ウェルカム・バック その2
「あー、あの時の」
未だマルチバース云々とかは理解しきれないパールはやっとかみ合いそうな話を聞く。
「あの時の怪しい男か女か分かんないのがヘラの手先だったわけだ」
「そうだね」
アルマは同意し、
「あの時、アレは僕を見た途端魔族に変貌した……今思えば未完成の≪偽神兵装≫だったんだろう。僕の読心術なり解析なりを警戒して、完全に魂ごとを破壊した上での変身だった。ゴーティアの一味だっただけあって、そのあたりは徹底していたよ」
「私たちの方ではアルマさんに殺されたとヘラから言われていましたしね。それもあって≪偽神兵装≫がアップデートを重ねられたという感じです。……それにしても、未完成と言っても暴走状態のヘルメスは随分強かったはずなんですが……というか、本来ゴーティアが持っていた別世界別神話の因子を私たちは植え付けられ、それによる過剰強化を制御し、科学によって兵装科したのが≪偽神兵装≫なわけですが」
「あぁ、うん。大体理解してる。本当ならその因子で≪ル・ト≫や≪テュポーン≫みたいな疑似神格魔族でも生み出すつもりだったんだろうね。動物やらを模した鎧になってるのはその残滓って感じかな。暴走状態のヘルメスも、最新版の≪偽神兵装≫と同じくらいの強さだったけどそれくらいならまあ僕の敵じゃあないよ」
「流石ですねぇ」
何を言っているのか全く理解できなかった。
トリウィアだけは何度か頷いているあたり流石と言える。
そして先ほどの解説や今の話の内容から読み取れることだが。
自分の後輩はなんかとんでもない存在らしい。
マルチバースがどうとか、転生がどうとか、ウィルとアルマが転生者だとか。前学園長が魔族の首魁に乗っ取られていたのは知っているが、それが別世界から来た化物だとか。
地頭は良い方だと思うが、理解できる限界を超えている。
「んん」
なので、理解は諦めることにする。
アルマが元々底知れないことは分かっていた。
今回は底の深さが自分には理解できないことを理解できた。
なら、それでいい。
「つまり、アルちゃんはめっちゃ凄いってわけだ」
「ふふん、まぁそういうことさ」
「頼れる後輩だねぇ」
小さく顎を上げてドヤ顔をする後輩に苦笑しつつ、
「じゃあ、ヴィーちゃんはいつのタイミングでアルちゃんに話を通したわけ?」
●
「……ふむ」
パールの問いに、トリウィアは紫煙を吐き出した。
それは自分も気になっていたことだ。
ウィルとアレスのもとにアルマとヴィーテと二人で合流したとのことだし、この場所に来てからもその二人はある程度通じ合っているようにも見える。
そもそも各地に散らばっていたこのメンツを集めて、ヴィーテやアレスを含めて四人で後から行くと連絡してくれたのはアルマだ。
ならばどの時点でアルマとヴィーテが繋がっていたのか。
「前提として、この六年私はヘラに常時監視されていました」
パールの問いに対し、ヴィーテは全員に応えるように話しをしていく。
「ヘラは影を媒介とした魔法を使います。転移もそうですが、影に潜むことも影を通して見聞きすることも。私はずっとゴーティアに対して服従し、他人に話すことができなかったのはそれが理由です」
そこで彼女はアレスを横目で見て苦笑する。
「……だから、貴方が私の下に来てくれても、何も言えなかったでしょうね」
「ヴィーテ……」
少し場に沈黙が下りた。
寂しそうに微笑むヴィーテフロアと自らを責めるように顔を曇らせたアレスに対して口をはさめなかったからだ。
何を言うべきか迷ったし、他のみんなもきっとそうだったのだろう。
六年間大切な人を人質に取られ、雌伏の時を過ごした彼女と。
大切な人を思い続け、しかし彼女の苦しみに気づけなかった彼。
「……」
それだけ長い時間、誰かを想ったことはトリウィアにはない。
時間が長ければ尊いという話でもないけれど。
或いは秋に、ディートハリスとの結婚を受け入れてそのまま何もしなかったら、自分もずっと彼への想いを抱えて生きることになったのだろうか。
「いや、それは違うかな……?」
恋愛熟練者の自分だったらこう、なんか良い感じに上手いことやっていただろう。
うん、間違いない。
二人の境遇に、変に同情するのも違うと思うし。
何やらフォンとアルマあたりから半目が突き刺さっているが気にしないことにする。
「こほん。それで……私がいつアルマさんにことを伝えたかと言うと、私が最初に会議へと乗り込んだ時です」
●
「ん?」
ことここに至って、カルメンはついに疑問を得た。
アルマがどういう存在なのかも、ヴィーテとアレスの関係についても特に不思議に思うことはなかったからだ。
龍人種であるカルメンは人を魂で見る。
初めて見た時から、条理から隔絶した存在であることは分かっていた。
