ウィル・ストレイト&アレス・オリンフォス――ボーイ・フェイス・ボーイーーその2
二人は最早、大きく移動することは無かった。
互いに位置を入れ替え、左右にスキッドすることはあってもそれだけ。
正面から互いにぶつかり合うから。
「―――アレス!」
三色の紋様剣を舞わせながら虹の刀を振るう少年が叫んだ。
「一つだけ聞くよ!」
「あぁ!?」
赤黒の稲妻を纏い八刀を射出しする少年は叫び返し、
「君は、楽しくなかったの!?」
「―――」
赤い目が一瞬見開かれた。
だが≪偽神兵装≫による行動補助は一連の動きを損なわせず、
「みんなで色々なことをした! 確かに巻き込んじゃったのは否めないけど!」
それでも少年は思いを口にする。
「夏には一緒に御影を助けに行った!」
赤は力強く、
「秋にはディートさんと僕とで王都のあちこち観光した!」
青は鋭く、
「冬には≪龍の都≫を守った!」
緑は速く、
「この春には生徒会に入ってくれた!」
虹は―――真っすぐに。
「みんなで君の淹れてくれたお茶を飲む時間が、僕にとって幸福だったんだ!」
「それはアンタたちに巻き込まれたせいだ!」
稲妻が抗うように射出し、
「何もかも、俺の意思じゃない!」
それは七度繰り返され、
「流されるままに、惰性でそうしただけのことだ!」
八度目に少年の命を狙い、
「確かに君が流されやすいのは否定できないけど!」
「アンタってやつは―――――!」
虹と雷が激突し、
「でも」
視線が混じり合い、
「何もかも、最後には君自身が選択したはずだろう!?」
「――――っ」
初めて、稲妻が押し負け、
「君はそれを意思の弱さだと思っているみたいだけど、僕は全く思わない!」
だってと、虹が駆け、
「それは、君の優しさだ!」
「こいつ……!」
「なんだかんだと付き合ってくれるの、本当に嫌だったら無理でしょ!?」
「―――」
言葉と共に虹の一撃が打ち込まれ、
「―――――ふざけんなこの野郎!」
キレ気味の反撃を打ち出された。
●
「アンタは、アンタはほんとにさぁ! 開き直りか!? 自分たちは好き勝手やりたいから貧乏くじを引けってか!? 我がままにも過ぎるだろ!?」
「君もそれを楽しんでるって言ってるんだよ!」
「そういうのはな! 我がまましてる側が言ったらダメなんだろ!」
「確かに自分で言ってちょっと思ったけど仕方ないじゃん! 意地張ってるし!」
「張ってるわけあるか! あの空間俺にとっては地獄だったぞ!?」
「具体的に! 直せるなら直すから!」
「良いのか!?」
「――――とりあえず一人一つで!」
「まずアンタが嫌いだ!」
「よし、一端僕は置いておこう!」
「畜生! ムカつく! なら言うが! 天津院先輩はちょっと覇気強すぎるだろ!」
「良いね! そこが御影の魅力!」
「くそ! あの人に悪口はちょっと思いつかない! フロネシス先輩は無表情でなんか唐突に変なことするのが怖い!」
「意外性を大事にしてるからね!」
「フォンさんはたまに冷静になって毒吐くのはなんなんだ!」
「周りをよく見てるってことさ!」
「トリシラ先輩はちょいちょい問題をスルーして俺に押し付けてくる節がある!」
「君を信頼してるってことだね!」
「イザベラ先輩はそもそもほとんど会話が通じないし喋り方がだいぶ変だろあれ! 誰か直してやれよ!」
「エスカ君に期待しよう!」
「スぺイシアさんは……スぺイシアさんもまぁいいだろう!」
「アルマさんは最高だからね! あ、ちょっと待ってアレス!」
「あぁ!?」
「生徒会に対する文句、あんまりないんじゃない!? ほら、やっぱり君は生徒会のみんなが大好きってわけ!」
「アンタが嫌いって話だーーーーー!」
●
あぁくそ、何をやっているのだろう。
剣撃を交わし合いながらアレスは思った。
変な話になっている。
変な話をしながらも戦いは止まっていないのに。
これじゃあまるで。
「あぁ」
思っていることを全部ぶちまけているのに。
変な話に付き合わされて。
いつの間にかそれに乗っかってしまって。
それじゃあ、いつもと変わらない。
「ははっ」
ウィルは、笑っていた。
度重なる激突は直撃は無くても僅かに掠めた刃により、傷は増えている。
血を流しながらも彼は楽しそうに笑っていた。
いつもと違うのは、それかもしれない。
