し気に舌打ちをする。

 すでにアース111には次元封鎖が敷かれている。

 アルマによるもので、これでゴ―ティアはこの次元を脱出することはできない。

 彼、或いは彼女は、迷わなかった。


『仕方あるまい。むしろ、好機と言えよう』


 アルマ・スペイシア。

 四百年続く宿敵。

 一年前にゼウィス・オリンフォスに擬態していた偏在体との同期は取れず、彼女がなにをしたのかは分からないが、


『≪天才≫―――――貴様との腐れ縁に、終止符を打つとしよう』


 言って、影はその身からさらなる瘴気を溢れさせた。







「―――――ん、来たね」


 丘の上の王城を見上げるアルマは、その変化に声を上げた。

 城の至るところか、瘴気がにじみ、地に、空に、集まり多くの形を成していく。


「……人の実家に、ひどいことをしてくれますね。あれ、掃除したらちゃんと落ちるんでしょうか」


「ヴィーテ? 多分そこじゃないよ」


 ヴィーテフロアとアレスの軽口の間も、瘴気は王城から溢れ続け、


「…………なんだ、アレ」


 御影が疑問の声を上げる。

 視界を埋め尽くすように生まれたのは、去年も戦った大小様々な動物を模した魔族。

 それに加えて、


「なんか、明らかにロボみたいなのもいますけど。見たことない魔獣とか……」


 明らかに生物ではない鋼の身体に瘴気を滲ませた巨人やアース111には存在しない形状の生物も数多くいる。


「さっきも説明したけど、他の世界のゴーティアの端末だね。見た目が違うだけで、中身はそんなに変わらない。数は多い……あ、そうだ」


 思いつき、パチンと指を鳴らす。

 そしてこの場にいる全員の左上でに、小さな環状魔法陣が浮かび上がった。


「僕がいつも使ってる魔力供給を術式化したものだ。あれだけの数相手だと、魔力もすぐに尽きるだろうからね。それを使えば魔力がほぼ無限に供給され続ける。あとおまけで念話も繋げてる。戦闘中の邪魔にならないように、視界に文字投影と脳内通話も勝手に判断するから安心してくれ」


「………………アルちゃん? なんかさらっと凄いこと言ってない?」


「注意点は、それぞれの魔力の最大量になるように供給され、それにはラグがあるという点だ。その供給量は無限だけど、供給自体を無制限にすると体のほうがパンクする危険がある。例えば限界を振り絞った魔法行使をしたら、全快するのに数秒ラグがあるから、それだけは注意するように」


「……パンクってどうなるの?」


 フォンが小さく手を上げて問い、


「文字通り、ぱーんって弾ける」


「こわっ!」


「まぁセーフティは掛けてるから平気平気」


 左右から半目の視線を感じるが肩を竦めて適当に受け流す。

 息を吐き、足元の石畳を踏みしめながら改めて視界を確認する。

 前方の王城から湧き続けるゴーティアの眷属、その数はすでに千を超えている。

 問題は本体であるゴーティアが王城のどこにいるか。召喚された時点では地下にいただろうが、移動していてもおかしくない。

 というか、現状ゴ―ティアの位置を探知できない。


「……上手く位置を隠してる。眷属を薙ぎ払いながら探すから、見つけ次第突っ込む。それまでは、周囲の眷属の掃討だ。いいね?」


 みんなの頷きを確認し、


「ま、気楽に行こう。正直、今の僕たちなら楽勝さ」


 笑った瞬間だった。


「おっ?」


 王城の正門付近に動きがあった。

 それは機械型の眷属であり、人型ではない。

 三メートル近い、音叉のように二又に別れた砲身を持つ、巨大な戦車だった。

 それが五輌並び、砲身に紫電を蓄えている。


「…………あの、アルマさん。なんですかあれ。魔力感じないですけど」


「あぁ、トリウィア。いいところに目をつけるね。結構いろんなアースで使われてるみんな大好きレールガンかな。電磁力で砲弾を打ち出す兵器。あの瘴気は魔力とは別物で、構造再現もしてるから慣れないと感知しにくいかもね。魔力じゃなくて熱源探知したほうがいいよ?」


「言ってる場合かー!」


 全員の突っ込みの直後、超音速の電磁加速砲が連続で叩き込まれた。







 炸裂した砲弾は膨大量の土砂を掘り起こし、巻き上がった土煙と共に衝撃を撒き散らした。

 破壊は伝播し、周囲の大地に亀裂を入れる。

 魔法を用いない単純な物理破壊はこの世界おいては極めて珍しい。音速超過の加速弾ともなれば、対処できる者も限られている。 

 そしてそれは、


「おっと、っと……!」


 この場に集まった彼らも当てはまることは言うまでもない。

 砲撃に対し、前へ跳躍した彼らは背後の衝撃に背中を押され、ウィルは数秒身体を泳がせながらも姿勢を整える。。

 他のみんなも上手く姿勢を制御し、勿論フォンは全く意に介さず、トリウィアはかっこいいだけのポーズのまま浮かび、


「きゃー! アレス、お姫様抱っこなんて大胆ですよー!」


「いやヴィーテから飛びついてきたよね!?」

 