エウリディーチェと同等以上の時点でどうかしている。
そこにマルチバースがどうこう言われたとしても、驚きよりも純粋な納得が強かった。
アレスとヴィーテにしても似たようなものだ。
色々あったようだが、色々あったな以上に思うことはない。
後輩が色々大変で、色々頑張ったな、とは思う。
ただ、
「なんじゃ、そんな余裕があったのか?」
この場においてアレスと自分だけは王族たちの会議に出席していなかった。
だからその時に何があったかはパールからざっくりと聞いているだけ。
「確か……会議中にヴィーテフロアが乗り込んだとかなんとか」
「カルちゃん、ヴィーちゃんと言ってることまんまだよ」
「なんと」
パールに言われちょっと考えて言葉を選び、
「ヴィーテフロアが殴りこみに行った?」
「ある意味間違ってないのですが……」
「だが実際そんな暇はなかったよな? あの時、ヴィーテが現れ、すぐにアルマ殿が転移で消えた。あの場にいた私たちから見ても、二人に意思疎通をしている時間も、様子も無かった」
「そうだ。僕とヴィーテは会話をしていたわけじゃない。……この辺り、大したものだと素直に思うけどね」
アルマは嘆息し、
「彼女は、僕に心を読ませたんだ」
「……?」
言ったことの意味が分からなかった。
まぁよくあることなので周りを見回してみれば、トリウィア以外は理解できていない。
これもよくあることなので解説を待つことにする。
「ヘラに監視されていた私はアルマさんに丁寧に説明することができませんでした。なので一つ賭けをしたわけです。各国の王族が集い、不自然に私が宣戦布告をする中で私が彼女を直視していたら―――そこに疑問を持ち、読心をしてくださるのではないか、と」
●
「まんまと引っかかった……と言うのも変な話か」
御影は二人の会話を聞きながら会議の時のことを思い出していた。
「あー……説明すると長くなるんだが、思考を読む……というか相手の情報をスキャンのはちょっとした癖でね、僕が相手するようなのはそうしても大体概念防壁持ちだから心を読むというより、ちょっとでも情報を得る為だったりする。この世界からその手の魔法はほとんど使ってないし、必要なかったんだけど……ヴィーテの場合、そこらへんスカスカだった。あからさまにガン飛ばしてきたしね」
「意図的にオフにしていましたから。と言っても、頭の中であれこれ思い浮かべていたら、一秒足らずでアルマさんがテュポーンの迎撃に行ったので、ちゃんと伝わっているのか驚きましたけど」
「思考速度には自信があるからね」
肩を竦めるアルマだが、しかしこちらとしてはすぐに理解できるわけでもない。
だが、まぁ整理すれば簡単といえば簡単かもしれない。
ヴィーテフロア頭の中でアルマに対する説明を浮かべていた。
アルマはそのヴィーテフロアの思考を読み取った。
相手がアルマでなければ成立しないが、しかしアルマ相手なら全く勝ち目のない賭けでもない気もする。
無茶であることには変わりはないが。
そうなると問題は、何を伝えたかだ。
「こほん」
ヴィーテフロアは一度咳払いしてからほほ笑み、
「ここからが本題ですが、ここまでで何かご質問はありますか?」
ゆっくりと周りを見回す。
上手いな、御影は思った。
今この場は、本質的にはその話を聞くために、そしてそれからどうするかを確認する場所だ。
だからその前に話を整理するのは正しい。
正しいが、
「……ふむ」
御影にはそれだけではないように見えた。
自分から見ても完成された笑み。
それが偽りだと、言うつもりはない。
「ヴィーテフロア」
「はい。どうぞなんでもお聞きください。如何様な問いにも、私にできる限りならお答えを―――」
「言っておくがここでお前に対して他に何かできることがあったのかと、問うつもりはないぞ」
「―――――」
完成された笑みが、止まった。
それを見て、御影は自分の推測が正しかったことを確信する。
単純な話。
ビールを喉に流し込み、
「結果論だ」
言う。
「確かに今日、多くの者が命を失った。当たり前に享受されるべき多くの営みが奪われた」
親を失った者が。
子を失った者が。
友人を、恋人を、家族を、隣人を。
家も、憩いの場も。
夢も、希望も。
多くのものが失われてしまった。
それは事実だ。
ここにいるみんなが、それを目の当たりにしてきた。
「その責任は問われるだろう。ヘラを始めとした≪ディー・コンセンテス≫たちは勿論、守るべきを守れなかった我々王族も」
「それは……!」
「だが、それは全て終わった後だ。ヴィーテフロア・アクシオス」
強く、言い切る。
真っすぐに彼女の青い瞳を見据えて。
ウィルの専売特許な気もするが、良いとしよう。
