セイヴ・ザ・ワールド
「認識の共有のために説明するが、ゴーティアというのは各次元世界に合計七十二に偏在する存在だ」
事情を知らないアレスやカルメン、パールに向けてアルマは言葉を選び始めた。
なるべくわかりやすく、必要なことだけを。
しかし、よく考えれば去年の段階でもウィルたちにもざっくりとした話しかしてなかった気もする。
「≪D・E≫の上位種の一体だが、ここで問題なのは偏在しているということ。七十二体いるんじゃなくて、分体が七十二枠あるというと分かりやすいかな。一つの世界のゴーティアを消滅させたら残り七十一体になるんじゃなくて、ある程度時間をおけば再び復活するというわけだ」
「つまり、消滅させるには同時に七十二体を撃破する必要があると?」
「鋭いなトリウィア。だけど流石にそれは現実的じゃない。……いや、一回やってみたんだけど、二十くらいまで限界だった。羽化前の状態……このアースでいえばゼウィス・オリンフォスに擬態していた時だと僕でも探知できないからね」
厄介だ、と息を吐きつつ紅茶をすする。
自分好みの香りが強いもの。
食後にアレスが全員分淹れてくれたものだが、こんな時でも彼はそれぞれの好みに合わせたものを提供してくれるのだから流石だ。
「とにかくそういう経緯もあって、僕に出来たことは≪ネクサス≫……マルチバースを超えたチームを作って、カウンター気味に対処していくだけだった。百年くらいイタチごっこだったのには流石に僕も堪えてね」
そこで小さくアレスが手を上げた。
「………………あの、アルマさんって幾つなんですか?」
「大体千」
「………………」
「ふーむ、意外と若かったんじゃのぉ」
「カルちん? 龍人基準にしてもバグってない?」
「いや、魂の格的に万は行っているかと思ってのぅ」
「思考加速分とか加味すると千どころじゃないのはそうだけどね」
「あの、アルマさん。去年の僕と究極魔法で倒せたのはどうだったんでしょう」
「うん、あれは有効だったよ。さっきの話でいえば七十二枠の一枠を確実に潰せた。世界改変から行う存在の消去だったからね、あれ」
そんなんだったんだ……としみじみ呟くウィルだが、彼の特権の本質は世界改変の方なので単にゴ―ティアを消滅するよりも上位のものだ。
本人はまだまだ自覚が薄いようだが。
「ただ、ウィルと僕の特権を使うにしても、各マルチバースで虱潰しにするには時間がかかり過ぎる。結局ゴーティアという存在は僕にとって完全討伐が極めて難しい相手だった」
「え、そんなの復活させようとしてるわけ? ヘラは。ウィルさんとアルマにどうしようもできないなら私たちでもどーにでもできなくない?」
「うん、まぁそう」
えっ、と驚くのはフォンだけではなく、他の面子も訝しげな様子だった。
実際のところ、本当にアルマにとっても難題だったのだ。
自分は万能に近いが、しかし本当に万能というわけではない。十二いる≪D・E≫の上位種の中でもどう倒せばいいかという問題はずっと出なかった。
だが、それも今日までだ。
「――――重要なのは、今回のゴ―ティア召喚にはこの点が考慮されていないという点だ」
指を立て、言う。
「先程、王城の地下で地脈と接続した大規模召喚陣を確認した。テュポーンの攻撃を防いだ時に、僕も即席で地脈接続された王都の防御結界を拝借したけど、用途は違えど似たようなものだね」
「…………羨ましい」
軽くのけぞりながら、煙草の煙を長く吐いたトリウィアに苦笑する。
気持ちは分からなくもない。
地脈、龍脈、レイライン。大地に走る莫大なエネルギーの運用は大抵のアースにおいて最大規模の魔法行使だ。このアース111でもそれは同じだが、アルマの知る限り都市防衛用としてしか使われておらず、個人運用の記録はない。
トリウィアとしては一度はやってみたいことだろう。
「アルちん? 一応確認なんだけど、地脈使ったらそのゴ―ティアってのを召喚できるわけ? 聖国って地脈関連の技術全然発達してないからいまいちピンとこないんだけど。そんな異世界召喚とかならなおさらにさ」
「結論から言えばできる。異世界からの召喚というと突拍子もないと思うかもしれないが、然るべき術式を組んでリソースさえ確保すれば難しい話じゃない。実際、ウィルも一度転移門を開けてるし……いや、トリウィア、目を、というか物理的に演出で眼鏡を輝かせるな。今度教えるから」
ぴかーっ、なんて擬音が似合いそうなくらい不自然にトリウィアの眼鏡が発光し、フォンとパール、アレスが半目を向けていた。
次元間移動用の転移門を空ける魔法は今でこそ簡単に使っているが、かつては習得に百年以上をかけたものだ。トリウィアなら、すでに次元宇宙からのエネルギーの引き出しは習得しているので数ヶ月もあれば覚えてくれるだろう。
「とにかく、術式はそれこそゼウィス時代のゴ―ティアから教えてもらったんだろうし、リソースにしても地脈を使えば十分、むしろ大きすぎるぐらいだ。召喚自体は問題なく行われるだろう」