 ヴィーテは喜色満面でアレスに横抱きにされていた。

 目前、眷属の大群が空を埋め尽くそうとしているのに、彼女は数年ぶりの再会を満喫していた。

 そして、


「はっ―――全く、頼れる後輩じゃのう!」


「そうだけどさぁ! それはそれとして私は今年卒業で本当良かったと思うよ!」


 前に出たのはカルメンとパールの二人だった。

 カルメンが姿を龍体に変化し、その背にパールが乗る。

 赤龍の姫は顎から炎を零し、砂漠の聖女は髪飾りを解き、


『さぁ―――後輩たちの道を作るとしよう!』


「風穴空けるわよ、カルメン!」


 龍の口中に炎が集い、小さな光球となって輝く。

 聖女の双剣が柄同士で合一し、弓となり、魔力の矢を番え、


『龍仙・絶招……!』


『≪聖戦儀ジハーラスラマ≫!』


 解き放つ。

 

『一至火世・天壌劫火ッッッ!!』


『≪矢は女神の威光が如くディーヴィー・マハートミャ≫――――!』

 

 それは圧縮された超高熱の熱戦と炎水の対消滅を宿す矢。

 二条の究極が、眷属への群れへと突き刺さり、文字通りの風穴を空ける。どちらの攻撃も直線の形だが、宿した高熱故に周囲の眷属たちも蒸発させ、城門へと到達する。


『むっ……!』

 

 蒸発が、城門の前で止まった。

 小型の眷属たちが集まり、その身を呈して盾となることで押し留めたのだ。


「流石に数が多いわね」


『だが――――道は作ったぞ!』







「打ち漏らしは私達が叩く! だから―――行きなさい!」


『ゴォオオオオオオオ!!』


 凛と響く声と龍の咆哮を背に、今後こそウィルたちは前に出た。

 カルメンとパールが空けた風穴、そこに飛び込む。

 すぐに眷属たちが彼らを覆い尽くそうとし、


『アッセンブル! ギャザリング―――――トリニティエレメンツ!』


『アッセンブル・ギャザリング―――――アルテマ・エレメンツ』


『祈りて舞い、誓いて夢に―――我示さん!』


魔導絢爛ヴァルプルギス境界超越エクツェレントゥ


『正名――――』


Omnes Deusオムニス・デウス ――――』


『―――――Romam ducuntロマ・ドゥクト!』


 膨大量の魔力放出が、押し返す。


『≪トリニティダイヤ≫――――ッッ!』


 三位一体を片翼とし、


『――――≪シュプリーム・エメラルド≫』


 翡翠の至高を体現し、


『≪征花繚乱・朱天ノ焔≫ッ!』


 夢を気高く燃やし、


『―――――≪十字架の祝福ヘカテイア・ゼーゲン≫』

 

 深淵の祝福を冠し、


『≪山海図経・比翼連理≫ッ!』


 己が名を世界に示し、


『戦え、≪一意戦神マルス・ディスティニー≫――――ッッ!』

 

 闘争の運命を鎧とし、


『惑え、≪一実恋愁ウェヌス・リバース≫!』


 美と愛の化身が顕現し―――七人が七人とも、己の究極を体現する。







 アルマは現在、幾つかの術式を同時発動させていた。

 アース111全体に掛けた次元封鎖。これによってゴ―ティアの逃亡を阻止。

 次いで王城を中心に直径一キロ、及びそこに隣接し、避難所となっている学園への結界。これは戦闘による被害の拡大を避けるため。

 加えて、テュポーンとマキナ、ル・トが戦っている位相空間の維持。

 さらには他のみんなに付与した魔力供給と通信術式の維持。これ自体はほぼオート故に負担は少ない。

 そして、最も肝要と言えるゴ―ティア本体の位置の探索。

 それをマルチタスクでこなしつつ、


「さぁて、一人で半分は削ろうかな」


 ゴ―ティアの眷属の大群を見下ろし、不敵に笑い、翡翠の衣を棚引かせながら真上に飛び上がる。

 ウィルたちもそれぞれ散開していくのを確認。特に、機動力に長けたフォンが城の裏手に回ってくれたのが助かる。結界を張っているとはいえ、無闇矢鱈に散らばられてても面倒だとは思っていた。