「お前がこの事態を止められなかったことの責任を感じ、それを責めて欲しいという気持ちがあるとしてもだ。それを論ずるのは今じゃない。全てが終わった後だ。私は、私たちは今はお前を信じて行動を共にしよう」
「……聞いてもよろしいですか?」
「勿論」
「なぜ私のことを信じられるのでしょうか」
「ふむ」
問われ、空になったジョッキで背後の樽からビールを補給し、
「いやまぁお前を信じているわけではないのだが。ほら、お前のこと肩書くらいしか知らんし」
「…………」
「あ、天津院先輩!?」
「くくく……」
形容しがたい顔をしたヴィーテフロアと慌てたアレスを肴にして飲む酒は美味かった。
「ま、そういうことだ」
「どういうことでしょう」
「ヴィーテフロア・アクシオスは知らんが、アレス・オリンフォスのことは知っている」
「―――」
面食らった顔をしたのは二人分。
酒が進んでしまって困る。
困らないか。
「そっちのお前の騎士はなんとも付き合いの良い男は私たちの大事な仲間で、信頼できる後輩だ。ヴィーテ、お前のことを信じ切るのはまだちょっと時間が足りないが、お前を信じるアレスを信じよう。つまらん女に惚れる男でもないだろうしな?」
「……………………参りました」
ヴィーテフロアが零したのは力のない、けれど険の取れた笑みだった。
両手で包んだカップをゆっくりと口に運び、
「……この六年、私にとっては筆舌にしがたい時間でした。そうですね、御影さんたちにも分かりやすく言うなら……」
一瞬考えてから呟いた。
「ウィルさんを人質に取られた状態で完全敵対状態のアルマさんの下っ端になる……?」
「おい、無罪放免で良いんじゃないか?」
「私でも知りたくない状況ですねそれ」
「死んだほうがマシかもしれないなぁ……」
「……」
「あの、アルマさん? どういう感情です?」
「まぁ僕でも僕が敵になったら凄い嫌だしな……」
「ふふふ」
ヴィーテは口元に手を当てて三度笑い、
「そんな状況でしたが私はちょっと思っていました。もしも……もしも、アレスが自らの意思でヘラに付き従うなら――――いっちょ私も世界滅ぼしてやろうかと」
●
「ヴィーテ!?」
「ふふふ」
ヴィーテフロアは思わずと言わんばかりに叫んだアレスに笑ってしまった。
今日は随分と彼に名前を読んでもらっている気がする。
六年ぶりだからもっと呼んで欲しいけれど。
他の皆は皆で笑みが引きつっているのも中々愉快だ。
「私も私でずっとアレスが何を考えているか分かりませんでしたし、まー一種の自暴自棄ですね、えぇ。そんなことが無い様に、この1年はアイネさんに写真を送ってもらってどういう学園生活を送っていたのかは知っていましたけど」
「ん……?」
全員が首を傾げた。
「何か?」
ニッコリと笑って返したら全員がそっと目を逸らした。
良い笑顔だったはずなのだが。
パラスの妹であるアイネ・パラディウムにはペン型のカメラを渡して日々の様子を盗撮、もとい資料集めを頼んでいただけだし。
細かい説明はせず、アレスとの関係をぼやかして話したら八割ほど妄想して補完しつつ全てを察して盗撮――ではなく資料集めを引き受けてくれた。
「いずれにしても、アレスがヘラを拒絶できたのはあなた方のおかげなのでしょう」
彼女たちはずっと話を聞いてくれた。
アルマには話を通したとはいえ、逆に言えば彼女以外は誰も自分の意図は知らない。
それこそ自分が同じ立場なら全く信用しないけれど。
それでも、彼女たちはアレスを通して自分を信じてくれた。
あぁ、それは。
「――――なんて、尊いことでしょうか」
祈る様に胸に手を当てて、息を吐く。
だからこそ。
「感謝を。天津院御影様、貴方の言葉はとても優しく、暖かなものでした」
「ふふん。ま、私はプリンセスだからな」
大きな―――ちょっと、いや、かなり羨ましくなるくらいに大きな――胸を揺らして胸を張った後、彼女は苦笑し、
「いや、お互い様か」
「ふふふ」
お互いに笑い合い、
「んふふー」
「……なんですか、先輩」
その隣でウィルも笑い、アレスは眉を顰めていた。
ヴィーテフロアのイメージするウィルの笑顔とは違う、妙に意地悪そうな笑い方だ。
「ほら、言ったでしょ?」
「……………………ぐぬぅ」
何やら男同士で通じるものがあったらしい。
それもそれで、アレスがちゃんと繋がりを持っている証だ。
「では、気を取り直して」
先ほどと同じように皆を見回し、けれどさっきよりも余裕を持って。
「ヘラの目的をお伝えします」
言うべきことを。
「彼女の狙いは、ゼウィス・オリンフォスの復活」
その言葉に、場に緊張が走る。
だがヴィーテフロアは言葉を続けた。
「即ちそれが意味するのは――――他世界からのゴーティアの召喚です」
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