「なーるほど? じゃー、ヘラがゴ―ティアがいっぱいいるってのを理解していないっていうのは?」
「あぁ」
頷き、
「ヘラの術式は、別の世界からゴ―ティアを呼ぶというものだ。その上で術式には偏在という特性が考慮されていまい」
つまり、それが意味するというのは、
「召喚術式が発動されれば――――あらゆる次元のゴ―ティアが、この世界に呼び出される」
●
反応は様々だ。
あまり理解ができていない者もいれば、察して表情を歪める者もいれば、感情が表情に出ない者もいる。
「……ヘラは、言っていました」
そのどれとも違う様子のアレスの言葉を、アルマは聞く。
眉をひそめ、思い出しているであろうへラのことを口にした。
「愛しい人に会いたいがために、全てを犠牲にする気持ちが分かるって。……俺にとって、それはヴィーテで。なら、あの人にとって、それは父さんで……けど、今のスペイシアさんの話を聞く限り呼び出されるのは……」
「そこは分からない」
アレスの言葉を短く遮る。
感傷だ。
義理とはいえ親子の関係であり、ついさっき裏切った彼には思うところがあるのだろう。
それは彼の優しさだが、
「残念ながら、僕が確認できたのは召喚術式の仕様までだ。ヘラがゴ―ティアの偏在を理解しているのかしていないのか。呼び出すのが彼女の知るゼウィス・オリンフォスでなくても構わないと思っているのかまでは分からない。これに関しては、本人に確認するしかないね。そんな余裕があればの話だけど」
「……ですか」
もっと言うのなら、ヘラは召喚したゴ―ティアを君に憑依させるつもりでアレスを育てたのだろうし、そもそもゴ―ティアがアレスを養子に迎え入れたのも同じ理由かもしれない。
ゼウィスは高齢だった為に、次の器としてアレスを選んだ。似たような例は他のアースでもあった。
「…………んん」
流れでそれを口に仕掛けたが、複雑そうな顔をしているアレスを見て止めておく。
今日一日、彼には色々なことがありすぎた。今となっては、そんな状況の彼に伝えても落ち込ませるだけだろう。
「ふむ」
少し話の流れが悪くしてしまったと感じた。この後の話のためになるべく簡潔に前提情報を伝えたかったのだが。
ゴ―ティアの集結という事象を前に、自分も少し逸っていたかもしれない。
どうしたのかと思っていたら、
「ねぇ、アレス」
「……なんですか先輩」
「さっき、僕に惚気けないと戦えないとか言ってたけどさ…………今、君もなんか凄いこと言わなかった?」
「はぁ?」
「だって、全てを犠牲にしても会いたいのがヴィーテさんだって」
「…………」
言われたアレスは数秒固まり、
「あんたって人は!!」
謎のマジギレだった。
「え!? なんでキレられてるの僕!?」
「ふむ……確かになかなかの惚気けだな……私とウィルも負けないがな!」
「一度は言われてみたいセリフですね……私とウィル君でも成立するでしょうが!」
「いやぁアレスも結構熱いんだよね……私とウィルさんもそうだけど!」
御影、トリウィア、フォンがそれぞれ胸を張れば、
「へーい、そこの色ボケ三人組ー、変に張り合わないでねー。アレちん、怒りと照れでなんか顔がすごい色になってるよ」
半目のパールの冷静な突っ込みが入り、
「ワシとエスカだって負けとらんからの! さっきラブラブドラゴンヒューマンソングを歌ってきたばかりじゃ!」
カルメンが大音量で叫び、
「……ヴィーテ、君的にはさっきのアレスの発言、どうなんだい?」
「まぁ。嬉しいですよ? ――――というか、それくらい思ってもらってる前提で二重裏切りしてたんですから。そうじゃなかったら許しませんよ、ふふふ」
ひぃっ、と盛り上がっていた全員から声が漏れた。
「ヴィーテ……」
「アレス? 今感動するとこあった?」
普通にウィルは無視された。
「……ふふっ」
弛緩した空気に思わず笑ってしまう。
無自覚だったかもしれないが、先程よりは話を続けやすい空気になった。
ウィルの自分や、掲示板連中とも違うアレスへの接し方も興味深いが。
今は話を進めなければならない。
「こほん。何しても、全ての世界のゴ―ティアが召喚される」
だから、
「―――――ヘラには、是非とも召喚をしてもらおう」
●
「なんで!?」
「うーん、まぁそうなるよね」
ヴィーテフロア以外の全員が同じようなことを叫んだが、それ自体は想像の範囲内だった。
だから、言葉を重ねていく。
「なぜかは単純だ。この世界で、ゴ―ティアの偏在存在を全て召喚させ――――その全てをここで撃破する」
「……!」
察したように緊張を走らせたのは御影とトリウィア。
ウィルとフォン、パールやアレスは意味を理解しようと眉をひそめ、ヴィーテには全てを話しているから静かに紅茶を飲んでいる。
アホ面しているカルメンは知らない。