 これだけの大規模戦闘には不慣れだろうが、魔力供給もあるので広範囲に眷属たちを殲滅できている。


「いいね。掲示板面子も合わせて、もうちょっとすれば≪ネクサス≫とも遜色無くなるかな」


 何か自分たちにもチーム名でも付けた方が良いかなんて思いつつ、


「―――筆剣展開、多重投影」


 アルマの背後に、七色の筆剣が展開。

 さらにそれらは柄を中心として時計の針のように回転すれば、その軌道に同じ筆剣が七本づつ浮かび上がる。

 合計、四十九本の筆剣。


「行け―――≪全ての筆オムニス・カムラス≫!」


 行った。

 眷属たちはすでに大小合わせて数千近い。特に、飛行能力を持つ小型眷属の数が多く、空を埋め尽くしている。

 対し、四十九条の流星となった筆剣には事前に術式が刻まれている。

 前提の機動として音速超過でのホーミング。小型に対しては速度と筆剣に込められた属性で貫通させる。

 中型以上の音速に反応できない相手に対しては四肢や末端部位を破壊した上で中心部を破砕。

 四十九の筆剣は、一瞬でその指示を実行した。

 周囲百メートル圏内の眷属がまたたく間に消滅、七色の軌跡は中空に巨大な球体を描く。

 

「ん、いいね――――そう思うだろう?」


 問うた先は真横。

 筆剣の流星をくぐり抜けてきた上位個体。≪偽神兵装≫を装備した≪ディー・コンセンテス≫ほどではないが、三体もいれば匹敵するほどの脅威度はある。

 その二体がアルマの左右に飛来した。

 どちらも全長十メートルを超える大型。

 左は漆黒の機械の巨人。右腕にはその身体と同じ程の大きさを誇る腕と肘にはロケットブースターを備えている。

 右は同色の騎士甲冑。大剣と大盾、背には瘴気で構成された六枚翼の騎士天使。

 人類が全員魔族的な特徴を持つアース364と一度文明崩壊した後に復興をしているアース942の敵性種。

 どちらも、それぞれの世界の住人を執拗に滅ぼす殺戮存在。


『■■■■――――!』


『■■■■……!』


 騎士天使の剣は瘴気を纏い、機械巨人の右腕加速器から瘴気が噴出。

 大質量、超加速の斬撃と打撃が双方向からアルマへと迫り、


「――――とっ」


『■!?』


 アルマの両手に受け止められる。

 左の鉄拳は掌で、右の剣は、その腹に彼女の五指が食い込み静止されていた。

 彼我のサイズ差を無視した圧倒的膂力。


「よっと」

 

 鉄拳を軽く押しのけつつ、アルマは身体を回した。

 右手に食い込ませた剣を巻き込みつつ、振り下ろし、


『―――――!?』


 機械の巨腕を縦に両断する。

 さらに剣の腹を蹴り、跳躍。

 翡翠と虹が舞い、騎士天使の背後に周り、


「ふっ……!」


 回し蹴りをぶち込んだ。

 衝撃は一瞬で騎士天使の甲冑を伝播し、五体を粉砕。その破片が機械巨人に打ち込まれ、動きを停止させ、


「来い、カムラス」


 七色七本の筆剣が輪を作り、その中心に翡翠の光が発生。

 

「消せ」


 指を鳴らせば、放たれた砲撃が全てを飲み込み蒸発させた。


「……うん。調子いいな、この姿」


 ≪シュプリーム・エメラルド≫。

 全属性全系統を体現しつつ、発揮される能力は二つだけ。

 魔法発動と自律戦闘を兼ねる≪全ての筆オムニス・カムラス≫。

 ウィルに与えた≪全ての鍵オムニス・クラヴィス≫はあらかじめ組み込まれた術式を即座に発動するものだが、こちらはリアルタイムで術式を描き発動するもの。

 鍵と対を成す筆。

 

「次はなんだ?」


 周囲、七剣の流星は有象無象の眷属を切り刻み、貫いていく。

 それでもやはり単純な大型や小型であろうとも強度の高い上位個体。現在起きている戦いの中で、最も上位個体の集結度が高い。

 先ほどの二体はただの尖兵であり、続いて迫るのは十を超える数。

 

「結局、物理が一番ってね……!」


 それら全てを徒手空拳で殲滅していく。

 翡翠と虹の残光を空に描きながら、膨大な魔力と膂力を眷属たちに打ち込み、砕く。

 拳が、蹴りが。一つ一つが必殺を体現しているのだ。

 それが、≪シュプリーム・エメラレルド≫のもう一つの能力。

 純粋極まる身体能力の強化。

 ただそれだけのシンプルな強化が、アルマの膨大な経験値によって振るわれればそれだけであらゆるものを凌駕する至高となり得るのだ。

 駆け抜け様の攻撃だけで上位個体十体を倒し、次に待ち構えていたのは、


「へぇ、そういうのもいけるか」

 

 全長二十を超える超大型が三体。

 龍、翼を持つ機人、水晶で構成された幾何学的立体物。

 小中型の眷属が数百が大型を核として構成されたものだろう。

 戦力でいえば、王都を蹂躙していたサンドワーム、龍種を遥かに上回り、≪三鬼子≫のそれにすら匹敵しかねない。

 それでも。


「いいのか、ゴーティアこの程度で」


 アルマは不敵に笑う。

 背後に七剣を翼のように背負い、七色の光芒を輝かせる。


「この十倍は持ってこないと――――足止めにもならないぞ?」



 

―――Alive in Earth111 アクシア魔法学園新2年首席≪至高の翡翠≫アルマ・スペイシア―――

 

 

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