首を傾けながら控えめにほほ笑むのはよく見たけれど。
無邪気とさえ言っていい彼の笑顔を見るのは初めてだ。
「―――楽しいか?」
「うん」
問いかけに、ウィルは頷いて、
「形はどうあれ、君の言葉を聞けているから。やっと君の本心を聞けたから。君が僕を嫌いでも、君は僕の大好きなものを好きでいてくれているから。だから、嬉しいし、楽しいよ」
そんなことを言う。
「あと僕、こういう喧嘩したことなかったから。ちょっと楽しいよ」
「俺は今、アンタを殺そうとしてるんだが」
「よく考えれば御影とは最初に≪究極魔法≫撃たれたし、トリィにも撃たれた上でだまし討ちでマジバトルしたから、あんまり気にしなくていい気もしてきた」
「なんだよ」
どうかしてる。
あぁくそ。
「――――はっ。ほんとに、頭おかしいよ」
「あ、笑ったね」
「……あぁ、嘲笑ってやったよ」
「あはは。でも、笑った」
「うるさいなぁ」
はっ、と声が漏れた。
ほんとにどうかしてる。
ウィル・ストレイトのこういう所が嫌いだ。
『――――』
遠く、どこかで誰の声が聞こえた気がした。
でも、今となってはもうそれは聞こえていない。
何もかも己の全ては、目の前の彼に向けられているから。
●
ウィルとアレスは自然と距離を開け、向き合った。
息は上がり、疲弊は濃く、体中の至る所に浅くも傷がある。
それでも。
「……今更止まらないだろ」
「うん、それでいいよ」
ウィルは首を小さく傾けて微笑んだ。
「君の全部、僕にぶつけてくれると嬉しい」
「――――あぁ、くそ」
アレスは小さく呻いた。
彼は息を吐き、空を見上げて。
真っすぐに視線を向けた。
「アンタが嫌いだ、ウィル・ストレイト」
「僕は君が好きだよ、アレス・オリンフォス」
そして。
「――――この虹に、通せぬ意思は無く」
ウィルは虹刀を振り上げる。
その刀身に三色の紋様剣が重なり、彼の背には魔法陣が展開。
刀身に刻まれた紋様から極虹が光の奔流となって溢れ出す。
繰り出すのは三属性収束斬撃砲撃。
「――――我流奥義」
アレスは右腰の刀を握り、構える。
背後の六翼が赤雷を放出。フレームウィング同士を循環し。
大気を焦がし、空気を震わせながら右の鞘の中に充填されていく。
繰り出すのは雷撃収束抜刀斬撃。
互いに全てを振り絞った最後の必殺。
「あはは」
「はっ」
一瞬の空白。
刹那の間に見たお互いは、何故か笑って合っていて、
「≪アルコ・イリス≫―――――――!」
「≪雷霆一閃≫――――――!」
極虹と雷霆が放たれた。
●
「――――――」
アレスは空を見上げていた。
≪偽神兵装≫は解除され、黒の制服姿。
砕けた地面に大の字になって倒れている。
身体は、まともに動かなかった。
「いやぁ……疲れたねぇ」
頭上には黒の胴着と赤の肩幕姿のウィルがいる。
逆袈裟に斬撃痕はあるが浅く、彼は立っている。
つまりは、それが勝敗であり、決着だった。
「――――俺の負けか」
自分には大きな傷はない。
ウィルの放った極虹斬撃は、≪偽神兵装≫のみを消し飛ばし、しかしアレス自身にダメージを追わせなかったのだ。
「……なぁ」
「うん?」
「………………俺は」
何を言うべきか、迷った。
恨み事か、負け惜しみか。
よく分らなくて。
「俺は……」
そう、アレス・オリンフォスは。
「―――――アンタが、羨ましかったんだ」
大切な人に囲まれている彼が。
みんなから愛されている彼が。
大事な物を大事にできる彼が。
羨ましかったのだ。
「…………そっか」
困ったように、彼は首を傾けた。
彼もまた何を言うのか迷った様子で、
「はい」
結局、何も言わずにこちらに手を伸ばした。
ここまでしたのに。
彼を殺そうとしたのに。
それでもまだ、ウィルはアレスを見放さなかった。
何故か、なんて考えるまでもない。
彼が言っていた。
ウィル・ストレイトにとってアレス・オリンフォスは彼の幸福に含まれているのだから。
「…………あぁ、くそ。アンタって人はほんとに」
本当にどうかしてる。
そんなことを思って、彼の手を取ろうとして、
「―――――――締め切り破壊! シャコパァーンチ!」
「だっ!?」
突然の拳が、横からウィルの顔面に突き刺さった。
●
アレスはウィルの体が中空で三回転半して地面に落ちたのを見た。