「賭けではある。危険も大きい。おそらく全存在が集結すれば、各世界のやつの対人類端末、この世界でいう魔族のようなものを生み出してこの王都を破壊しようとするだろう。それのままこのアース111を飲み込むかもしれない。……だけど」
そう、だけど。
思わず握った拳に力が入る。
「やつを知って四百年、≪ネクサス≫でさえできなかったゴーティアを完全討伐する、おそらく唯一のチャンスだ。これを見逃すことはできない」
「アルマさん。そもそもとして、可能なんですか?」
「勿論。じゃなかったら言わない」
トリウィアの問いは当然のものだ。
だから自分にしては珍しく強く断言した。
「魔族もどきが生み出すと言っても、生産量には限りがある。去年の建国祭の時より少し多い程度だろう。今回は僕も最初から闘うし、何よりウィルと僕の究極魔法を使わずとも物理的に本体を叩けば消滅可能だ」
「……なるほど」
頷いた彼女は新しい煙草に火をつけ、腕を組む。
すでにどう闘うのかを考えている。それが頼もしく、嬉しい。
だが、それよりも前に自分には言わないといけないことがあった。
「…………ふぅ」
少し、緊張する。
この千年、≪ネクサス≫を結成してから三百年。
それでも言ったことがなかった言葉。
この世界に来るまでは言えなかった。
ウィルと出会うまでは想像すらしなかった。
それでも。
「アルマさん」
「……ん」
小さく首を傾げた彼に、小さく顎を上げながら微笑んだ。
それだけで、緊張は消えていった。
ウィルが、自分の言おうとしていることを理解しているかは分からない。
理解してくれていたら嬉しいし、理解していなくても自分の背中を押そうとしてくれていたのならそれはそれで嬉しい気もする。
まったく色ボケも大概だ。
でも、こんな自分を、それでいいと思う。
「……みんな」
彼らを、彼女たちを見回す。
アルマからすれば、弱く、幼く、頼りない者たち。
しかし、共に生きることを望んだ者たち。
「はっきり言って、危険だ。マルチバース全てのためにといえば聞こえは良いが、その分この世界を危険に晒すということでもある。僕の身勝手でさえある。……それでも、だ」
息を吸い、言う。
「―――――僕に、力を貸してほしい」
●
王都の中心は小高い丘になっており、そこに王城はそびえ立っている。
王城麓の城下街は平時であればこの世界で最も栄え、賑わった場所ではあるが、今日この時に限って人の気配は全く無かった。
出現していた魔族は倒され、人々はそこから少し離れた魔法学園内に避難し、その上でアルマの魔法によって強制転移、学園にも彼女に結界によって守られていた。
無人の街には寂しげな風が吹くだけ。
変化があったのは、空だった。
先のテュポーンのような、光が振ってくるわけではない。
亀裂だ。
王城上空の空間に小さな亀裂が入り、瞬く間にそれは広がり、虚空から垣間見える。
そこから、黒い靄のような固まりが王城へと次々に降り注いでいた。
「…………世界の終わりのような光景って感じですね」
そんな光景を、大通りからウィルは見上げていた。
「まぁ、間違ってはないよ。僕も初めて見る光景だね」
隣、アルマは興味深そうに探査術式を走らせている。
そして、さらに自分とアルマの両脇には、
「お父様たちもちゃんと転移で飛ばしてくれるあたり、流石だなアルマ殿」
「転移、どうにかして覚えたい所ですねぇ」
「あの空のやつ、潜ったらどうなるんだろ?」
「フォンち? 絶対やめてね? 振りじゃないよ? 絶対ろくなことにならないよ?」
「わははは! 流石じゃのぅフォン! ワシもちょっとやってみようかと思ったところじゃ!」
「……全く、この人たちは緊張感がない……」
「ふふふ。頼りになりますね、アレス」
天津院御影。
トリウィア・フロネシス。
フォン・フィーユィ。
パール・トリシラ。
カルメン・イザベラ。
アレス・オリンフォス。
ヴィーテフロア・アクシオス。
アルマにとっても、ウィルにとっても大事な仲間が横に並ぶ。
「ふふっ」
「……なんだね、ウィル」
少し照れて唇を尖らせたアルマが可愛い。
先程の言葉に他のみんなは迷いなく頷いた。
だからこうして共に立っていることがウィルは嬉しい。
「いえいえ」
もう一度笑い、
「さぁ、皆さん」
ウィルの掲げた手に≪ビフレスト≫が飛来し。
アルマが組んだ指印に魔法陣が展開し。
御影は大戦斧を担ぎ上げ。
トリウィアは二丁拳銃の弾倉同士をぶつけ鳴らし。
フォンは背から翼を広げ。
パールは二刀を握り。
カルメンは龍の爪と鱗を生やし。
アレスは直刀の柄に指を掛け。
ヴィーテフロアは両手に黒紫と乳白の入り混じった光を宿し。
「―――――― 一緒に、僕たちの世界を救いましょう」
一歩、共に踏み出した。
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