そして、それを為したのは、
「成敗!」
「…………トォンさん?」
赤茶色の髪から白い触覚を二本生やし、両手を白い甲殻で覆ったシャコ系魚人族の少女。
アレスのクラスメイトであるトォンだ。
加えて駆け寄ってきたのは彼女だけではない。
「オリンフォス君、大丈夫!?」
「うがっ! おいパラディウム! 俺を捨てるな!」
茶髪に制服姿の少女はやはりクラスメイトのアイネ・パラディウムであり、どうやら彼女に肩を借りていたようだが今まさに捨てられたらしいエスカ・リーリオもいる。
エスカに関しては今のアレスよりも満身創痍と言った様子だ。
「凄い傷……! 一体どんな極悪人にやられたの!?」
「安心なさい、アイネ……その極悪人は今この私のシャコパンチで張り倒しましたわ。悪・必・打!」
「…………なぁ、おいトォン」
「なんですの?」
「…………お前が張り倒したの、生徒会長じゃね?」
「なんですの!?」
「いやぁ…………良いパンチでしたよ……トォンさん……えぇ……良い感じに顎に入りました……」
立ち上がったウィルはプルプルと膝を震わせて、足取りも怪しい。
それを見て、トォンも、アイネも、エスカも首を傾げ、
「つまり――――生徒会長が極悪人でしたの!?」
「そんな……!」
「マジかよ」
「いやいやいやいや! 三人とも、落ち着いてくださいよ!」
何故かアレスが立ち上がってウィルを庇うことになった。
三人とも怪訝そう―――いや、トォンだけはやたら速い拳速のシャドーボクシングをしている。
「逆でしょ逆! 疑われるのは僕の方では!」
「……? どうしましたの、オリンフォスさん。生徒会長に攻撃されたんでしょう?」
「それは! ……まあそうですけども」
「やはり! 避難場所になってる学園で派手な戦闘してるのがいたのでどんな奴かと思えば! まさか生徒会長だったとは……! 許せませんわ! 新刊は闇落ち生徒会長で行きます!」
「いやいやいや!」
「え? じゃあオリンフォス君が闇落ちしたの?」
「それは! ……まぁそうですけども」
「マジかよ。まぁお前ストレス溜まってそうだったもんな」
「それは! ……まぁそうですけども。主に後ろの人のせいで……」
「あっ、そこは追加するんだ……」
後ろがやかましい。
それは本当だ。
いや、それにしたって。
困惑するしかない。
「…………なんで、この人と僕で、僕の味方みたいなことを?」
「はぁ?」
三人は、三人とも同じように眉を顰め、
「友達だからですわ」
「友達だからだよ?」
「ダチだからだろ。そんなん言わせんなよ」
同じことを、当たり前の様に言い放った。
「―――――」
意味が、分からない。
何を言っているんだろう。
ウィル・ストレイトとアレス・オリンフォスがいて、後者を選ぶなんて。
「…………あははっ」
「何笑ってるんだよアンタ」
「いやぁ……君、纏めると自分には友達がいないみたいなこと言ってたけど」
「雑な纏め方するな……!」
「でも―――いるじゃん。君の味方」
「―――――」
息が、詰まった。
頭の中に真っ白になる。
「……? オリンフォス君、そんなこと言ってたの?」
「まぁ! そういうムーブですの!? 確かにオリンフォス君は影が似合う男なのでそういう葛藤描写は取り入れたいと思っていましたが! 最終的にはクラスみんなに囲まれて幸せなピースをしてエンディングのつもりですわよ?」
「そこまでにしておけよ。なんかそういう感じじゃないっぽいぞ」
「――――」
何かを言おうとして、失敗した。
疲労とは別の要因で、膝から力が抜けて崩れ落ちる。
「大事なものってさ」
隣にウィルが座る。
「大事だって受け入れるの、難しいよね。僕も去年はそうだったし」
「……アンタも?」
「うん」
彼は苦笑し、
「まぁ僕も色々意地張ったり壁作ったりしてて……今思い返すと恥ずかしいや」
「………………今は自分を恥じるとこないのか?」
「全くないね!」
顔を腫らしながら、彼は胸を張っていた。
「…………はっ」
頬が、勝手に緩む。
三人の友達が映っている視界は、自然と溢れた涙で滲んで、
「やっぱり―――あんたのこと、嫌いだよ」
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